2010年12月12日11時16分掲載
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遺伝子組み換え/ゲノム編集
新潟遺伝子組み換えイネ裁判報告(上) 訴えを棄却、耐性菌垂れ流しに目をつむり、生物災害の危険性を容認 天明伸浩
「遺伝子組換えイネ(以下、GMイネと省略)」屋外栽培(屋外実験)の中止を求めた裁判。これは遺伝子組換え作物を巡る国内で初の裁判ですが、その2審の判決が東京高裁で2010年11月24日に出ました。住民(控訴人)の訴えを棄却するものでした。この裁判の経過と、問われているものを報告します。私たちはこの裁判を通して司法の限界を痛感しています。国が国家プロジェクトとして推進するバイオテクノロジーの分野に疑問を投げかけるような判決を出すことは、同じ国である司法の仕組みからしてかなり難しいようだ。このような分野でこそ、実験の安全性について市民、研究者が忌憚なく自由に意見を言え、それを反映した判断を下すことができるような新たな場が必要ではないでしょうか。その試みの1つとして、地元上越市で市民法廷を構想しています。「裁判の経過」と「この裁判が問いかけるもの」の2回に分けて報告します。裁判についての詳しい内容は以下の公式ホームページでごらんください。http://ine-saiban.com/
◆GMイネ屋外実験に反対する地元
穀倉地帯、新潟県上越市にある独立行政法人「北陸研究センター」(以下、センターと略称)でGMイネが屋外栽培されたのは2005年。この実験では、カラシナのディフェンシンというタンパク質を作る遺伝子を、「どんとこい」というイネの品種に組み込んだGMイネを屋外で栽培するものでした。
実験開始の直前に開かれた説明会には、地元農家の関心も高く、農民、消費者も集まり会場は満席で立ち見の参集者もいました。その会場でセンターは地元の理解を得た上で実験をすることを強調しました。しかし集まった人から「上越のような穀倉地帯のど真ん中で実験をしてくれるな」「大きな不安がある」と言う声が多く、反対意見で会場は騒然としました。その後も田植えの時などにセンターの説明が行われたのですが、地元の不安を払拭するものでははありませんでした。そのため、新潟県の市長会の反対をはじめ、いくつものの市町村議会から、実験中止を求める請願が採択されました。
GMイネが栽培されることによる地元の不安は、新潟コシヒカリのブランドに傷がつくこと。花粉が飛散し、交雑による遺伝子組換え米の混入などでした。また説明会での一般市民をだますような説明があったので火に油を注ぐことになったのです。例を上げると、当初は、組換えの遺伝子は葉と茎にしか発現せず、お米では発現しないと説明したにもかかわらず、疑問をぶつけていくと次第に、穂、籾、緑色の玄米でも発現すると次々と変遷。結局、食べる部分にも組み込まれた遺伝子が作り出すタンパクが入り込むことが明らかになったのです。あまりのでたらめな説明に地元農家では実験圃場内に入ってイネを引っこ抜こうという意見
まで出ました。
◆裁判がスタート 実験中止を求めた仮訴訟から本裁判へ
そんな中で、実験は強行され、地元住民がこの実験を認めたという事にもなりかねない状況に追い込まれたのです。そこで司法の場で、実験を止める判断をしてもらおうと考えたのです。結果、地元農家、消費者を原告とし、実験の中止を求めて緊急な判断を仰ぐ仮処分申立が6月24日に高田裁判所に起こされ、反対運動は新たな局面を迎えました。
裁判で実験中止の理由として問題となったのは地元で栽培されているイネとの交雑、常時作られるカラシナのディフェンシンによってディフェンシン耐性菌が発生して周囲の環境などに悪影響を与えるのではないか?といことでした。交雑の危険に対しては、申立人の言い分を考慮した裁判所がセンターに二重の袋がけを要望した結果、センターは圃場全体を不織布で多い、さらに穂はすべてパラフィン紙で包み、実験場内へもイネの開花があまりない夕方しか入らないなどの、これが屋外実験なのか?という設定に変更してきました。また、これまで栽培されてきたカラシナ畑で耐性菌は発生したことはないから問題は無いとの主張で押し通してきました。
結局この仮処分手続では上記のセンターの主張を裁判所で認めて、8月17日に住民の訴えは退けられました。しかしそれは「耐性菌の発生状況などを的確に情報公開すること」を条件にして実験を認める物でした。その後の二審,三審でも住民の訴えは認められませんでした。
そこで、原告は、センターの二年目の屋外実験中止を求めてその年の12月に実験中止と慰謝料の請求を求めて本裁判を起こしたのです。
この時は原告として新たに加わった地元農民、その他にもこの実験に関心を持って見ていた加藤登紀子、中村敦夫、山下惣一など全国の著名人もこの裁判に加わることになったのです。私も仮処分申立の時には原告に加わらなかったのですが、センターの出してくる文章のお粗末さに原告に加わって戦うことにしました。
◆最大の争点 ディフェンシン耐性菌
この裁判で最大の争点になったのはこの組換えイネが作り出すカラシナディフェンシンがディフェンシン耐性菌を発生させるのかどうかということでした。
ここでカラシナディフェンシンという物を説明します。カラシナディフェンシンとはカラシナが作り出す抗菌タンパク質です。小さなタンパク質で病原菌などが近づいてくるとこの物質を放出することによって病原菌をやっつけます。常時作り出している物質ではありません。またディフェンシンは様々な生物が作っていて使っています。下等な生物も使っており、生物が進化の初期に獲得した防御機構です。また人間などのほ乳類も防御に使っていて、のどなどに病原菌が入ってくると最初に作用しています。しかし今回作り出された遺伝子組換えイネでは常時このディフェンシンが作り出されるように遺伝子が組み換えられています。つまり抗菌物質を常に垂れ流している状態になるのです。
センターの研究者が2005年の屋外栽培を開始する直前に書いた論文には「耐性菌発生の出現頻度の比較解析研究を進めている」」と書かれていて、センター自身が耐性菌の発生を予見していたことを自ら告白しています。しかし裁判に入ると、耐性菌は発生可能性がないことは科学的に公知である、なぜならディフェンシンはイネの外には流出する可能性がないからとそれまで論文に発表していた見解を根底から変えてきたのです。
一方、原告側は科学者に熱心に働きかけ、京都学園大学の金川貴博教授、東大大気海洋研の木暮一啓教授、順天堂大学の耐性菌研究の第一人者である平松啓一教授などが、このようなGMイネを屋外で栽培すれば間違いなく耐性菌が発生して、自然環境に大きな影響を与える可能性を指摘しました。またイネが育つ田んぼには常在菌として緑膿菌もいてディフェンシン耐性を獲得すると人間の健康にも影響を与える可能性すら指摘したのです。
このように裁判では微生物・耐性菌分野の科学者が意見書を提出する科学裁判になりました。ゆえに通常の裁判とは異なり、原告・弁護団・裁判所もなじみのない言葉との格闘が必要で問題の本質を理解するのもなかなか難しいものでした。しかしこれらの研究者の指摘によって、ディフェンシン耐性菌が口蹄疫や院内感染(抗生物質耐性菌)などとは比較にならないほどの危険性を持ち、自然環境だけでなく人間の健康にも(院内感染のように病院で手術後といった限定的なものではなく)いつでもどこでも被害が及ぶ、大きな問題を抱えた実験であることが分かりました。
そこでディフェンシン耐性菌による実際の被害が発生する前に実験の中止と既に実施された1年目の実験により出現したことが確実な耐性菌がその後周囲の自然環境にどのような影響を与えているのかを検証することがぜひ必要であると原告が主張したのです。
◆敗訴
1審は2009年10月、2審は2010年11月に判決が出て、原告敗訴の判決が出ました。これらの判決では、裁判で争われた耐性菌問題についてその真相に正面から答えるのではなく、裁判で行われた鑑定を誤読したり、耐性菌が発生していることを原告が十分に証明できていないなどと、脇道から原告の訴えを棄却しました。
(筆者は新潟・上越在住、農民)
天明さんの「星の谷ファーム」ホームページ
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