2011年01月03日23時19分掲載
無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201101032319441
検証・メディア
「報道の自由」の戦士かテロリストかー?ウィキリークスをどう考えるか
告発サイト「ウィキリークス」(WikiLeaks)――。このところ、新聞、テレビ、ネットの言論空間でウィキリークスの話が出ない日はない。(ロンドン=小林恭子))(「メディア展望」1月号掲載分より転載。)
―大量の秘密情報暴露で衝撃
その存在が大きな注目を浴びるようになったのは昨年春頃から。米軍上等兵によるリーク情報を元に、米軍に関わる機密情報や外交公電を複数の世界の大手メディアを使って大々的に暴露した。サイトの創始者ジュリアン・アサンジ氏を「報道の自由の戦士」として賞賛する声が出る一方で、一部の米政治家はイスラム系テロ集団アルカイダのメンバーと同一の「国際テロリスト」と呼んだ。
公的情報の漏えい問題は、11月に発生したいわゆる「尖閣ビデオ流出事件」を通じて、日本に住む多くの人にとっても大きな関心事となった。
本稿では、12月上旬、英国に潜伏中だったアサンジ氏がスウェーデンでの性犯罪容疑(本人は否定)で逮捕されるまでを一つの終点として、ウィキリークスに関わるこれまでの経緯をまとめた。
ウィキリークスは匿名で政府や企業などの機密情報を公開するウェブサイトだ。組織内の人間が所属組織の不正や違法行為を監督機関や報道機関に通報する、いわゆる「内部告発」のサイトの一つとして知られている。
オーストラリア生まれの元ハッカー、アサンジ氏(性犯罪事件では同氏は「容疑者」だが、本稿では告発サイト、ウィキリークスの話をまとめるという点から、便宜上「アサンジ氏」と表記)が、2006年からサイトの開設準備を始め、本格的な運営開始は07年である。情報提供者の素性を秘蔵しながら、生の情報をサイト上に掲載し、「サイトの読み手や歴史学者に真実を提供する」ことを狙う(ウェブサイトより)。活動の原則は「言論の自由」、「歴史文書の向上」、「新しい歴史を作る人々すべての権利を守る」ことである(同サイト)。
ウィキリークスはボランティア(ジャーナリストも含む)によって運営されている。情報を受け取り次第、スタッフはその検証作業に入る。信ぴょう性、サイトの公開目的にかなうかどうか、情報公開により特定の個人が不必要に危険にさらされることはないかをチェックした後、「出版」(=パブリッシュ、サイト上での公開)の運びとなる。
アサンジ氏はオーストラリアのクイーンズランド州生まれ。幼少時に両親が離婚し、母親は再婚したものの、国内を点々とする生活が続いた。頭脳明晰な子供で、16歳の時には既に「メンダックス」という別名を持つコンピューター・ハッカーになった。1992年、カナダの電話会社などへのハッキングの罪で有罪となり、その後はプログラマー、フリーウェア開発者としてデータ暗号化、検索エンジンの開発に関わった。
―欧米報道機関と連携
ウィキリークスはこれまでにさまざまな機密情報をサイトを通じて公開してきた。近年の例としては、ケニアの元大統領による巨大汚職を暴露した「クロール・リポート」(これで国際人権団体アムネスティー・インターナショナルから09年、人権報道賞を受賞)、キューバにある米軍グアンタナモ基地収容所における収容者の取り扱い書、アイスランドの金融危機の報告書などの公開がある。
世界中でウィキリークスの名が著名になる「兆候」が見えたのは昨年4月だ。07年7月、ロイター通信のカメラマンら二人が、イラクで米軍のヘリコプターに襲撃されて死亡する事件があった。この襲撃の様子を収めた映像をウィキリークスが公開したのである。映像はヘリの乗組員がカメラマンの撮影器材などを武器と誤認し、攻撃した様子を映し出した。遺体を見て歓声を上げている様子も映像は伝え、罪のない報道機関のスタッフが射殺された無残な情景を示した。
公開から間もなくして、米当局は、米陸軍情報分析官で20代前半のブラッドリー・マニング上等兵を機密漏えいに関与したとして逮捕している(クリントン米国務大臣は12月上旬、大量の機密文書や外交公電の情報を漏洩したのが同兵であることをBBCのインタビューの中で認めた)。
ヘリ攻撃事件を大きく上回るリーク報道が起きたのは7月末である。米紙『ニューヨーク・タイムズ」』NYT)、英紙『ガーディアン』、ドイツ誌『シュピーゲル』が、一斉に、アフガニスタン駐留米軍に関わる機密文書9万点以上を元にした報道を開始したのである。ウィキリークスは、公表日の数週間前に、これらの有力紙誌に生情報を渡し、これを受けて報道機関は、事前に情報の信憑性やその意味合いを検証・分析し、それぞれ独自の原稿を作って、あらかじめ決められていた日に一斉に報道を始めた。同日、ウィキリークスも一連の文書をサイト上で公開した。
10月、今度はイラク戦争に関する約40万点の米軍の機密文書がウィキリークスと先の報道機関によって公開された。
―米公電公開を厳しく非難
11月末、ウィキリークスは、今度は25万点に上る米国の外交公電を自らのサイトと同時に仏紙『ルモンド』、スペイン紙『エル・パイス』)を含む世界の五つの報道機関を通じて段階的に公開した。
米外交官らによる各国首脳陣のゴシップ話的論評とともに、サウジアラビアの国王によるイラン攻撃要請などの安全保障上の機密情報、米政府が国連代表部の外交官にスパイ活動を指示したとされる内容も含まれていた。ギブス米大統領報道官は、公電の公表は「米国および諸外国の外交利益に大きな影響を及ぼす」「米国の外交官らを危険にさらす」と、ウィキリークスによる情報公開を厳しく非難した(11月29日付声明文)。
外交公電の漏えい情報報道は現在も続行中で、今後も物議をかもす情報が公表される見込みだ。
―アサンジ代表の逮捕劇
米政府側は、これまでに、マニング上等兵を公電15万点以上を不正入手した罪で訴追し、機密情報の保全を確実にするために、端末からUBSメモリーやCDにダウンロードできないようにした。逮捕前、上等兵は元ハッカーに対し、音楽アルバムに見せかけたCDを職場に持ちこみ、公電等の情報をダウンロードしたと漏らしていた。米国では、01年の9・11米中枢大規模テロ以降、機密情報の一元化を進めてきた。これが今回の情報漏えいにはからずもつながってしまったことへの反省から、情報管理体制の見直しを進めている。
米当局にとって、ウィキリークス及びその創設者アサンジ氏は厄介な存在となった。法的措置でその活動を制限あるいは処罰を与えようとしても、ネット上にのみ存在するウィキリークスや米国外にいるオーストラリア人のアサンジ氏(住所不定)を懲らしめる手立てがないまま、時間が過ぎた。
―サイバー戦争に発展
12月に入り、米ネット大手アマゾンが、ウィキリークスのウェブサイトへのサーバー提供を停止した。ウィキリークスは早速、サイト管理の経由地を一部フランスやスウェーデンなどに移動したが、今度はサイトが数時間アクセスできない状態に陥った。これは、ウィキリークスのドメイン名を管理する米国の会社が、大量のサイバー攻撃を理由にウィキリークスへのサービスの提供を停止したためであった(ウィキリークスはその後、新ドメイン名を取得し、閲読は可能になった)。
同月内には米ネット決済システム「ペイパル」がウィキリークスへの寄付金の送金業務を停止し、クレジットカード会社米ビザと米マスター・カードがウィキリークスへのすべての資金の払い込みを停止すると発表した。スイス郵政公社も、アサンジ氏名義の銀行口座を申請事情に不正があったとして閉鎖している。米政府は「圧力をかけていない」としているが、ペイパルの経営陣の一人が「米政府から違法行為を行うサイトであると通知があった」と述べた映像が、BBCなどを通じて公開された。
アサンジ氏自身の身柄を拘束する具体的な動きも始まった。昨年8月、スウェーデン当局はアサンジ氏に対し、一年前に同国内で発生したとされる強姦などの容疑で逮捕状を出していた。この逮捕状は一旦は取り下げられたが、11月18日、再び出され、国際刑事警察機構がアサンジ氏を国際手配するまでになった。12月に入り英当局にスウェーデンから逮捕状が届き、アサンジ氏は7日、自ら英警察に出頭して性犯罪容疑で逮捕となった。
スウェーデン側はアサンジ氏の同国への身柄引き渡しを要求しており、移送をめぐる裁判が今年早々、ロンドンで開始される予定だ。同氏の弁護士は性犯罪容疑はウィキリークスの信用失墜を狙う政治的な動きとしたが、スウェーデン当局側はウィキリークスの活動とは「一切無関係」とする。
逮捕の翌日(8日)以降、ウィキリークスの支援者と見られる(しかしウィキリークスの指示があったわけではない)ネット利用者たちの一部が、スウェーデン検察庁、マスターカード、ビザ、ペイパル、アマゾンのウェブサイトにサイバー攻撃を仕掛け、一時、各ウェブサイトにアクセスできなくなった。英メディアの報道によれば、こうした攻撃をする人々は「アナニマス(匿名、という意味)」と呼ばれ、ウィキリークスに対する米企業などの「攻撃」への反撃活動を独自に行っている。
―ウィキリークスと公的情報公開
最後に、ウィキリークスの活動の評価について考えてみたい。自国の機密情報が暴露された米国、報道の自由の旗印の下で機密情報を大々的に報道した英国、尖閣ビデオ流出問題以降、情報漏えい問題がより身近になった日本―この3か国でのウィキリークスに対する反応は微妙に異なった。
米当局は、情報漏えいを問題視し(これは当然であろう)、政治家の中にはアサンジ氏をスパイ容疑で拘束しようとする声も出た。英国ではウィキリークスを報道の自由の守り手として好意的に描写する報道が目立った。日本では、「報道の自由」の観点からウィキリークスを支持する声と、「公的な機密情報の暴露は良くない」、「何でも暴露すればよいというものではない」、「アサンジ氏を自由の戦士としてあがめるべきではない」などの慎重論とが拮抗したと筆者は見たが、どうであろうか。
ウィキリークスの功績の一つは、私たちがデジタル時代に生きていることを改めて認識させてくれたことだと筆者は思う。すべてが電子的に加工され、瞬時に世界中に配信される時代である。どのような誰の情報であっても、公開され、共有される可能性がある世界に私たちは生きているー好むと好まざるに関わらず。
政府も含む公的機関からすれば、自分たち自身の情報も組織内外の人物の手によって配信され、共有される状態が現実となった。国民の側は最大限の情報公開を求めるようになっており、もし公開しない情報があれば、その理由を十分に説明する必要がある。機密の鍵をかけても、この鍵を開ける技術を持つ人は巷には少なくない。「公益のため」に機密を告発サイトに流す組織内の人物も出るかもしれない。
ただし、機密とされる情報が外に出て、国民が納得するのは「公益(国益)があったかどうか」によるであろう。
では、その「公益・国益」をどう判断するべきか?筆者が日本語のツイッターやブログを追っていると、「機密情報の公開=違法行為」という部分にこだわっている人が多いように見受けられた。「何でも暴露すればいいというのはどうか」などがその典型例だ。もちろん、ウィキリークスの目的は「何でも暴露」にはない。目的(=公益)があっての情報公開である。
「機密情報の公開=「違法行為」という部分にこだわるのは、ひょっとすると、「当局=公の機関=しかるべき存在=しかるべき秩序」と考え、その崩壊あるいは崩壊の恐れを危惧しているのだろうか?その場合、その「しかるべき秩序」つまりは、守ろうとしている機密とは一体何か、という問いが発せられるべきであろう。また、最終的には誰が公益・国益を定義する権限を持つのか、という問いも。
ビデオ・ジャーナリスト神保哲生氏は、自身のブログ(12月10日付、「ウィキリークス問題への一考察」)の中で、国益の定義の管理を私たちは普段は為政者に任せているが、「それは不断のチェックを受けなければならない」し、「最終的な決定権者が主権者たる国民でなければならない」と書く。
筆者はこれに同意する。ウィキリークスの情報流出の評価は、「お上が所有する、外出不可の情報を勝手に外に出した=違法行為」と結論付けるか、「すべての公的情報は国民が知るべきもの=国民主権」という原則から「情報流出には公的価値があった」と見るかで変わってくるのかもしれない。(「メディア展望」1月号掲載分。情報は12月上旬時点のもの。)
Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。