2011年01月22日10時47分掲載
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米国
アリゾナ銃乱射事件で米国は何を学ぶのか 市民には政治の分裂修復に諦めムードも
アリゾナ州トゥーソン郊外カサス・アドベで起きた銃乱射事件は、全米に衝撃を与えた。事件容疑者の動機はまだ明らかにはなっていないが、保守系テイーパーテイやサラ・ペイリン氏の過激言動と事件との関連性をめぐって、この2週間保守・リベラルの対立は激化した。オバマ大統領は犠牲者追悼式で「礼節ある米国構築」を提案したが、分裂した政治情勢に、市民たちの間には半ば諦めムードが漂っている。保守・リベラルの有り様を象徴的に表したともいえるこの事件を、市民の声を紹介しながら再考する。(アリゾナ州フェニックス=マクレーン末子)
■事件の全体像
カサス・アドベから100キロほど南下すると米・メキシコ国境がある。国境付近では麻薬がらみの銃犯罪が多いが、カサス・アドベは住宅街とショッピングモールが並ぶ静かな地域だ。そのような一見平和な町で事件は起こった。
8日民主党中道派のガブリエル・ギフォーズ議員は、大手スーパーの敷地内で市民対話集会を開いていた。同議員との対話を望む市民は、列をなして待っていた。ジャレッド・ロフナー容疑者は列から離れ、至近距離で議員の頭部めがけて発砲、その後集会参加者やスタッフなどに乱射、議員を含む14人が重軽傷、6人が死亡した。
ロフナー容疑者は、現在暗殺未遂罪などで起訴されているが、犯行動機はまだ明らかにされていない。しかし、ギフォーズ議員が昨年保守派から脅迫めいた言動を受けていたことから、犯行に政治的背景があるのではないかとリベラル系メデイアは勢いづいた。
昨年3月医療保険改革法案可決後、ギフォーズ議員の事務所のガラス戸が破壊されるという事件が起きた。また前アラスカ州知事のサラ・ペイリン氏は、ウエブサイトで医療保険改革法に賛成票を投じた民主党議員の選挙区を、ライフル照準十字線でマークし「次に去るべき20人」のリストを作った。そのリストの中に、ギフォーズ議員もいた。また、ツイッターで「退くな、弾丸を再びこめよう」といった扇動的な言葉も加えた。
事件後捜査にあたっていたピマ郡クラレンス・ダップニク保安官の発言「政治的過激発言が、国を荒廃している」はメデイアの注目を浴びた。
■オバマ大統領、ペイリン氏に見るレトリック
過激発言と事件をリンクしようとするリベラルの攻撃に対し、保守派は反撃に出るなど対立が過熱する中、犠牲者追悼式は12日現場近くのアリゾナ大学構内で行われた。オバマ大統領夫妻の他に、ナンシー・ペロシ下院・院内総務、ジャン・ブリュワーアリゾナ州知事、ジョン・マケイン上院議員、ジャネット・ナポリターノ国土安全保障省長官なども列席した。定員14000人の式典会場に、その2倍の数の市民が早朝から列をなして並び、会場に入りきれない市民たちは、外の球技場に備え付けられたスクリーンで式典の模様を見た。
オバマ大統領はまず6人の犠牲者を讃え、事件で英雄的な行動をとった市民をも讃えた。その中には、ギフォーズ議員の傷口をおさえ議員の命を救った大学生や、勇敢にもロフナー容疑者が新たに詰めようとしていた弾倉を奪い取った女性などがいた。その後、追悼式はオバマ氏の政治集会のように運ばれて行った。
「人を指し責めるより、この機会をモラルを広げる場にしよう。十分な優しさ、寛大さと共感を人々に示そう」オバマ大統領は、シンプルな言葉で聴衆に訴えかける。「米国はよくなると私は信じる。我々を結びつける力は、分裂させる力より強い」と大統領の言葉は続いた。人々は共感し、立ち上がる。
しかし、追悼式終了後、高揚していた聴衆の熱気は去る。ウィスコンシン州から休暇で来たというマイケル・バーテルさんは「スピーチは素晴らしかった」と言う。「でも、大統領には期待していない。この国は悪い方向へと行っている。より分裂していっている」と話す。
一方、ペイリン氏は沈黙を破り、フェイスブックでビデオ声明を出した。「事件は、単一犯人によるもので、茶会運動や私への批判はメデイアによる中傷。選挙集会での言葉は、憲法の『言論の自由』で擁護されている」と、同氏への批判を「blood libel (血の中傷)」と言い切った。
「血の中傷」は、ユダヤ人がキリスト教徒の子どもの血を宗教的儀式に使うために殺すという偽りの言い掛かりで、ユダヤ人迫害を扇動する時に、中世以来ヨーロッパでしばしば行われてきた。
今回の事件の被害者ギフォーズ議員がユダヤ系ということもあって、ペイリン氏が自己弁護に使った「血の中傷」という比喩は、皮肉にも新たな批判を招いた。米名誉毀損防止組合は、同氏が自己弁護するのも解るとした上で「血の中傷はユダヤ人歴史にとっては悲しみに満ちた言葉で、あえて使うことはやめてほしい」と非難している。
ペイリン氏は、かねてよりフェイスブックなどで、扇動的な言葉「武器をとれ」「自由の木に独裁者の血を与えよう」「実弾をこめよう」といった言葉を使ってきた。今回のビデオスピーチで、「『武器をとる』というのは、『我々の投票について語る』という意味」と説明したが、言葉が武器となる可能性が問題になっているだけに、苦しい自己弁護に終わった。
共和党内でも、カール・ローブ氏始め「ペイリン、しばらく黙っていれば」という声も上がっているが、当のペイリン氏は「黙らない。今後も正々堂々と意見を言う」と強気だ。
■振り子はどちらに動くのか
オバマ、ペイリン両氏のスピーチは、一方は癒しの言葉、一方は扇動の言葉で語られている。この両氏のスピーチを聴く限り、今回オバマ氏に軍配が上がったといえる。しかし、オバマ氏のスピーチからも、どのように米国をよくするのか具体的な行動案は見えない。言葉が言葉で終わり、前へ進めない保守・リベラルの姿勢に、辟易している無党派市民も多い。
テキサス州サントニオ出身のローラ・ブルースさんもその一人だ。「政治はゲームのようなもの。振り子みたいに揺れているだけ。どちらが悪いというゲームに参加するのを私は拒否する。だから、選挙も行かない。対立している限り、政治・社会情勢がよくなるとは思わない」と話す。
今回の事件は、一部保守の「言葉の暴力」へのブレーキになるかもしれない。最近の世論調査で、ペイリン氏の支持率は今回の一件で急減している。茶会運動、ペイリン氏の勢いは衰えるのか、ほとぼりが冷めれば茶会運動は巻き返し、オバマ大統領就任以来、活発になってきている民兵集団の動きと共により過激になるのか。いずれにしろ、今回の事件は保守・リベラルの対立を際立たせたが、そこから学ぶには分裂は深すぎるようである。
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