2011年02月10日13時54分掲載  無料記事
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やさしい仏教経済学

(32)食料安全保障とTPPと自給率向上 安原和雄

  日本はいのちを育てる農業をおろそかにし、いのちを削る工業をたくましく成長させてきた。外国産の食べものが安いのであれば、輸入すればいいという新自由主義的発想も背景にある。その結果、食料自給率は現在4割まで低下し、6割を海外に依存するという異常な先進国は日本だけである。最近話題になっている世界各地での食料の不足・価格騰貴を考えると、大半の食料の海外依存は食料安全保障上も危険である。 
 菅民主党政権になって突如、関税ゼロを原則とするTPP問題が持ち上がった。菅首相が唱える「平成の開国」だが、日本がTPPに正式参加すれば、食料自給率はさらに低下し、「壊国」に陥る恐れがある。食料安保と自給率向上のための打開策は何か。 
 
▽ TPPで日本の食料自給率は急落へ 
 
 2011年1月現在、TPP(Trans-Pacific Partnership=環太平洋パートナーシップ協定または環太平洋経済連携協定)にはシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリ、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの9カ国が交渉に参加している。これに日本が参加すれば、計10カ国となる。TPPは2010年3月から、政府間交渉が開始され、物品貿易に限らず、金融、電気通信、投資、環境、競争政策、労働、中小企業、サービス、政府調達など24の幅広い分野を対象としている。 
 
 日本は食べ物の多くを外国から輸入しており、このため国内産でまかなう食料自給率は現在40%で、先進国としては極端に低い。水田の4割は生産抑制状態にある。農業に従事する農業人口は1985年の543万人から2010年には261万人へと半減し、しかもその約6割は65歳以上で、高齢化が進んでいる。 
 こういう日本の食料、農業の現実にTPPはどういう意味、影響をもたらすのか。毎日新聞(2月3日付)は、「日本で焦点となっているコメなど重要品目でも関税撤廃を求められる可能性が高い」と伝えている。要するに一部例外品目を残す従来の貿易自由化と違って、関税ゼロによる完全自由化が原則である。農産物輸出大国のアメリカ、オーストラリアが狙っているのは人口の多い日本市場である。 
 
 衆院予算委(2月2日)で志位和夫氏(共産)が「TPPに参加すれば関税がなくなり、食料自給率は急落する」と質問したのに対し、菅直人首相は「目標として掲げている50%の自給率と両立できる方向性を目指したい」(毎日2月3日付)と述べるにとどまった。 
 農産物のなかでわずかに高関税が維持されている品目(コメ、乳製品など)が関税撤廃された場合、食料自給率は「食料・農業・農村基本計画」(2010年3月閣議決定)の目標である「現在の40%から50%への引き上げ」は挫折し、13%(農水省の試算)へと急落する。国民のいのちの根幹をなす「戦略物資」食料をほとんど海外に依存するという異常事態にもなりかねない。それを阻止して、食料自給率を高めていくことが必須の課題となってきた。 
 
▽ 「平成の開国」=「壊国」にどう対応するか 
 
 TPPがもたらす影響、被害、さらに今後の展望について適切な参考書として農文協ブックレット『TPP反対の大義』を挙げたい。大学教授、農業研究者、民主党議員ら多様な顔ぶれがTPP反対・疑問論を展開している。その趣旨は、菅首相の唱える「平成の開国」は、実は「壊国」、つまり日本の農業破壊にとどまらず、国土、自然などの破壊にも通じるというもので、「壊国」への対応策にも言及している。以下、その一部(要旨)を紹介する。ただし論者の氏名は省略。 
 
*TPPをめぐる基本的な構図 
 「国益」対「農業保護」(注)という捉え方は根本から間違っている。正しくは「輸出産業の利益」対「失われる国益(=国民の利益)の大きさ」である。国益を損ねてまで農業保護に精出すのは疑問、というTPP推進論者たちの見方は批判に値する。 
TPPへの参加は、国内市場が飽和して輸出が頼りの大企業の要求で、大企業は稼いだ外貨を溜め込んだり、海外投資したりして、国内の経済循環に貢献していない。中小企業がベテラン従業員を失うまいと必死で雇用を維持しているのに、トヨタやキヤノンはさっさと派遣切りをやった。 
(注)先進国の農業産出額に対する農業予算の割合、すなわち財政の支援度(2005年度)をみると、アメリカ65%、ドイツ62%、フランス44%、イギリス42%に対し、日本は27%と一番少ない。日本農業を過保護とみるのは、誤解である。 
 
*日本は大量失業社会に変化する 
 TPPは労働問題としても考えねばならない。問題なのは、EUのように国境を越えた移動の自由化を重要な目的にすることだ。その突破口として介護などの労働者の移動を取り上げるだろうが、やがて普通の労働者の移動も認める。その結果、自由貿易圏内の労賃は同じになる。例えば中国の労賃は日本の約10分の1だから中国の労働者が大量に日本に来るだろう。その結果日本人の賃金は中国人の賃金に近づく。日本人労働者が「その賃金では不満だ」といえば、会社を辞めるしかない。こうして日本人の失業者が増える。 
 TPPがめざす自由経済は「ジャングルの掟」が支配する世界になりやすい。力の弱い者は、強い者の脅しに怯(おび)えながら、自己責任で生きるしかない。 
 
*日米安全保障か食料安全保障かの二者択一 
 TPPにアメリカが参加表明したのは、アジアにおける「アメリカ外し」への政治的対応と理解できる。他方、日本の参加の動きは、沖縄の普天間基地問題で綻(ほころ)んだ「日米同盟」の再強化という側面をもつ。その点で日米両国にとってのTPPは、大方の経済学者の議論とはステージが異なり、経済的選択というよりは政治的選択の側面が強い。つまり日米安全保障(日米同盟)か食料安全保障かの二者択一であり、これが本質である。 
 
*「日本の国のかたち」の存続がかかっている 
 食料自給率が下がることは、国民のいのちをつなぐ食料の安全保障が希薄になるということ。さらに農村では耕作者がいなくなり、農地も森も荒れ、集落がなくなり、水源の確保や生物多様性の確保もままならず、計り知れない損失が生じる。また農村も文化も日本から消えてしまう危険がある。「日本の国のかたち」の存続がかかっているといっても過言ではない。 
 
*「新自由主義」と「持続的発展の創造的運動」との対立 
 新自由主義的なグローバリズムが広がる中で、一部大企業の短期的な経済性・効率性を第一にするのか、あるいは自然との共生による一人ひとりの人生を大切にした持続可能な地域・日本ををつくるのかの対立が続いている。 
 私たちは、地方自治体、国の主権者であり、その主権を行使し、互いに連携した地域、日本、地球の持続的発展のための創造的運動が今求められている。 
 
<安原の感想> 「平成の壊国」を克服して新しい国造りを 
 「平成の開国」すなわち「壊国」を克服していくには二つの試練が待ち構えている。一つは日米安全保障と食料安全保障のどちらを選択するか、その二者択一の課題である。菅首相は二者が両立するかのよな言説を振りまいているが、幻想にすぎない。日米安保に異常なまでの執着を示す菅政権中枢はアメリカの政治・経済権力への抵抗力を失っており、その姿は滑稽でさえある。国民のいのちの源である食料安保を確保するためには日米安保に見切りをつける展望をもたねばならない。 
 
 もう一つは新自由主義(=市場原理主義)の復活をいかにして封じ込めるかである。菅政権のTPPへの「参加検討」は広範な反対運動を誘発し、「新自由主義グループ」(菅政権中枢、日本経団連、朝日新聞等の大手メディア、新自由主義信奉研究者ら)対「その他多数の反新自由主義集団」という対立構図を出現させた。2008年の世界金融経済危機の中で沈没したかにみえた新自由主義グループがTPPとともに勢力の復活を策している。多国籍企業など大企業の利益を優先させ、一方、市民、庶民、老人の人生と暮らしを蔑(ないがし)ろにする新自由主義の策動を許してはならない。 
 日米安保と新自由主義という名の「鉄格子の檻(おり)」を打破してこそ、その先に初めて日本の新しい国造りが始まる。 
 
▽ 貴重な「田園価値=多面的機能」を大切に育てよう 
 
 非常に貴重な価値であるにもかかわらず、案外見逃されている事例が少なくない。日本の農業・農村で、その典型は「農業の多面的機能」(農林水産省の呼称)であり、私(安原)は、これをかねてから貴重な「田園価値」と呼んでいる。農水省は、農業・農村の多面的機能として次の八つを挙げている。 
 
*国土の保全機能=水田は雨水を一時的に貯え、急激な流出を防止し、下流での洪水や周辺での浸水が防止、軽減される。畑も同様で、農業は国土の保全に貢献。 
*水源の涵養(かんよう)機能=水田には生活に必要な水源・地下水を豊かにする機能があり、収穫後の水田や畑も、雨水の地下への浸透によって、地下水の涵養に貢献。 
*自然環境の保全機能=水田や畑に育つ植物は、炭酸ガスを吸収して酸素を放出し、人や動物が生きていく空気を保つ働きをしている。田畑やため池が多様な生物の生息地になるなど自然環境の保全に貢献。 
*良好な景観の形成機能=真っ直ぐなあぜ道、曲がったあぜ道、大小の田んぼ、四季による色彩の変化もとてもきれいで、この景観は人が農業を通じて自然と対話するなか作られてきた。 
*文化の伝承機能=農村では自然の恵みに感謝し、あるいは災害を避ける願いをこめた芸能・祭り、様々な農業上の技術、地域独自の知恵などの文化が守り伝えられている。 
*保健休養機能=都市住民が農家民宿に泊まって農業を体験したり、農村の文化・自然にふれたりと、農村での人と人との交流が人気になっている。 
*地域社会の維持活性化=農家が一生懸命育てたお米や野菜などの農作物を中心に、市場への運搬、漬け物や缶詰への加工、お店での販売など沢山の仕事が営まれ、活き活きした地域社会に。 
*食料安全保障=世界では10人に1人が明日食べるものにも困っている。有限の地球資源を有効活用しながら共生していくためには「自国で作れる食べ物は自分で作る」という考えを共有することが必要。 
 
 以上の多面的機能について食料・農業・農村基本計画(閣議決定)は、次の2点を指摘している。 
*多面的機能の恩恵は、都市部に住む人々を含めすべての国民が広く享受している。 
*多面的機能という固有の価値は、お金で買うことのできないものである。 
 
<安原の感想> お金では買えない貴重な「多面的機能」=「田園価値」 
 農業・農村の貴重な多面的機能を私があえて田園価値と捉えるのは、ここでの田園は水田、畑、里山、森林、河川などからなっており、「豊かな自然」というイメージを連想しやすいからである。ただそれはイメージの違いであり、重要なのは、多面的機能も田園価値もお金では買えないし、取り引きできない価値であること。それでいて日本人の暮らしに必須不可欠な自然の営みと恵みであり、仏教経済学が視野に収める貴重な価値である。 
 一方、現代経済学(=新自由主義など)が対象にしている財、サービスはいずれもお金で取引される価値に限られる。だからお金では買えない多面的機能や田園価値は現代経済学の視野にはない。TPPという「平成の開国」が「壊国」を意味するとしても、そのことに現代経済学は無関心であり、その「壊国」を黙視すれば、農業・農村の多面的機能や田園価値が消失して日本列島は生気を失い、荒涼たる光景が広がることになるだろう。 
 それを許容しないためには日本人の覚悟と智慧が問われる。つまり「開国」の幻想に惑わされないで、日本の優れた田園の多面的機能=田園価値を尊重し、大切に育てていく努力が求められる。そこから食料自給率の向上も可能となる。 
 
<参考資料> 
・農文協編『TPP反対の大義』(農山漁村文化協会、2011年1月) 
 
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。 
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/ 


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