2011年02月20日19時57分掲載
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検証・メディア
英国のジョークは危なすぎる? −矢面に立つコメディアンたち
今年1月、BBCのクイズ番組「QI」の被爆者に関わるジョークが、在英日本人の抗議の対象となる事件が起きた。在英日本大使館が邦人らの抗議をBBCに伝え、BBCは謝罪した。一方、英国の人気コメディアン、リッキー・ジャヴェイスの皮肉たっぷりのジョークが、米国でひんしゅくを買った。英国のジョークは他国では受け入れられないのだろうか?2つの事件の経緯と顛末を追った。以下は「英国ニュースダイジェスト」誌掲載分の転載である。(ロンドン=小林恭子)
まずはBBCのお笑いクイズ番組「 QI」(Quite interesting)の例だ。昨年末、この番組の中で、司会役のスティーブン・フライが、広島と長崎で二重に被爆し昨年93歳で死去した男性を「世界一運が悪い男」として紹介した。
「93歳まで長生きしたなら、それほど不幸ではない」「原爆が落ちた次の日に列車が走っているなんて、英国では考えられない」などとゲストがコメントをすると、会場内で笑い声があがった。スタジオにはきのこ雲や男性の顔写真が掲げられた。日本への原爆落下や被爆者の男性を笑ったというよりも、英国の鉄道制度のふがいなさをジョークの種として笑っていた(下記の抜粋紹介を参照)が、不快感を感じた在英邦人らが大使館に連絡を取り、今年1月7日、「被爆者をこういう形で取り上げるのは無神経」と担当公使名でQIに書簡を送った。
21日以降、日本の大手報道機関複数が「日本の2重被爆者を嘲笑」(時事通信)などと報道し、BBCがユーチューブ上に掲載していた約3分間の動画は約9万7000回再生された。BBCと番組制作会社は連名で「不快な思いをさせ申し訳ない」と謝罪声明を発表し、BBCはユーチューブ上の動画を削除した。2月、フライは別の番組収録のため来日することになっていたが、これを取りやめる事態にまで発展した。
―ジェベイスのジョークに米映画界で怒り
1月末のもう一つの事件とは、米ゴールデン・グローブ賞の授賞式で司会をした英コメディアン、リッキー・ジャベイスの発言である。「今宵はパーティー、そして深酒だ。おっと、チャーリー・シーンにとっては、朝食だな」と切り出し、授賞式に集まった米映画関係者を驚かせた。シーンといえば、アルコール依存症で入院したこともある米国の人気俳優である。また、麻薬不法所持で刑務所へ入所経験を持つロバード・ダウニー・ジュニアの過去をジョークの種にした。
ダウニー・ジュニアは舞台上で「すごく意地悪で、悪意のあるトーンがあるけど、これを除けば、授賞式は最高の雰囲気だよね」と皮肉をこめてやり返したが、ジャベイスのジョークは「やりすぎ」というのが大部分の出席者の感想だった。
後にトーク番組に出たジャベイスは「悪いことをしたとは、全然思っていない」と述べた。ハリウッドでは「自分はよそ者」で、スターを「酷評すること」こそ、自分の役割だという。自分なりの信念があってのきつい「おちょくり」だったというが、来年、ゴールデングローブの授賞式の司会役が回ってくるかは定かではない。
―英国のジョークはきつすぎる?
英国のジョークは他国の人にはきつすぎるのだろうか?この評価は、おそらく人によって異なるだろう。また、その国に住む人でないとジョークは理解できないとするのもおかしい。
しかし、どんなジョークも、文化、歴史、価値観など、その社会を構成する複数の要因を共有することで、おかしみが生まれてくる。もしこうした要因を共有しない人が英国流ジョークに触れたとき、笑いよりも怒り、悲しみ、不快感を感じる場合があることは想像できる。ジャベイスの授賞式でのジョークを痛快に思った人は英国内でさえ多くないかもしれないー私自身、どきりとした。しかし、彼の代表作で、人を食ったジョークが満載のドラマ「The Office」の主人公〔ジャベイスが演じた〕がそのまま舞台に出たのだと思えば、例え共感はせずとも、理解はできよう。
BBCのQIが被爆者のトピックを取り上げた件は、被爆者自身を笑っていたのではない点やすべてを風刺の対象とする英国ジョークの原則から言って、英国内の視聴者には受け入れられるはずであった。しかし、原爆落下や被爆者体験をジョークの対象にされたくないという思いが強い多くの日本国民からすれば、とうてい我慢がならない手法であった。
笑い一つをとっても、自分自身の立ち位置や、価値観、歴史観が色濃く表れる。笑いで自分を知るーそんな勉強の場をBBCのQIやジャベイスのキツイジョークは与えてくれたのかもしれない。
―BBC「QI」の被爆者を題材にした動画の内容(抜粋)
スティーブン・フライ:世界で一番不幸な男の何が幸福なんだと思う?(略)えーと、この人は見方によって、最も幸運だとも言えるんだ。(略)彼の名前はツトム・ヤマグチ。2010年に93歳で亡くなっている。ずいぶん長生きだったから、それほど不運だったとも言えないね。(略)
アンディー・デービス:爆弾がその人の上に落ちて、跳ねとんだとか。(会場笑い)フライ:この人は原爆が爆発したとき商用で広島にいて、ひどい火傷を負ったんだ(略)。次の日、彼は汽車に乗って、ということは驚いたことに、原爆が落ちた翌日なのに鉄道は動いていたわけだよ。なので彼は長崎へ汽車に乗って、そこでまた原爆が落ちたんだ。(会場内、笑い。回答者の一人がすごいな・・と言いたそうな顔で首を横に振っている。背景には、2つのキノコ雲の写真とその間に山口さんの大きな写真)
フライ:彼は称えられ、ある種の英雄のように扱われて、でも2度被爆した人としてようやく正式に認定されたのは90年代になってからだった。(略)
ロブ・ブライドン:要はあれだね、杯は半分空だというか半分入っているというかで。でもどちらにしても、放射能を浴びているわけだ。だから、飲んじゃダメだよ。(会場笑い)(略)
フライ:でも僕が何に驚いたって、広島に原爆を落としたのに次の日には鉄道がもう動いていたっていうのが。だって、この国だったら・・・。(略)
ビル・ベイリー:枯れ葉が何枚か落ちただけで、もう終わりだ。(注:英国では列車遅延の理由として、落ち葉や「雪の種類がダメ」と説明して国民に馬鹿にされるので、これに引っ掛けたジョークが続く。)(略)
ベイリー:爆弾の種類がダメなんですよ、爆弾の種類がダメなんです。(みんな大笑い)。
フライ:(駅のアナウンスを真似して)明らかに、爆弾の種類が合っていましたから、大丈夫ですよみなさん。心配しないで。爆弾の種類は合っていますから。
(翻訳:加藤裕子さんのコラム、gooニュース、1月25日付)
―関連キーワード
Jerry Springer:The Opera:
「ジェリー・スプリンガー・ザ・オペラ」という名前のミュージカル。ジェリー・スプリンガーが司会をする、米国の視聴者参加型トークショーを元にしている。この番組は、不倫、離婚、同性愛嫌悪、人種差別、売春などのリアルな問題に悩む登場者がスタジオにやってきて悩み事を話し、会場の聴衆から問題解決の糸口をもらう形を取る。登場者同士が喧嘩をするほど盛り上がるのはたびたびで、「最悪の低俗番組」と呼ばれたことも。ミュージカルはオムツ姿のイエス・キリストが登場したり、4文字言葉が満載など、「キリスト教を冒涜する」要素が多々入っている。2005年、BBCが舞台版の放映を予定に組むと、放送差し止めを求める5万件以上の苦情が殺到した。BBCは苦情にもかかわらず、放送を決行。キリスト教団体がBBCのディレクター・ジェネラルを神への冒とく行為を行ったとして訴えたが、2007年、敗訴した。
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