2011年05月14日18時44分掲載
無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201105141844366
検証・メディア
英調査報道センター所長に聞く −ジャーナリズムが国家機密と格闘するとき(上)
国家機密に相当するリーク情報をメディアが入手したとき、これをいかに扱うべきだろうか。国家機密とメディアの関係について、ロンドン市立大学に拠点を置く非営利組織「調査報道センター」(CIJ)の所長で同大教授ギャビン・マクフェイデン氏に見解を聞いた。〔ロンドン=小林恭子)(朝日新聞「Journalism」4月号掲載分に補足したものです。http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=12525)
米国人のマクフェイデン氏は、所長就任前、米英両国でドキュメンタリーや調査報道番組のプロデューサーとして活躍した。ウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジの知人でもある。メガリーク報道では、ウィキリークスから直接生情報を入手し、これをCIJの姉妹組織で非営利の番組制作団体「調査報道局」に提供する橋渡し役を演じた。
―どのようにしてウィキリークスと関わるようになったのか?
マクフェイデン所長:ウィキリークスに関しては、その名前が有名になるはるか前から知っていた。
ウィキリークスに興味を持ったのは内部告発者の身元が本当に擁護されていると思ったからだ。内部告発者は身元が十分に守られていると確信できないと、告発しようとは思わないものだ。きちんと守ってくれる体制があれば、もっと告発者が出てくるだろう。ウィキリークスはこうした見方があたっていることを十二分に証明した。
私たちがウィキリークスに注目し始めたのは2007年ごろ。実際に、直接ウィキリークスと関わるようになったのは2010年の5月から6月ごろ。代表者ジュリアン・アサンジがアフガンやイラクでの戦闘日記や外交公電情報を公開する準備のために、ロンドンに戻ってきたころだ。最初は、アサンジはガーディアン紙と共同作業を行っていた。
CIJの妹的な存在となるのが、「調査報道局」(Bureau for Investigative Journalis、BIJ)だ。これはCIJ同様に拠点をロンドン市立大学に置いているが、番組制作を担当している。テレビ用の映画を作る。
BIJがウィキリークスとイラク戦闘日記の件で共同作業を行った。CIJやBIJなどから人が集まって、情報の処理に取り掛かった。アフガン戦闘日記の情報を公開したときのような間違いをおかさないように、とね。消すべき名前が消されなかったことがあったから。すぐに間違ったことをしたとみんなが思ったし、これを繰り返してはいけない、と。
―何人ぐらいが関わったのか?
所長:大体20人ぐらい。最多でも23人ほど。生の情報から危険だと思われる部分を消してゆく作業に関わった。作業は大成功で、不意に出てしまった名前などは一つもなかった。
―作業を通して、見えてきたことは何か?
所長:民間人が数千人規模で組織的に殺害されたという点だ。ベトナム戦争と比較しても、バグダッドの道路上でさらにたくさんの人が殺害された。例えば、ある場所で680人が亡くなったことがあった。このうちの11人は戦闘員だったが、そのほかは、民間人で、女性や子どもたちもいた。
こういう情報は米政府を喜ばせなかった。そこで、米政府はすぐにウィキリークスやアサンジを攻撃しだした。すべてではないが米国の新聞の大部分が、メガリークの情報を掲載しないようにと政府から圧力がかかった。今でもそうだ。
―イラク戦争の情報が出た後での圧力か?
所長:アフガン、イラクの戦闘記録、外交公電―すべてだ。愛国心に訴えて、「頼むから掲載しないでくれ。政府が困ってしまうから」と。
CIJやBIJのジャーナリズムは違う。ジャーナリズムは独立した存在であるべきだ。政府や野党勢力のプロパガンダのための広報官にはならない。
―英政府と一連の報道に関して連絡を取ったのか?
所長:取らなかった。全然だ。興味深いことに、英政府がまったく関与しないというのは珍しい。
政府と私たちは全然関係ない。政府はこちらに連絡を取らなかったし、こちらからも政府に連絡を取らなかった。ただ、ガーディアンの上部は連絡を取ったかもしれないけれど。
―しかし、政府あるいは軍事関係者に連絡をとって、情報の信憑性を確認する必要はなかったか?
所長:なかった。元軍隊にいた人からの情報があって、「この数字は正しいか?」「この場所は、これで合っているか?」などと聞くことができたから。
―先ほどの、20人ほどの作業者というのは全員がジャーナリストか?
所長:ジャーナリストとコンピューター関係の人だ。実際に、数千もの名前を消す作業にはコンピューター技術の知識が必要だった。データベースの専門家なども使った。CIJではこうしたことも教えているので、普通のジャーナリストよりはデータベースやコンピューターに関して詳しい。
―どうやって秘密を守らせるようにしたのか?
所長:厳しい統制だ。作業室には他の人が誰も入れないようにした。作業に関しては、他の人とー家族も含めてー話してはいけないことにした。これが作業に参加する条件で、情報を門外不出とする契約書に署名してもらった。誰一人、情報を漏らした人はいない。
―それはすごい。
所長:みんな調査報道をやってきた人たちばかりなので、仕事をしていて自動的に政府に何かを話したりするような人たちではない。
―お金のために情報を売る人もいるが、ここのスタッフはもちろん、そういうことではなかった、と。
所長:そうだ。
―情報は、ウィキリークスから直接受け取ったのか?
所長:そうだ。
―内部告発で得た情報は「盗まれたもの」であるという理由から、情報の正当性を疑問視し、これを大手報道機関が公開することを批判する声があるが、どう思うか。
所長:政府や企業との雇用契約の中で、職務上知り得た秘密を口外しないという項目があった場合、雇用主は従業員に情報の守秘を要求する権利がある。
しかし、良心の問題がある。情報を得て、それが道徳的あるいは倫理的に悪いことだと思ったら、内部情報を広く公開することは市民の義務だと思う。大きな犯罪を露呈させるために機密情報を明るみに出す行為は、公益という目的において正当化される。企業の利益や政府が困惑するかどうかよりも、公益目的の内部告発を優先するべきだ。
政府がある情報の公開を拒むときのほとんどは、自分たちが恥をかきたくないためだ。政府は国民が払う税金によって仕事をしている。恥をかいたって、それはそれでいい。政府は困るかもしれないが、国民は心配しなくてもよい。
―しかし、国益のために、政府は秘密を守る権利があるのではないか。
所長:政府はいつも「国益のために」という。たいがいの場合、政府が誰かから賄賂を受けとり、その事実を暴露されたくないときにこれを理由として使う。
―民主主義社会では、国民には国家に関わるほぼすべての情報について知る権利がある、ということか?
所長:そうだ。ほぼ100%に関して、知る権利がある。
―公開されれば人命を危険にさらす、あるいはプライバシーを侵害するなど、ごく少数の例外を除いては。
所長:そうだ。例外というのは、個人の例になるかと思う。私やあなたの健康関連の情報は公開されるべきではないと思う。銀行口座の情報もそうだろう。こうした情報はあなたの情報であって、政府の情報ではない。
―米国メディアは人々の知る権利よりも、国益を優先化していると思うか?
所長:そうは思わない。同意しない。そういう見方に反論したい。国民のために、つまり、「公益」というのは原則だ。国民が政府に対し、国民のために働くように権力を与えている。国民のためにであって、国民の利に反するために働くのではない。国民は自分たちが支払ったお金がどのように使われているかを知る権利がある。選挙で選んだ人がどんな仕事をしているのかを、知る権利がある。
どのように公的なお金を使っているのか、どのような仕事をしているのかに関して透明性がないと、説明責任がなくなる。政治家にしてみれば、何も質問をしない国民は扱いやすい。何でもやりたいことができる。私たちは何が起きているのか知らされなくなる。しかし、もし国民が何が起きているかを知っていれば、もし間違った方向に物事が進んでいれば、これを正すことができる。
―ジャーナリストは公益よりも国益を時に重視するべきか。
所長:ジャーナリストは公益のためにこそ存在する。国益という考え方そのものが何を指すのか。一体誰のための国益なのか、一握りの銀行家のための国益か。どこかの軍人のための国益か、あるいは国民全体の利益のことか。私自身は、一般的にいって、国益という概念を容認しない。国益が何を意味するのか、権力者は説明しない。
―つまり、それで人が殺されるとかの場合以外の「国益」ということ?
所長:まったくその通り。
***(下)に続く 〔ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。