2011年05月15日18時22分掲載  無料記事
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検証・メディア

英調査報道センター所長に聞く ージャーナリズムが国家機密と格闘するとき(下)

 ロンドン市立大学に本拠地を置く、英調査報道センター(CIJ)所長ギャビン・マクフェイデン氏に国家機密とジャーナリズムについて、聞いてみた。米国人のマクフェイデン氏はウィキリークスのジュリアン・アサンジ代表と個人的に親しい人物の一人だ。(朝日新聞「Journalism」4月号掲載分に補足。)(ロンドン=小林恭子) 
 
―メガリーク報道をめぐる米政府やメディアの対応をどう見るか。 
 
所長:米政府はすぐにウィキリークスとアサンジに対する攻撃を開始した。また、大部分の米国の新聞は暴露報道をしないようにと圧力をかけられた。政府側は新聞社の愛国心に訴えた。「どうか報道はしないでくれ。米政府が困惑するから」と。 
 
 米国の大手報道機関は難しい状況に立たされた。ジャーナリストたちはスクープを欲しがる。しかし一方では、メディア自体が巨大化し、大きな権力になっている。そこで、政府が耳元でこうささやく。「この報道は勧められませんね。出さないほうがいいんじゃないですか。政府批判なら別のこんな話はどうですか。今回の話だけはやめてください」と。メディアはいつもアクセスをしたがる。アクセスがすべてといってもいいくらいだ。 
 
―アクセスとは? 
 
所長:権力へのアクセスだ。すべての大手メディアが、オバマ米大統領に電話して、プライベートに何かについて話してくれることを願っている。もしオバマ大統領に反対する記事を書けば、アクセスは難しくなる。アクセス権が、当局の情報開示を阻む武器になっている。 
 
―「ペンタゴン文書」事件*(米国防相の指示の下で作成された極秘報告書「ベトナムにおける政策決定の歴史1945−68年」が、1971年、シンクタンクの調査員ダニエル・エルズバーグによってニューヨーク・タイムズにリークされた。政府は報道差し止め令を裁判所に出させたが、審理の結果、この差し止め令は解除された)のときと比較して、ニューヨーク・タイムズは変わったと思うか? 
 
所長:そう思う。いや、タイムズ自体が変わったというよりもータイムズは前よりもリベラルになっているーー周りの環境が変わった。 
 
 ペンタゴン文書の際には、米社会の非常に重要な階層の人々が、ベトナム戦争に反対していた。今でもイラクやアフガン戦争に反対の人がいるが、ベトナム戦争のときのようには、その声が表に出ていない。 
 
 あの時、たくさんの人が参加する反戦デモが頻繁にあり、何万人もの兵士が軍隊から逃げて、カナダやスウェーデンに向かった。まだそういうことは米国では起きていない。 
 
 ベトナム戦争のために社会に大きな変化が起きていて、ペンタゴン文書のリーク報道があった。今は、ペンタゴン文書のときのような、ニューヨーク・タイムズへの熱い支持は起きていないと思う。 
 
 そして、ベトナム戦争時には、政権の上層部が戦争継続に反対だった。今はそうではない。少しはいると思うけれども。しかし、イラクやアフガンの戦況を見て、上層部が圧倒的に反戦となる動きにはなっていない。 
 
―ペンタゴン文書の件についてだが、ある日本の論客が言うには、「ニューヨーク・タイムズは、国益に考慮した公益のために行動した」と述べた。したがって、ニューヨーク・タイムズによるペンタゴン文書のリーク報道はメディアの勝利ではない、と。私がそう思っているわけではないが。 
 
所長:私もそうは思わないがー。変な論でもあるね、というのも、ニューヨーク・タイムズなどの大手の新聞が、何かに関する真実を報道したことで政府によって攻撃を受けるのは、この100年で最初だったから。それができたのは、裕福で権力も持つたくさんのひとが反戦だったからだ。 
 
 アフガンやイラク戦争に反対する人は今いるけれども、数が小さい。米国が今危機状態にあるからだ(それどころではない、と)。 
 
 ベトナム戦争が始まった時、米国は大きな繁栄時期にいた。本当に裕福な時代だった。イラクやアフガン戦争は、大きな金融危機の時期と重なっている。負債がこれまでにないほど膨らみ、崩壊の危機だ。国民はすべてのことに恐れを抱いているーベトナム戦争の時と比べると。 
 
 今、右派勢力は当時よりももっと組織化されている。右派政治家セラ・ペイリンはその典型だ。こうした人たちがアサンジを殺せ、と主張している。二つの戦争を支持したのもこういう人たちだ。 
 
 ペンタゴン文書の時代と今は、ずいぶんと違う。 
 
―今回リークされたのは米国の外交公電だったが、例えば英国の外交公電がリークされたとしたら、ガーディアンを含めた英国の新聞は反政府的になって堂々と情報を報道できると思うか? 
 
所長:できないと思う。英国の新聞は倒れてしまうのではないかな。公務員機密守秘法とか、米国と違っていろいろ厳しい法律があるからだ。米国には英国の公務員機密守秘法に相当するものはない。米憲法の第一条修正で表現や宗教の自由の権利が保障されている。 
 
 英国、フランス、ドイツ、それにほとんどの欧州諸国、それと多分日本でも、法律の問題で外交機密レベルの情報を出すのは難しいだろうと思う。すぐに刑務所に送られることだってあるだろう。 
 
 ガーディアン自体が、セーラ・ティズドール(Sarah Tisdall)という内部告発者を牢獄に送ったことがある(*ティズドールさんは元外務省職員。1983年、政府の機密書類を省内でコピーし、ガーディアンに送った。政府は裁判でコピー文書を渡すよう、ガーディアンに要求。ガーディアンが渡した書類を精査すると、外務省内のコピー機を使っていたことが判明し、ティズドールさんは公務機密法違反で実刑となった。)警察がガーディアンに告発者の名前を聞き、ガーディアンは名前を教える形になってしまった。ほかにもあるが、これが最悪のケースだったと思う。この事件は、その後の調査報道の進展に大きな悪影響を与えたと思う。 
 
 英国の新聞は法律を真面目に考える。英国の名誉毀損法は非常に厳しくて、名誉毀損ではないことを、ジャーナリスト側が証明する必要があるために、さらに状況は厳しい。 
 
―調査報道で、少々非合法の手段を使っても、真実を探るためには仕方ないと思うか? 
 
所長:非合法な手法の大部分はコンピューターを使わなくてもできるものだ。例えば著名人のゴミ箱をあさるとか。「ゴミ箱男のベニー」と呼ばれる人物がいた。複数の新聞社に雇われて、著名人のゴミ箱をあさって情報を探した。まったく汚いやり方だけどね。 
 
 私たちは全般的にいって、そういうことはやらない。ハッキングもしない。罰金が高すぎる。それに、原則として、よっぽどの理由がない限り、個人のプライバシーを侵害したりはしない。 
 
 もしどうしてもやるとすれば、例えば、重要な社会問題、医療や軍事情報、人権の乱用などの本当に大きなことを探るときだ。 
 
 しかし、普通は違法行為はやらないし、違法行為を可能性として考えることさえしないーよっぽど重要なことでなければ。他のやり方で情報をとることができるはずだ。時として、法律を破ることは正当化されるかどうか?社会的重要性がものすごく大きい場合、正当化される。 
 
―ウィキリークスは調査報道の面から、何を変えたのか。 
 
所長:内部告発者の力が、広く理解されるようになったこと。ウィキリークス以前は知っている人は少なかったが、今はみんなが知っている。公益のための内部告発を後押しする大きな動きだ。 
 
 しかし、メッセージの中味よりも、メッセージを伝える人のほうが重要になってしまった。有名人文化が強い現在、仕方ないのかもしれないが。 
 
―アサンジのように? 
 
所長:そうだ。アサンジは確かにすごい人物で、大変勇気がある。しかし、ウィキリークスが暴露した情報の中味より、アサンジのほうが大きなニュースになってしまった。不幸なことに。 
 
―アサンジに関する否定的な報道が多いので、ウィキリークスは支持するが、アサンジは支持しないという声も聞く。 
 
所長:そうだ。しかし、忘れないでおきたいのは、国家がその批評家に対してよく使う手が、否定的な報道を広めることだ。アサンジは自分を攻撃対象にしてしまった。無理もない、あんな国家機密を暴露してしまったのだから。しかし、ああいう情報を暴露すれば、誰だってーー例えあなたでもーー悪者扱いされるだろう。誰にしろ、攻撃されてしまうようなことを抱えているものだ。 
 
―アサンジとはどんな人物か。 
 
所長:これまでにたくさんのジャーナリストに会ってきたが、疑いなく、最も頭のいいジャーナリストの一人だ。アサンジはメディアが何で、どんな風に機能するのかを知っている。情報をどのように安全にするかを知っているし、科学的過程を大事にする。もともと、科学を学んだ人物だー数学、物理学など。 
 
 同時に、非常に好青年だ。嫌いにはなれない。非常にナイス・ガイだ。暴力的ではない。気が狂ってもいない。真面目で、言論や報道の自由を心から信じている。そのために、アサンジは他のジャーナリストたちを居心地悪くさせているかもしれない。私たちは妥協をすることに慣れているが、アサンジは妥協を好まない。 
 
―ウィキリークスはジャーナリズムの一部だろうか? 
 
所長:絶対にそうだ。世界の中で、一見ジャーナリズムとは思えないものがジャーナリズムだったりする。例えば印刷機だ。コンピューターも。ジャーナリズムの一部と見なされるようになったのは、これを使ってジャーナリズムが生み出されるからだ。印刷機を使った人の多くがジャーナリストになった。 
 
 米国の著名ジャーナリストの中で、自分の印刷機を持っていた人が結構いる。 有名なのが I.F. Stone.という人で、ニックネームがIzzy Stone(イジー・ストーン、1907−1989年)だった。毎週、自分の印刷機を使って、週刊新聞を発行した。数千人規模の購読者に新聞を郵送したんだ。みんながこの新聞を読んだものだ。ストーンは印刷業者だったけれど、非常に良い記者でもあった。 
 
―今で言うと、ブロガーのようだ。 
 
所長:電子メールが生まれる前の時代の「印刷ブロガー」だったのかもしれない。 
 現在はみんながコンピューターを持つようになった。印刷機を持つ人は少ないけれど、コンピューターだったら買える。 
 
 ウィキリークスはジャーナリズムか?今までとは異なる種類だが、そうなのだと思う。 
 
――調査報道にとって、現在は良い時期だろうか。 
 
所長:インターネットの出現でやりやすくなった面もあるが、本当の理由は戦争だと思う。米英両国は今、イラクやアフガニスタンなどの戦争に関与している。戦争は人々を批判的にし、考えさせ、疑い深くさせる。真実を学ぶ機会にもなり得る。私たちがやっているような調査報道が、人々の物事に対する見方を変えられたらいいなと思っている。 
 
―確かに、戦争をめぐっては論争が起きやすい。 
 
所長:しかも、何人もの人が亡くなる。イラク戦争では嘘を元にした戦争で、多くの人が殺害された。とても大きな論争を引き起こすのも無理はない。 
 
―これまでにも、それほど十分ではない理由で、あるいは国民に理由を説明しないままにたくさんの戦争が起きたー。 
 
所長:それこそ、「国益のために」だ。 
 
ー確かに。 
 
所長:そんな理由付けのほとんどがいかに間違っていたかを、私たちは今、知っている。道徳上間違っていたし、倫理的にも間違っていた。嘘を元にしていたんだ。米国人であろうと、日本人であろうと、ドイツ人であろうと、ロシア人であろうと、何人であろうと、戦争は常にーーほとんど常にーー嘘の理由に基づいて開戦となった。すべてとは言わないが、そのほとんどは嘘だった。 
 
―民主主義社会に生きる私たちにとって、「国益」とは何かを本当に査定するときが来たー。 
 
所長:査定するのはジャーナリストであり、国民だ。今すぐ、行動を起こしてほしい。 
 
***こぼれ話 
 
 CIJの事務所は、ロンドン市立大学の通常の建物の端っこにある。「センター」というからある程度大きいのかなと思うと、秘書の部屋一つ、これが荷物置きと本を置く場所になっている。所長の部屋も本が一杯で、ゲストがひとり入るともう何も入らないほど小さい。「ようこそ、調査報道センターへ!」と言って向かいいれてくれた。インタビューは真面目な話と大笑いが錯綜。大笑いは、「誰でも隠したいようなことが一つか二つはあるよ」といって声が低くなった時と、最後、「行動を起こすのはあなただ!」とボールがこっちに返ってきた時。米国のジャーナリズムの状況を一生懸命弁護する姿も印象的だった。 


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