2011年05月30日01時20分掲載  無料記事
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核・原子力

放射能と健康被害の基礎知識 1

  福島原発事故以来、放射能による環境汚染や人体への影響について様々な立場の専門家が発言していますが、被害者の立場に立った横断的な情報が少ないように感じましたので、ジャーナリストの立場から基本的な知識についてまとめてみました。 
 
 
【1】 放射線と放射能 
 
  「放射能」と「放射線」とは別のものですが、この違いがハッキリしないことが誤解や差別の原因にもなっているのかも知れません。人間の健康に障害を与えるものは「放射線」であって「放射能」そのものではないので、まずその違いから考えていきましょう。 
 
  全ての物質は原子で出来ています。普通の原子は時間が経っても別の原子に変わったりすることはありませんし、物質を焼いたり溶かしたりしても原子の結びつき方が変わるだけで原子そのものは変化しません(※1)。 
  しかし中には放っておくといつの間にか別の原子に変わってしまう変り種もあります。変り種の原子は別の原子に変わるときに「放射線」を出します。これを原子の放射性崩壊と言い、これらの原子の持つ能力を「放射能」とか「放射性」と呼ぶのです。 
話題になっているヨウ素131(※2)なら、「放射線」を出してキセノン131という原子に変わります(※3)。キセノン131は「放射能」を持たないのでこれ以上変化することはありません。 
 
  変り種の原子を放射性物質といいますが、放射能という言葉が放射性物質を指す場合もあります。物質と言うと一般には固体をイメージしますが、放射性物質は気体や粉塵の形で拡散することが多いので、「放射能」という方がイメージに合うのかも知れません。 
 
  原子が他の原子に変わってしまう仕組みには、「放射性崩壊」の他に「核分裂」と「核融合」があります。放射性崩壊は放射線を出して原子核が少しだけ変化しますが、核分裂は大きな原子核が2つに割れてしまう大きな変化で、原発や原爆のエネルギーを生み出します。核融合は小さな2〜3の原子核がくっついて1つの原子核になる仕組みで、水素爆弾のエネルギーを生み出します。これらの場合も放射線が放出されます。 
  原子力発電では、ウラン235やプルトニウム239を核分裂させてエネルギーを得ますが、それらの原子核が分裂して生まれたのが、ヨウ素131やセシウム137などの放射性物質です。 
 
※1 原子は陽子と中性子からなる原子核と原子核のまわりを回る電子で出来ています。電子の振る舞いが変わることで他の原子との結びつき方が変わります。原子が別の原子に変わるということは、原子核が変化することです。 
 
※2 ヨウ素131は原子核に53個の陽子と78個の中性子を持っています。陽子の数を「原子番号」といい、原子番号によって融点、沸点など原子同士の結びつき方のルール(化学的性質)が決まるので、同じ原子番号なら同じ「元素」になります。中性子の数に関わらず陽子53個なら「ヨウ素」で、放射能を持たない普通のものは中性子74個のヨウ素127です。 
陽子と中性子を加えた数を「質量数」といい、同じ原子番号で質量数が違うものを同位体、放射能を持つ同位体を放射性同位体といいます。 
 
※3 正確に言えば、ヨウ素131はベータ線を出してキセノン131mとなり、それがガンマ線を出してキセノン131になります。mというのは原子核の中の陽子と中性子の数は同じだけれども、結合の仕方が違ってエネルギーが高い状態を指します。これを「核異性体」と言います。 
 
 
【2】 人体への影響 
 
  全ての物質は原子の集まりです。人の体は60兆個もの細胞で作られており、一つの細胞は染色体とかリボゾームとかミトコンドリアとか細胞膜などから成り立っていますが、それらも全て原子で出来ています。一つの細胞に含まれる原子はおおよそ兆単位の数になります。 
 
  放射線が人の身体に当たると、細胞を作っている数兆個もの原子の中の一部で、原子の周りを回っている電子を弾き飛ばして原子核と電子を分離します。原子核に変化はないので原子が別の原子に変わる現象ではなく、原子がイオン化される現象です。これを電離作用といいます。この電離作用によってイオン化された原子と周りの原子の結びつき方が変わり、細胞の一部がわずかに傷つくのです。 
  これが、放射線が人に与える影響のほとんど全てです(※4)。これは宇宙線などから受ける自然放射線でも、原爆や原発から作られる人工の放射線でも同じです。人の体はそれを区別する様なことは出来ません。 
 
  生物はそうした小さな傷を修復する力を持っています。染色体以外の組織に傷がついても染色体が正常であれば細胞は自らを修復することが出来ます。また、染色体が傷ついても、染色体はDNAの2重螺旋で出来ているので、その片方だけの傷ならばもう片方を再生することが出来ます。DNAが修復・再生出来ないときは、細胞が自ら死を選ぶことで被害を食い止めようとします。 
  しかし、たくさんの放射線を浴びたり、少しの放射線でも長い間浴びたりすれば、広範囲に渡って細胞が死んで障害が生じたり、分裂する細胞に異常が生まれて癌化したりするのです。 
 
※4 放射線が直接DNAを傷つけるだけでなく、細胞の中の水分を電離して生まれる活性酸素(フリーラジカル)がDNAを傷つける、間接的な影響もあります。 
 
 
【3】 放射線の種類 
 
  放射線には、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線があります。他の種類の放射線もありますが、原発事故を考えるときにはこの4つの種類を考えれば充分です(※5)。 
 
  アルファ線はヘリウムの原子核です。陽子を2つ抱えていますから、非常に強い力で電子を引き付けます。1個のアルファ線が2つの電子を捕まえるまでに、10万個の原子を電離すると考えられます。透過能力は弱く、紙一枚や数センチの空気の層も通り抜けられません。 
 
  ベータ線は電子の流れです。マイナスの電荷を持っていますから、原子の中の電子を弾き飛ばします。その力はアルファ線よりはかなり弱くそれだけ長い距離を走りますが、1mmのアルミやプラスチックなども通り抜けられない程度です。 
 
  ガンマ線は波長の短い光の一種で、電荷は持っていません。しかし、電子にぶつかったり、原子核に吸収されることで電子を生み出したり、消滅するときに電子と陽電子を発生させたりして、生み出された電子が原子を分離します。その力はアルファ線、ベータ線よりずいぶんと弱いですが、その分透過力が高く、鉄・鉛などの密度の高い物質でも10cmの壁が無ければ遮れません。 
 
  中性子線はかなり性格が違います。上記3つの放射線は「放射性崩壊」に伴って放出されますが、中性子線は「核分裂反応」で生まれることが多い放射線です。電子を弾き飛ばすだけでなく、原子核の中の陽子や中性子を弾き飛ばしたり、原子核に吸収されて別の原子に変えたりしてしまうこともあります。電荷をもたないため透過力はガンマ線よりも高く、遮蔽するには原子核の小さな、例えば水の様なものでなければなりません(※6)。 
 
※5 電離作用を持つ「電離放射線」には、重粒子線、陽子線などがありますが、これらは医療現場や加速器などで使われるものです。ガンマ線よりも波長の長いX線も「電離放射線」ですが、電子の軌道の変化で発生するものなのでここでは考えません。 
電離作用を持たない「非電離放射線」にはX線よりも波長の長い、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波、電波がありますが、普通に「放射線」と言えば「電離放射線」を指します。 
 
※6 ガンマ線は電磁相互反応をするので密度の高い物質の方が遮りやすく、中性子線は中性子と同じ程度の大きさの原子核にぶつける方がエネルギーを奪えます。 
 
立山勝憲 
日本電波ニュース社 
プロデューサー 


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