2011年05月30日01時33分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201105300133401

核・原子力

放射能と健康被害の基礎知識 3

【7】 晩発性障害の非特異性としきい値 
 
  今、私たちが福島原発事故による障害の危険性を考えなければならないのは、晩発性の障害です。晩発性障害は、受けた線量に比例して癌や白血病そして遺伝的影響を発症する確率が増えます。急性期障害と違って、高い線量だから重い白血病になり、低ければ軽い白血病になるなどということはありません。白血病になる確率が変わるだけです。 
 
 やっかいなのは、そうした疾病の原因が放射線によるものだけではないということです。喫煙や食習慣、ストレスなども原因となる上に、疾病を分析しても原因を明らかにすることは非常に困難です。仮に放射線が原因だと特定出来たとしても、原発による被ばくなのか、宇宙線など年間に世界平均2.4mSvになる自然放射線(※10)が原因なのか、日本人で年間平均2.3mSvになる医療被ばくが原因なのか、ということを疾病の側から決めることは不可能です。これを晩発性障害の「非特異性」と言います。 
 
  ですから放射線による晩発性障害の発生率は、統計的に明らかにされたものです。それは取りも直さず原爆の疫学的調査によるものなのです。そうした調査では200mSv以上の被ばくで、癌・白血病の発生率が被ばく線量に比例して増加することが明らかにされています。 
  国際放射線防護学会=ICRPによれば、100mSvの被ばくでのリスク値は白血病を含めて全ての癌死を合計して0.5%です。一生のうちで1万人の中で50人が癌で死ぬ確率が増えるということです。癌で死ぬ人は1万人の中で3000人くらいですので、それが3050人に増えるのです。 
  累積線量と癌で死ぬリスクは比例すると考えられていますから、これが200mSvなら3100人、1Svなら3500人となります。 
20万人を越える被爆者たちが何十年も放射線障害と闘って生きてきた結果として、こうした数値が明らかになったのです。 
 
  しかし、こうした統計上では200mSv以下では癌死が増加したという明確な数字がありません。 
この低線量被ばくについては、200mSvが「しきい値」と考えてそれ以下なら影響はないという説や、かえって低線量では危険性が増すという説など様々な議論があり、定まった説はありません。 
  判らないものは判らないのですから余分な放射線は受けないに越したことはありません。ICRPもこうした考えを取っていて、低線量被ばくでの「しきい値」はなく、200mSv以下でも比例してリスクがあると考えています(※11)。 
  それに従うと、累積線量が10mSvなら1万人に5人が、1mSvなら10万人に5人が癌で死ぬリスクが高まると予測できます。 
 
  また、同じ線量を短期間に受けた場合と長期にわたって受けた場合についての比較にも諸説がありますが、人体の復元能力を考慮すれば短期間の方が放射線による影響は強く、長期に渡った場合は影響が弱くなると考えるのは合理性が高い様です。 
 
※10 自然放射線には、宇宙線の他に、空気中のラドンなどの吸引、食物からカリウム40などの摂取、地球から漏れ出すガンマ線などがあります。大気中には20世紀後半に行なわれた大気圏核実験による残留放射能も含まれます。 
 
※11 これをLNT(直線・しきい値なし)仮説=Liner Non-threshold Theoryと言います。 
 
【8】 放射線と放射性物質のその後 
 
  人体に電離作用を与えた後の放射線は、もう何の悪影響も与えません。アルファ線は電子を捕まえてヘリウム原子になり血液を通して体外に排出されます。ベータ線はエネルギーを失ってどこかの原子に捕まります。ガンマ線・中性子線もエネルギーを失えばお仕舞いです。 
 
  しかし、体内や環境の中に放出された放射性物質は放射線を出し続けるので、その後の影響を考えなければなりません。 
放射性物質はいつか別の物質に変わってしまうものですが、半数が変わる期間が放射性物質の種類によって決まっていて、これを半減期(物理学的半減期)と言います。半減期の10倍の時間が過ぎれば、放射性物質は1000分の1に減衰します(※12)。 
 
  また、放射性物質は減衰する間にも放射線を出し続けますが、物質自体が移動することでその場所からは減っていくこともあります。環境の中では雨や風で流されたり海水で薄められたりすることが考えられます。これについては定まった時間は決まっていません。 
  人体の内部被ばくについてはその半数を排出する時間が物質の化学的性質によって決まっており、それを生物学的半減期といいます(※13)。 
  福島原発事故の影響を考える時に、この物理学的半減期と生物学的半減期を考えることは重要です。 
 
※12 原子の数が同じ放射線物質を比べた場合、物理学的半減期と放射能濃度は反比例することが判ります。半減期が短ければ、それだけ放射能が強いとも言えます。 
 
※13 物理学的半減期は「核種」(=原子核の陽子と中性子の数と状態)によって決まり、一秒よりもずっと短いものから宇宙の年齢よりも長いものまで様々です。生物学的半減期は物質の化学的性質によって決まります。 
 
 
【9】 放射性物質の種類 
 
  これまで福島原発から放出されて観測された放射性物質にどういうものがあるのでしょうか。(※14) 
 
1)クリプトン85、キセノン133、キセノン135 
  これらはいずれも希ガス元素と呼ばれ気体の状態で存在します。事故の際には一番初めに原子炉から漏れ出す物質です。しかし他の物質とほとんど反応しないため、地表に沈着せず、人体に取り込まれてもすみやかに体外に排出されます。 
 
2)ヨウ素131 
  安定なキセノン131に変わる際にベータ線を放出します。気体になりやすいので希ガスの次に原子炉から出てきます。半減期は8日なので環境の中ではしばらく経てば減衰しますが、内部被ばくでは甲状腺のがんや機能障害が問題になります。 
 
3)セシウム134、セシウム137 
  金属の中でも沸点が低く、事故の際、環境に出やすくなります。セシウム134も137も、ベータ線を出して安定なバリウムに変わります。134は半減期2年、137は半減期が30年です。特に137は変化の途中でガンマ線を多く出します。生物学的半減期はどちらも100日程度です。 
 
4)ストロンチウム90 
  半減期が29年で、崩壊の途中で非常にエネルギーの高いベータ線を出します。第五福竜丸が浴びた死の灰の主要な成分がこの物質でした。身体の中ではカルシウムに置き換わって骨に溜まる性質を持っています。生物学的半減期も50年と長いので、自然な排出は期待できません。 
 
5)プルトニウム239 
  核分裂物質ではなく、ウラン238(劣化ウラン)が中性子を捕獲して出来る物質です。福島原発では3号機の燃料(プルサーマル)にもなっています。大気中で粉塵となったものを吸い込んだ場合のアルファ線による内部被ばくが問題になります。ウランに比べても毒性が強く、非常に危険な物質です。 
 
※14 原子力発電所では他にも非常に多くの放射性物質が生まれますが、環境に出づらい性質だったり、半減期が非常に短かったり、非常に微量だったり、人体への影響が少なかったり、などの理由で問題にされていません。 
 
 
【10】 放射線への感受性 
 
  人体の中でも被ばくの影響を受けやすい組織と受けにくい組織があります。細胞分裂の盛んな細胞やこれから機能が決まっていく未分化な細胞は被ばくの影響を強く受けます。 
  最も受けやすいのは骨髄やリンパ腺にある造血細胞で、白血球や赤血球、血小板を作る能力に影響が出ます。放射線による白血球の減少や白血病の多発はこれが原因です。 
  次が上皮細胞と呼ばれる体の表面や臓器の粘膜などを作っている細胞で、腸の内壁の消化細胞がやられると消化能力に影響が出ます。逆にもうあまり分裂しない細胞でつくられていている筋肉や神経などは被ばくの影響をうけにくい組織です。 
 
  胎児は激しく細胞分裂を行なっているので影響を受けやすく、原爆被ばく当時の妊婦での流産・死産が増え、中には小頭症などの奇形も見られました。 
  生殖腺も被ばくの影響が大きい組織ですが、原爆被ばく二世を対象に行なわれた大規模な調査では、遺伝的影響は見られないという結論が得られています。間違った認識が一部に広がっていますが、原爆でもチェルノブイリでも人間や動物の生殖器の被ばくによって奇形が生まれたり流産などが増えたりするという事実は認められていないのです。 
  しかし、被ばく二世、三世が、原因不明の脱毛や倦怠感を訴えるという例はありますので、何ら影響がないと断言することは出来ません。 
 
  細胞分裂が盛んな子どもは大人よりも放射線に対する感受性が強く、健康被害が大きくなる可能性が高くなります。チェルノブイリで小児の甲状腺癌が増加したのはその典型的な事例です。放射線医学の研究結果では、大人に比べて2倍から3倍のリスクとなると考えられています。 
 
【11】 福島原発事故への対処 
 
  ここまで述べてきた事実と論理に基づいて、福島原発の事故で放出された放射能にどう対処するかを考えてみます。再度水素爆発や燃料棒が解け出すなどして大量の放射能を撒き散らすことがないということが前程です。 
 
  原発から漏れ出た放射性物質からは、現在も放射線が放出されています。問題になっている放射性物質のほとんどは、3月12日から16日までに福島第一原発の1号機から4号機までで起きた一連の水素爆発や火災の際に放出されたと考えられます。その中でクリプトンやキセノンなどの希ガスは体内に留まりませんし、大気で希釈されさらに宇宙に放出されますので危険性は低くいと考えて良いと思われます。また、ストロンチウム90とプルトニウム239は、沸点が高く原子炉から外に出づらい物質なので広範囲に汚染が広がることはあまり考えられません。 
 
  問題はやはり盛んに報道されているヨウ素とセシウムです。 
人体に対する影響は、政府が行なっている避難指示、出荷停止、摂取制限に従えば問題になるレベルではありません。ヨウ素131の摂取による甲状腺への影響についても、日本人は昆布などからすでに多くの放射性でないヨウ素を甲状腺に取り込んでいることも合わせて考えれば、健康被害は出ないと考えて良さそうです。 
  ただ、当初の20Kmの避難指示圏外で高い線量が観測されているため、一部の地域の方が最大で10数mSvを被ばくした可能性があります。この被ばくによる障害は晩発性のものだけを考えればいいので、1万人に数人が癌になる確率が増えるということになります。 
  これに対しては、発症は早くても2年程度後だと考えられるので、これからの健康診断や適切な対処で、白血病や癌の早期発見とそれを原因とする死を食い止めることが大事です。 
これは医学がどう対処するかという問題になります。 
 
  人体への影響も問題ですが、それ以上に環境への影響が深刻になっています。ヨウ素131は半減期が短いので3ヶ月もすれば影響を考える必要がなくなりますが、問題は半減期30年のセシウム137の汚染です。 
  海への高濃度の汚染水流失が一定期間続きました。これは重大事態ではありますが、海水は大量にあるので薄められることが期待できます。一部の小魚に漁規制が行われていますが、水産省によれば、セシウムは一部の化学物質の様に食物連鎖によって高度に濃縮される性質はない様です。また海底に溜まるかも知れないという指摘もありますが、今のところ海底の生物から基準値を超える放射性物質は見つかっていません。海への汚染は、これ以上流失させない努力を続けながら、注意深く見守っていくことが大事です。 
 
  最大の問題が土壌汚染です。チェルノブイリの場合はストロンチウム90とともにセシウム137による汚染によって、いまだに半径30Km圏内での居住が禁止されています。福島原発の北西方向の一部でチェルノブイリと同程度の土壌汚染が確認されており、避難や作付け禁止、出荷停止、さらには風評被害などで人々の暮らしに重大な影響を与えています。 
  セシウムは陽イオンとなっており、土壌中のカリウムなどと入れ替わって土、取り分け粘土質と強く結びつくので、除染するのが容易ではありません。チェルノブイリではひまわりや菜の花などが吸収して土壌の汚染濃度を下げるという試みがなされていますが、結果はまだ明らかではありません。 
  表面の土を除去すればそこには放射能がなくなりますが、除去した土をどうするかという別の問題が出てきます。広範囲の土を除去することが現実的に可能かどうかということも考えなければなりません。 
 しかし、被ばくから65年経った広島、長崎では、他の地域に比べて土壌の放射線濃度が高いということはありません。何らかの形で希釈されるなどした結果だと考えられます。福島で汚染された地域でも、何らかの手段で解決出来る可能性があります。 
ここは科学がどう研究していくかが課題になります。 
 
  放射能・放射線は正しく怖れる必要があります。刻々と研究は進んでいますので、それを正しく理解して日々の暮らしに役立てることがますます大切になっています。同時に、被災者に対する健康診断や、汚染土壌除去を、政府が責任を持って行なっていく様に求めて行かなければなりません。 
 
立山勝憲 
日本電波ニュース社 
プロデューサー 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。