2011年06月02日10時42分掲載
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検証・メディア
特ダネとメディアの「公正」 『朝日』の米外交文書報道への他紙の対応 藤田博司
競争の厳しいジャーナリズムの世界で、競争相手の特ダネに拍手を送るなどということはまずない。フェアプレーの精神とは縁が薄い。しかしそれがあまりに露骨になると、ただでさえ揺らぎがちなメディアへの信用が一層傷つく。しかもそれで迷惑をこうむるのが読者、視聴者だとなると、みみっちい業界の内輪話ではすまない。
大型連休中の5月4日、『朝日新聞』がウィキリークス(WL)から提供を受けた米国務省の外交文書を基に特ダネを書いた。その後、7日と10日にも同じような特ダネの第2弾、第3弾を続けて報じた。ほかの新聞は共同通信や自社特派員による『ニューヨーク・タイムズ』の転電などで同趣旨のニュースをごく簡単に扱って済ませた。テレビがこの関連のニュースを扱ったかどうか、筆者には確認できなかった。
▽7千点の米外交公電
昨年11月WLが米国の秘密外交公電二十数万点の公表を明らかにしたとき、いずれ日本関連部分が日本のメディアに提供される可能性は十分あると思われていた。いくつかの新聞が入手しようとWLに働きかけているとも伝えられた。『朝日』によると、入手した約7000点の対日関係文書は在日米大使館から国務省あてに送られた秘密扱いの電文が中心で、民主党政権成立後の昨年2月までの、比較的新しい時期のものまで含まれている。
4日の『朝日』が2ページ以上を割いて詳しく伝えたのは、沖縄在留米軍のグアム移転に伴う日本側の経費負担を軽く見せかけるため、米国側の負担を水増ししていたというもの。日本国民の反発を抑えるためのこの方法を日本の外交・防衛当局も認めていたらしい。
普天間基地の移転問題では、鳩山政権が沖縄県外への移転の方針を打ち出していた傍らで、日本の政治家や外務省幹部が米国側に安易に妥協しないよう促したり、いずれは辺野古移転に落ち着くことを示唆したりしていたという、交渉の舞台裏が生々しく記録されていた。
また7日の報道では、民主党政権の登場で日米間のいわゆる核密約が公開されることに米側からが強い懸念が繰り返し示されていたことが伝えられた。このほか、自民党政権末期の北方領土をめぐる対ロシア交渉の方針を米側が酷評していたこと(10日)や、災害や危機への日本の対応で官僚制の縦割りが弱点となりうることを米国が危惧していたこと(4日)なども、外交公電の分析から明らかになった。
▽おざなりな他紙の報道
『朝日』の一連の報道に対して、他の全国紙の対応は控えめに言ってもおざなりだった。『読売』『日経』はそれぞれのワシントン、ニューヨーク特派員電で『ニューヨーク・タイムズ』が伝えたWLの内容を、30行ないし40行の記事でごくあっさり伝えただけだった。『毎日』『東京』は共同通信のワシントン電をやはり地味に扱っただけ。共同電は米軍の経費水増しや普天間移転に関する部分ではWL文書の内容を相当詳細に伝えていたが、主要紙でこれを使った新聞は見当たらなかった(『東京新聞』電子版では報道)。
例外は沖縄の2紙だった。『沖縄タイムス』と『琉球新報』はいずれも5日の1面トップで米軍の経費水増しと普天間移転の問題を大きく取り上げ、社説で日本政府に「対米交渉の仕切り直しを」呼びかけていた(『琉球』)。『沖縄』はWLの文書を「独自に入手した」と明らかにしていた。
WLは『朝日』の報道に合わせて外交公電の関連部分を公表したものと思われる。各紙が報じた『ニューヨーク・タイムズ』の転電はそれに基づくものだったのだろう。しかしわずか3、40行の転電では公電が暴露した日米外交の舞台裏の事情など、ほとんど何も説明できていない。
それに比べて『朝日』の報道ははるかに詳細で具体的、しかも問題点を整理して指摘していた。各紙が『ニューヨーク・タイムズ』の報道は引用するのに、『朝日』が先行報道した事実に一切触れようとしないのはなぜだろう。競争紙を引用するのは沽券にかかわるけれど、外国の新聞なら気にしなくていい、とでも言うのだろうか。
▽恣意的なニュース判断
各紙の一連の報道ぶりを見ていて気になったことが二つある。一つは、『朝日』が報道したいくつかの問題点のニュース価値を各紙はどう評価したのか、という点。たとえば、米軍の経費水増しでも普天間移転でも、日本にとって重大な問題をはらむニュースだと判断したのかどうか。実際の報道の仕方を見た限りでは、そうと判断した形跡がない。もし大きなニュースとしての価値を認めるなら、独自に資料を入手し、追加取材をしてさらに掘り下げた報道を試みるべきだろう。
仮にWLの文書を入手したのが『朝日』ではなく、ほかのA紙であってもB紙であっても、これらのニュースは『朝日』の扱いと同様、トップ扱いされたに違いない。自社の特ダネなら確実に大きく扱うニュースなのに、他社の特ダネとなると申し訳程度にしか扱わない、というメディアの悪しき慣行がありありと見える。メンツの問題が絡むと、ニュース判断の基準がとたんに恣意的になることは否定のしようがない。
これは読者、視聴者に対して、メディアとして極めて不誠実と言えるだろう。今回の場合で言えば、『朝日』以外の読者、視聴者はおそらく、駐留米軍の再編成や普天間移転をめぐる問題で、日米当局者の間に不明朗な交渉ややり取りが繰り返されている疑いのあることを、まだ知らされずにいるはずだ。『朝日』の特ダネでさえなければ、各紙が一斉に取り上げて重大な政治問題化してもおかしくない要素がいくつもあるニュースなのに、他紙やテレビがあえて無視していることで、少なくとも大きな問題にはなっていない。
それで安堵するのは公電の中に登場する政治家や官僚たちだ。大多数の読者、視聴者はメディアの恣意的な沈黙のために、不明朗な交渉の結果だけを背負わされることになる。
▽メンツ捨てフェアな報道を
気になったもう一つのことは、メディアの原則の一つであるフェアネス(公正さ)を、メディア自身がどう考えているのか、という疑問だ。どんなに厳しい競争関係にあっても、相手の優れた仕事の成果を正当に評価するのが、本来のフェアな態度だろう。競争紙の特ダネが本当にニュース価値の高いものなら、他の新聞は競争紙の特ダネであることを認めたうえで、後追いの記事を書くべきではないか。
現実は、今回のWL文書に基づく報道が『朝日』の特報であることに触れたメディアはどこにも見当たらなかった。経費水増し問題を大きく扱った沖縄の2紙も、『朝日』が先行報道したことには触れていなかった。(学術研究の世界なら、先行研究や先行論文の存在に触れずに、自分のオリジナルな業績であるかのような発表をすれば、あからさまな軽蔑と批判の対象になるところだ)。
他社の特ダネはなるべく無視、軽視する、という慣行がこれまで続いてきたことが、むしろ不思議に思われるくらいだ。そろそろそうした慣行に決別すべき時期ではないか。他社の優れた仕事の成果にもそれにふさわしい評価を与え、敬意をもって迎える。後追いの記事の中で、他社が先行した事実をきちんと明らかにする。各社が相談してそんな方針を申し合わせる、などというのではなく、どこかの社が率先してそうした姿勢を示せば、他の社も追随せざるを得なくなるはずだ。
メディアが多様化したいま、これまで隠されていたメディアのさまざまな振る舞いが、読者、視聴者の目に届くようになっている。メディアにも裏表のない公正と誠実が求められている。もはやつまらないメンツや沽券にこだわっている時代ではないと思われるのだが。
*本稿は新聞通信調査会発行の月刊冊子『メディア展望』2011年6月号に掲載された「メディア談話室」の転載です
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