2011年06月21日17時30分掲載
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核・原子力
原発再稼働の経済分析への批判---日本エネルギー経済研究所の原発再稼働提言を批判する 小倉利丸
原発再稼働の圧力が電力会社や財界、政権の内部からも強まっている。福島原発の事故を例外として「ないこと」にし、電力需給と資本の利益のみを物差しとして、日本経済の活性化を最優先にすべきだという発想が頭をもたげている。経済とは人々の生存をきちんと保障することに最大の責任を負う社会システムであるべきだと私は考えているが、財界も政府も、「景気悪化させ経済を破綻させるような原発停止=電力供給不足とエネルギーコスト上昇を容認する気か」という恫喝によって、ある種の踏み絵を迫っている。
農民や酪農家が自殺し、甘い政府の基準値すら越えて被曝する労働者が日々増大し、汚染の除去が進まないばかりかますます汚染の実態が明かになりつつある今、こうした原発のもたらしている被害を棚上げにしようとする発想に、私は深い嫌悪の感情を抱かざるをえない。「国民経済」なるものの破綻は庶民の「経済」の破綻を意味しない。しかし、逆に「国民経済」の延命のために庶民が殺されることはごく当たり前に起きている。これが今この世界を被っている「経済」と呼ばれているシステムの本性なのではないか?だから原発や大量破壊兵器がビジネスとなって平然としていられるのではないか。
日本エネルギー経済研究所は、特別速報として6月13日付けで「原子力発電の再稼動の有無に関する 2012 年度までの電力需給分析」を公表した。このレポートについてはマスメディアが原発再稼働の必要を論じたレポートとして報道しているのでご存知の読者も多いかと思う。このレポートは、原発の稼働なしでも電力の供給不足は生じないという脱原発派の原発再稼働不要論への反論として用意されたものであるだろう。これは、この間、財界が執拗に要求している原発再稼働の正当性を実証しようという意図があるといっていいだろう。
このレポートの問題意識は、「原子力発電所の定期検査入りが続く一方、停止中の原子力発電所の再稼動がどうなるかで、わが国の電力需給は大きな影響を受け、ひいてはわが国経済・市民生活等へ広範な影響が懸念されるところである」という点にあり、その結論は「エネルギーベストミックスの観点から、安全性の確保を最重点課題としつつ、原子力発電の再稼動問題を真摯に検討することがわが国にとって喫緊の課題となる。」というものだ。
言い換えれば、今後1年以内に次々と定期点検に入る原発がある一方で、廃炉や再稼働ができない原発が増えることで、すべての原発が停止状態になったばあい、日本経済は深刻な打撃を被る。このような経済的な被害を回避するためには、早急に原発の再稼働が実現されることが必要だ、というのが本レポートの基調である。「わが国経済・市民生活等へ広範な影響が懸念」される経済的な事象として電力供給不足を取り上げる場合に、今現在進行中の福島原発がもたらしている被害そのものがもたらす経済の問題を棚上げして、福島原発の事故がもたらす影響を電力供給問題に還元することが現実的な経済分析であるという発想そのものに私は大きな違和感を感じる。
しかし、あえてこの分析をすべて受け入れたとしても、最後の結論が上のようである必然性はまったくない。逆に「脱原発の観点から、安全性の確保を最重点課題としつつ、原子力発電の問題を真摯に検討することがわが国にとって喫緊の課題となる」という結論もあっていいはずだ。いいかえれば、電力供給は不足し従来の経済成長イデオロギーからすれば大きなマイナスとなっても、脱原発をめざすことが「安全性の確保を最重点課題」とする立場からは避けられない、という結論を導くことがあってもいいはずだ、ということである。
このレポートでは、実は「安全性の確保を最重点課題」といいながら、この点については一切の分析を回避しており、事実上安全性を無視した分析となっている。安全性と再稼働のトレードオフの問題を真剣に考えていない。最初から再稼働優先の結論ありきの分析になっている。それなら「安全性の確保を最重点課題」などと言うべきではない。安全性は電力供給と経済競争力の維持のために犠牲にすべきだ、資本と国家の繁栄のために人々の生存が犠牲となっても致し方ない、とはっきり主張すべきだろう。残念ながら、このレポートが採用しているような分析の枠組みと結論を妥当だと考える経済学者や経済アナリストは少なくないのだ。
このレポートが日本経済に与える影響として危惧しているのは大きく分けて二つある。一つは、電力の供給そのものの不足。もうひとつは、電力料金の上昇である。そして、この二つの要因が日本の経済競争力を削ぎぐことをなによりも最大の危惧とみなしている。上に述べたように、安全性は検討の対象には入っていない。
しかし、安全性を考慮に入れると、どうなるか。このレポートは、稼働・・している原発が正常に作動し、事故に伴う一切のリスクとコストがかからないという暗黙の前提を置いているが、まずもってこの前提を置くことはできなくなる。このレポートは今後1年という短期的な将来の見通しのなかで、再び福島原発並の事故は起きないという前提を置いていることは確かだ。しかし、百歩譲って、この前提を受け入れたとしても、安全を考慮するなら、稼働中の原発の事故は日常的に起きているという前提まで無視していいはずはない。3.11以前の数ヶ月だけをみても事故は日常茶飯事である。今年2月には、島根原発1号機の配管ひび、柏崎刈羽原発1号機で安全装置に不具合、2010年12月には、志賀原発1号機停止、玄海原発でヨウ素濃度上昇、11月には敦賀原発2号機で水漏れ、10月には柏崎刈羽原発7号機で使用済み制御棒にひびなどなど。(これらの事故は、手元にある新聞記事から拾ったので日付は正確さを欠くかもしれない)これ以外に、島根原発でのデータの改竄などさまざまな法令違反もこの一年間で繰り返し見つかっている。どの事故についても保安院は常に安全宣言しか出していないが、保安院の判断を妥当とみなすことはできないだろう。事実、地元の反原発、脱原発の住民運動は、繰り返し地震対策の不備を指摘しつづけてきた。事故にともなう放射能の漏洩による環境や労働者への影響などは経済学の主要な関心ではないのだろうが、いかなる軽微な事故であれ、それがコストに影響を与えないことはない。
さらにこのレポートでは、安全性確保を最優課題といいながら、必ずなされなければならない原発の地震や津波対策で必要になるコストを一切考慮していない。関西電力だけでも地震・津波対策で1000億円必要だといわれている(関電、八木社長の3月20日の発言、産経)。こうした福島原発事故をふまえた新たな災害対策コストは考慮されていない。さらに福島原発事故にともなう事故対策、廃炉、被災住民への補償、除染その他にかかる経費がもたらすコストも考慮されていない。再稼働するなら災害対策への投資は避けられないというのは「現実的」なこととしてシミュレーションに組み込むことは必要ではないか。これらを組み込まないという判断は、暗黙のうちにこれらのコストを最小化しようとする発想があり、これは安全性最優先の前提と矛盾する。
このレポートでは、火力発電による原発代替にともなう追加の燃料調達は考慮しても原発再稼働にともなう上記で指摘したような追加のコストは一切考慮されていない。そもそも原発の稼働にともなう放射性廃棄物の処理コストや被曝労働にともなうコスト、地元への補助金や世論懐柔のための宣伝コストなどは、福島原発事故以前からまともにコストとして考慮されていないので、原発稼働にともなう隠されたコストはもっとずっと大きな数字になるはずだ。
他方でこのレポートでは、火力の稼働を増やす結果としての二酸化炭素排出については特に一項目を設けて分析しているが、だからといってコスト計算がなされているわけではない。奇妙な一節になっている。要するに、原発再稼働を認めなければ温暖化対策は後退するが、それでもいいのか?ということを暗に自然エネルギー派に突きつけ、ベストミックスで妥協するよう促し、自然エネルギー派と脱原発・反原発派との協調に分断を持ち込もうという政治的な思惑が見て取れる。二酸化炭素のようなネガのアウトプットを問題にするなら、原発の稼働にともなうネガのアウトプット(放射性廃棄物)の問題を取り上げないのは理屈にあわないはずだ。
このレポートは原発推進の財界や政権の経済至上主義の考え方を知る上でとてもわかりやすい「教科書」になっている。安全性をないがしろにしてきた結果が福島原発であるということ、そして、このレポートのような発想を受け入れるなら必ず第二、第三の福島原発は避けられないだろうということも理解できるし、今現在の大きな被害もまたこのような「経済」の発想にたつならば、将来において十分な補償措置もとられずに放置されることも確実だろうということも理解できる。こうした「経済」に私たちの将来を託すことは、できないし、すべきではない。その確信を得るための反面教師としてこのレポートは勉強になるだろう。
参照サイト
日本エネルギー経済研究所
原子力発電の再稼動の有無に関する2012年度までの電力需給分析
http://eneken.ieej.or.jp/whatsnew_op/energynews.html
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