2011年07月27日20時10分掲載
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検証・メディア
盗聴事件で英紙NOW廃刊 「メディア王」に強い批判 −政界、警察との癒着あらわに
英日曜紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)が10日、168年の歴史を閉じた。数年前に発生した電話盗聴事件が深刻化したことがきっかけだ。盗聴事件の「犠牲者」は老舗新聞だけに限らず、発行元ニューズ・インターナショナル(NI)社幹部、ロンドン警視庁幹部らが相次いで辞任した。事件はまた、マードック・メディアと政界、ロンドン警視庁との「親しすぎる関係」をあらわにした。盗聴事件の経緯とその意味に注目した。(ロンドン=小林恭子)
以下の記事は「新聞協会報」(26日付)に掲載された、筆者の記事の転載である。いままでこの事件を追ってきた方には繰り返しがあって恐縮だが、最後の部分が若干の参考になればと思う。
―発端は王室関連記事
盗聴事件の発端は、2005年秋、NOW紙に掲載された、ウィリアム王子のひざの怪我に関する記事であった。王室関係者は携帯電話が盗聴された疑いを持ち、ロンドン警視庁に調査を依頼した。2007年1月、同紙の王室報道担当記者と私立探偵は携帯電話への不正アクセス(=携帯電話の伝言メッセージを無断で聞いた)で有罪となり、実刑判決(記者は4ヶ月、探偵は6ヶ月)が下った。アンディー・クールソン編集長は盗聴行為は「まったく知らなかった」が、引責辞任した。
同年3月、発行元のNI社の役員は盗聴行為に関与していたのは「王室記者のみ」と説明した。
しかし、その後の数年の間に、複数の盗聴犠牲者らがNOW紙に対する盗聴被害の賠償を求めて提訴し、「ひとりの記者の行動」とする説明は現実味を失っていった。
09年夏、高級紙ガーディアンがNOW紙が「3000人近くの著名人の電話を組織的に盗聴していた」とする一連の記事を掲載。警視庁に対し、再捜査を求める声が高まったが、これを警視庁ジョン・イエーツ警視監は「新たな証拠がない」として却下した。
盗聴事件が国民的な事件として大きな注目を集めだしたのは、今年7月4日だ。ガーディアンが、2002年に誘拐・殺害された13歳の少女ミリー・ダウラーちゃん(今年6月、男性が殺人罪で有罪判決)の携帯電話の伝言メッセージをNOW紙記者や同紙に雇われた私立探偵が聞いていた、と報道した。記者らは、新しいメッセージが入らなくなること防ぐため、適宜伝言を消した。ミリーちゃんの両親や警察は伝言が消されていたので、ミリーちゃんがまだ生きていると信じて望みをかけた。殺害された少女の電話にまで違法行為を働くNOW紙の手法が、国民の大きな怒りを買った。
広告主がNOW紙への出稿を次々と取りやめ、親会社ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)の株価も連続して下落。経営陣は7日、日曜紙市場ではダントツでトップの発行部数(6月で約260万部)を持つ同紙を、10日付で廃刊すると発表した。
―元官邸報道局長を逮捕
NOW紙の盗聴事件は、引責辞任したクールソン元編集長を、野党(当時)保守党が辞任からまもなく広報責任者として雇用したことで政治色を帯びた。10年5月、保守党と自由民主党による連立政権が発足すると、キャメロン首相はクールソンを官邸の報道局長にした。クールソンはNI社の大衆紙サン、NOWで経験を積んだジャーナリストであった。NI社は「メディア王」ルパート・マードックが最高経営責任者(CEO)となるニューズ社の傘下にある。クールソンを報道局長に起用することで、キャメロンはマードックを政界の中枢に招きいれたともいえる。
1979年発足のサッチャー政権以降、どの英国の政権も、マードックと良好な関係を持つことに心を砕いてきた。「マードック・プレス」(サン、NOW,高級紙タイムズとサンデー・タイムズ)の総発行部数は、英国の新聞市場の40%を超える。英国の最大の有料テレビ局BスカイBの株もニューズ社が39%保有しており、英国メディア市場でマードックの影響力は圧倒的だ。
しかし、昨年末にかけて盗聴疑惑報道が過熱化する中、クールソン起用はキャメロンにとって負の要素となった。今年1月、クールソンは官邸職を辞職した。今月8日、クールソンは先に有罪・実刑判決を受けた元王室報道記者とともに、警察への賄賂授与疑惑と電話盗聴疑惑で逮捕されている。
ミリーちゃん事件発生時にNOW紙の編集長だったレベッカ・ブルックスはキャメロンの個人的な友人の一人だ。NI社のCEOに就任していたブルックスは15日、辞任。17日、クールソンらと同様の容疑で逮捕された(3人は、保釈中の身)。これで盗聴事件による逮捕者は10人目である。
一方、ロンドン警視庁も「癒着」疑惑の対象となった。警視庁は今年1月からようやく再捜査を開始したが、新たにNI社が出した資料によって、NOW紙が警察に賄賂を払って著名人の個人情報などを高額で買っていた疑いが出てきた。
また、2006年、私立探偵宅から没収した約1万点の書類の中に、約4000人に上る盗聴された可能性のある人物がいることが、6月末、判明した。2009年からの再捜査を求めるガーディアンなどの要求を、警視庁は却下してきたが、その理由はNI社から捜査をしないようにという圧力があったためではないだろうか?
この疑惑を裏付ける動きがあったのは今月14日だ。元NOW紙の副編集長だったニック・ウォリスが盗聴疑惑がらみで同日、逮捕(後、保釈)されたが、ウォリスは警視庁のコンサルタントとして高額で雇用されていたことが分かった。さらに、この元NOW紙副編集長が関与する保養スパに、警視総監が無料で数週間静養していたことが報道(サンデー・タイムズ紙、10日付)された。警視庁がマードック・プレスと不適切に親しい関係を保っているという批判の声が高まり、17日、ポール・スティーブンソン警視総監が辞任。翌日にはイェーツ警視監も後を追った。
―親密政治家らが反旗
違法行為もいとわないマードック・プレスの取材手法がミリーちゃん事件をきっかけに暴露されると、これまで親しい関係を維持してきた政治家たちが反旗を翻しだした。ニューズ社はBスカイBを完全子会社化する計画を進めており、6月末までこの計画の実現は確実視されていた。しかし、膨れ上がるニューズ社への批判が、与野党の政治家たちを結束させ、13日にはニューズ社に対し、完全子会社化計画をあきらめるよう促す動議を提出するところまで進んだ。計画実現が困難になったと見たニューズ社は、動議が議会で議論される直前に、計画の断念を発表した。
ガーディアンのコラムニスト、ジョナサン・フリードランドは、今回の事件は「革命だった」とさえ述べる(15日付)。大衆紙を使って私生活を暴く「マードック・メディアの力を恐れて、マードックを表立って批判してこなかった政治家が、堂々とメディアの集中化の弊害を語るようになった」からだ。今回の事件をきっかけに、フリードランドは、英国の支配層(エスタブリッシュメント)がマードック・メディアと手を切ったと分析している。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
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