2011年10月02日01時45分掲載  無料記事
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違法行為か人権問題か −追い出される「トラベラーズ」たち

 一定の居住地を持たない「トラベラーズ」たちが不当に土地利用を行っているとして、英南部の町バジルドンのカウンシル(地方自治体の1つで、日本で言うと市役所、町役場などに相当)が、立ち退き強制を執行することになった。トラベラーズたちは立ち退きを拒否しており、これに賛同する支援者を中心に大きな反対運動が発生。国連委員会が人権上の理由から強制立ち退きを停止するよう政府に求め、居住問題は国際的にも注目された。(ロンドン=小林恭子) 
 
「英国ニュース・ダイジェスト」の最新号に掲載された、ニュース解説記事を、ここに採録してみたい。 
 
―「トラベラーズ」とは? 
 
 「トラベラーズ」とは、直訳すれば「旅行者たち」となるが、この言葉は英国では別の意味でもよく使われる。欧州で生活する移動民族のことを指すのだ。中でもロマ民族の人は「ジプシー」と呼ばれる。 
 
 実際には、ジプシー(この言葉は日本語では差別語扱い)とトラベラーズを一緒にして、「トラベラーズ」と呼ぶ人もいれば、蔑称として「ジプシー」という人もいる。政府の文書を見ると、「ジプシーとトラベラーズ」=移動民族という使い方をしている。 
 
 トラベラーズたちは一定の居住地を持たず、農場補助など季節作業者やくず鉄処理、馬の管理など、不特定の業種に就きながら家計を支え、ワゴン車やキャラバンを住居として暮らしてきた。近年では通常の家に住むトラベラーズも増えてきたが、あくまでも一時的な宿泊場所で、いずれは移動することを想定している。 
 
―10年越しの交渉 
 
 英南東部エセックス州に位置するバジルトンには、「デール・ファーム」と呼ばれる、アイルランド系トラベラーズが生活する「ホールティング・サイト」(「停止場所」の意味)がある。トラベラーズが居住する場所としては英国内で最大と言われる。 
 
 デール・ファームに住むトラベラーズたちは800人から1000人で、キャラバンなどで生活している。 
 
 もともとは1970年代、カウンシルが、40家族のロマ人系トラベラーズたちに対し、当時は廃棄物置き場だった場所のそばに住居の建築許可を与えたのが始まりだ。90年代半ば、廃棄物置き場の所有者がデール・ファームをアイルランド系のトラベラーズたちに12万2000ポンド(約1400万円)で売却している。 
 
 問題が生じたのは、土地そのものはトラベラーズ自身が所有しているものの、この場所が都市計画に厳しい制限がつく「グリーンベルト」地帯(最後につけた、関連キーワード参照)である上に、トラベラーズたちの一部が住居の建築許可を得ないままに住宅を建設していたことから生じた。 
 
 その後、違法建築の住宅に住むトラベラーズたちとカウンシルとの交渉は。裁判沙汰にまで発展し、カウンシル側はデール・ファームの外に代わりの住居を準備するなどの案を提示したが埒が明かなかった。 
 
 今年7月、カウンシル側は違法占拠を続けるトラベラーズ側に対し、28日間の猶予期間を経て、立ち退くよう依頼したが、これにトラベラーズは応じなかった。 
 
 9月16日、控訴院判事は建築法違反を根拠として、カウンシルによる立ち退き令を支持する判断を出した。「法の下ではすべての人が平等であるべき」とするキャメロン首相、ミリバンド野党労働党党首もカウンシルを支持する見方を示す一方で、国連人種差別撤廃委員会は9月上旬、立ち退きがトラベラーズたちの生活に与える悪影響から追い出しに反対し、政府に対し「文化的に適切な宿泊場所を特定し、これを提供するべきだ」と提言した。 
 
―地元住民との摩擦 
 
 バジルドンのトラベラーズ立ち退き要求事件が全国的ニュースとなったのは、デール・ファームのトラベラーズ用地が国内数ヶ所に設けられた同様の場所の中で最大(約2万平方メートル)であったことに加え、地域住民とトラベラーズたちとの摩擦も背景要因にある。 
 
 英政府はこれまで、移動型生活を行うトラベラーズたちの生活慣習を尊重する姿勢を見せてきた。イングランド地方にはカウンシルが合法に提供しているトラベラーズ用敷地が5000ヶ所設けられている。しかし、デール・ファームのように緑に囲まれた広大な敷地がトラベラーズ用に利用されることで、景観が崩れる、あるいは一般市民向けの住宅建設に悪影響を与えると考える住民が少なからず存在する。 
 
 トラベラーズが英国に姿を見せた15世紀末頃から、トラベラーズたちは時の権力者による迫害を受け、一段低い存在として国民から差別の対象にもなってきた。「一定の場所に住居を持たないのが慣習であれば、移動すればよいだけではないか」と考える国民も多い。 
 
 しかし、先の約5000ヶ所の敷地や、個人が所有する敷地でトラベラーズたちが合法に住居を建設できる場所は、いずれもキャパシティーが一杯になっており、今回のデール・ファームのトラベラーたちも、ここを追い出されたら、「行き場がない」のが現状であるという。あるテレビの記者が「定住してしまってはどうか」とデール・ファームのトラベラーズの1人に聞くと、「移動するのは私たちの文化の根底にあるから」と説明していた。 
 
 トラベラーズ以外の人からすれば、「トラベラーズ:移動民族」であるのに、何故「移動」しないのか、という疑問はなかなか、消えない。 
 
 一定の期間特定の場所に住むのであれば、移動型生活習慣を断念してもらうのか、それとも、「隣にはトラベラーズのキャラバンが停泊している」状態を国民に甘んじてもらうのか、難しい選択となる。現在のところは、英国内の司法制度も政治家も移動型生活の維持には厳しい見解を示す結果となっている。 
 
―関連キーワード 
 
 Green Belt:緑化地帯、グリーンベルト。「グリーンベルト」政策とは無制限な都市化を抑制するために打ち出された、都市計画のための施策。ある土地がグリーンベルト地帯に設定された場合、その土地の史跡、田園地帯、アウトドア空間の維持、自然保護などを考慮に入れた都市開発を行う必要がある。1938年ロンドンで最初に導入され、次第に英国全体に拡大した。イングランド地方のグリーンベルト地帯は全面積の約13%に相当する。環境保護運動家たちは、イングランド地方のグリーンベルトが毎年約800万平方メートル縮小している、と主張している。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より) 


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