2011年10月23日00時29分掲載
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文化
【核を詠う】（11）『昭和の記録 歌集八月十五日』の原爆短歌を読む�� 「放射能浴びしわが骨腐りゆく平和に生きし二十余年後に」（富田孝子） 山崎芳彦
この連載の（7）で読んだ秋月辰一郎氏（1916〜2005年 医師、平和運動家）は、1945年8月9日午前11時2分に、長崎浦上第一病院の診療室で患者を診察中に原爆に被爆した。秋月氏は後に『長崎原爆記‐被爆医師の証言』（弘文堂・昭和41年刊）を著したが、同著は日本図書センター刊の『日本の原爆記録』（1991年、全20巻）の第9巻収められ、さらに日本ブックエースの平和文庫に再録・刊行された。（2010年）
秋月氏は「この記録は、昭和二十年八月九日、長崎原爆投下以来、一ヵ年の地獄のような悲惨、医学と人間の無力さを、同じその被爆地にいて書き綴ったものである。その意味で、これは被爆医師である私の一ヵ年にわたる原爆白書といえると思う。」と前書きで記しているが、さらに
「この年の夏から秋にかけて、次から次へと身近な人々の生命が奪われていった。・・・辛うじて生き残った人は、焼けあとの石ころのように、虫けらのように生きなければならなかった。私自身も被爆しながら、無医地帯と化したこの瓦礫砂漠のなかで、薬品も医療器具も無に等しいまま、死魔とたたかい、負傷者と病人の間を走りまわった。・・・原子爆弾という未知の巨大な悪魔に対して、なんの知識も手だてもなく、徒手空拳で立ち向かうほかなかった。・・・そのうえ原子爆弾の魔性を知らなかった私は、運よく傷も受けず生き残った人びとが、下痢を続け、髪が抜け、皮膚が紫色になってたおれていくのを見て、毒ガスを吸ったか、赤痢か、紫斑病かと、正体不明の病原の治療法に思い悩んだ。」「私にこの記録を書かせたのは治療も十分受けられないまま、この世を去っていった人びとの地底からの叫びなのである。病院を目指して登ってきて亡者のような黒く焦げた人びとに、なんらなすことのできなかった私への怨念なのである。」「あの日からすでに二十一年、私はいまなおこの本原の丘で診療を続けている。浦上第一病院から聖フランシスコ病院と名は変り、建物も当時のおもかげはないが、私の仕事に変りはない。そのためだろうか。私の目と耳から、あの無数の焼けただれた人びとの姿、呻きは消え去ることはない。」
（同書では難しい漢字には振り仮名を付しているが、この引用では省略した。お許しを願う。筆者）
一年間の記録だが、２百ページを越える、具体的で詳細な、原爆被爆による被災の実態の把握、医師としての真摯な医療への取り組みと苦悩、また心やさしくしかも強靭な人間性を持つ著者の思いがこめられたこの「証言」は、原爆短歌を読むうえで、まことに貴重なものであった。
秋月氏は、医療の傍ら被爆者問題に積極的に取り組み、被爆体験資料の収集・発掘に務め、長崎証言の会代表、原爆被爆者対策協議会、原爆資料保存会、原爆被災復元調査協議会の役員などを歴任し、放射線科の研究者としての知識も生かして、大きな役割を果たした。（この浦上第一病院に、この連載の1〜4回で読んだ歌人の竹山広さんが原爆投下の日まで入院していたのだが、入院中に秋月氏との出会い、あるいは交流があったかもしれない。）
なお、この一年間の記録の最後の章の「原子野にたたかう」に、1946年8月９日に詠んだ一首がある。
ひときわに 幾万の生命焼きつくす 今年の今日の静かなるかも
秋月辰一郎
「昨年の激動と、今の一人きりの静寂をおもう短歌を一首つくってみた。・・・苦しかった昨年の今日一日、そして、それから一日一日を生き、耐え抜いた自分をはじめ、周囲の人びとの生きることの尊さが、この静けさにしみじみ思われた。」と記している。秋月氏の著書の紹介が長くなったが、昭和萬葉集の卷7・8以外に収録された同氏の作品三首を記しておきたい。
二十六年人間の生きること死ぬことをきびしくみたりうらかみの丘
ねにつくとき原爆記事のスクラップを枕辺におくならいかなしむ
殉教の浦上におり被爆者のいきがたきいのちと今日もむかいぬ
秋月辰一郎
秋月氏の「長崎原爆記」を読みながら、いつかは触れることになるであろう大江健三郎氏の『ヒロシマ・ノート』（1965年刊、岩波新書）に記されている、たとえば重藤文夫原爆病院長はじめ広島の被爆医師たちの不屈の医療・被爆者救護活動、原爆医療への取り組みを思った。
「歌集・八月十五日」に戻って原爆短歌を読みついでいきたい。
（原爆と広高） 寺岡敏昭
暑き日は既に濁りて空にあり四囲の静かさはかの朝もいまも
動員寮の上深々とおほひたる原子雲消えしさまを覚えず
焼け腫れ三和土の上に君もゐき咽の奥にて返事をしたり
「銀燭ゆらぐ」口ずさみつつこと切れしひとりの命終（みょうじょう）語り継ぐべき
とつくにになほ避け難き戦あり虚偽の平和に我ら疲れて
被爆せし頼公三司教となりゐたり相合ひて多くを語るなかりき
（広高クラス会）
もやもやと過ぎゆく教育のこと核のこと広島に祖国の旗を掲げよ
近藤芳美作りし旧制広高記念碑滅びしものは眠る如くに
（銅製広高校章土に眠る）
声かくる友なく一人杖を引く今日はカンナの咲くところまで
なほしばし明るき丘に咲き立つる風は茅生に籠らふごとし
作者は旧制広高に入学した昭和二十年の八月六日に被爆したという。
「被爆の惨状をつぶさに詠むべきか一歩引いてその陰を残すべきか、後者のほうを私は採った様に思う。」と付記している。なお、一首目の「濁」、4首目の「燭」は原作ではつくりが「虫」になっているが、それぞれパソコンでの入力作業の事情で、変えさせていただいた。お許し願いたい。
（原爆雲） 富田孝子
熟したるざくろ食みゐてふと思ふ原爆に焼けし姉のくるぶし
蓮池に身を潜めつつ見し空に立ちし原爆雲は悪魔のごとく
放射能浴びしわが骨腐りゆく平和に生きし二十余年後に
いとし子の恋せし人に告ぐべきか被爆のわれより生れしことを
放射能雨恐るる娘は被爆せしわれより生れ母となりたり
しあはせのさ中にあれば八月六日を多く語らず被爆記事読む
カリフラワーが原爆雲に見える事誰にも言はず五十年経ぬ
作者は「昭和二十年八月六日八時十五分、私は学徒動員先の広島専売公社で作業中だった。ザーッと言う轟音と共に強烈な閃光が走った瞬間工場は崩壊した。・・・郊外の祖母の家までどのようにして逃れたか記憶にない。唯、真青な空に悪魔のように盛り上るきのこ雲。夾竹桃の真赤な花の下を、ぼろ布のような皮膚を垂らして歩く人が、今も心に残っている。」と体験を記しているが、作品は語りつくせない被爆者としての苦患の深さを生き抜いたことを具体的に詠っている。
自身の健康、被爆したわが身から生まれた子への思いは、多くの被爆した女性たちが共にしている不安と真情であろう。それを乗り越えて生き抜いた幸せは、作者の娘さんの幸せでもあったかと、私は作者の強さを思った。
（ヒロシマに） 中村公子
二十歳（はたち）にて原爆地獄をさまよひき学徒の腕章ちぎれ裂けつつ
女男（めを）分かず人の形して焼け跡にまろぶ死体を炎暑やきゐし
爆風に裂かれし腹のあかき腑を呼び覚ます薔薇葩（はな）の重なり
被爆樹を震はせ蝉はこの下に累々と屍まろびしと啼く
風化すすむ原爆ドームに向く大樹骨片のやうな斑雪（はだれ）載せ
たり
つねに暗く原爆ドームは裡に立つ 光のどけく桜咲く日も
（被爆の丘） 永田重明
戦いにペン持つわれらも報国の学徒となりて魚雷つくりぬ
灼熱のただ一発のひらめきが長崎の地を根こそぎ絶やす
傷口を這いずる蛆を手に取りて残る力でようやく潰す
失明と言われし右眼救われて被爆の丘に像をおろがむ
（広島被爆） 永原みつむ
爆心地に立ちて見渡す瀬戸内の小島うきおり瓦礫のかなた
被爆後の七日を経ても行方わかぬ従妹を探す音絶えし街
余燼なお熱きを踏めるヒロシマに漂いし強き屍臭わすれず
被爆の表記が被ばくに変わりその頃より被曝は日常の事となりたり
あいまいに戦後処理されこの国のわれら心より怒ること無し
こうして読んでいる短歌作品は、ほとんどが原爆を直接被爆したか、二次被爆者・入市被爆者（原爆投下の後に被爆地に入って放射能を浴びた被爆者）が、辛くも生き延びて原爆の非道な投下による被害の実態を短歌によって表現し、伝える原爆文学の貴重な果実であり、いま作品を読んでいる私たちは、原発・核列島に住み、現に福島原発の事故によって、さまざまな核放射能の危険の中にあることを自覚しなければならないし、脱原発の実現の力を自ら確かめ、発揮したいと思う。そう自らを励ましながら、私はさらに原爆短歌を読み続け、広島・長崎の原爆被爆者の歌―訴えを引き継ぎ、私が何を詠わなければならないか、どう詠うか、詠いつつ何をなすべきかを、自らに突きつけていきたい。次回も『歌集・八月十五日』の原爆短歌を読む。 （続く）
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