2011年10月27日09時25分掲載
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検証・メディア
右傾化する世相に、メディアはもっと問題意識を持て 関千枝子
今、私は憂えている。それは、メディアの状況だ。内容の問題もあるが、報ずべき問題を報じない。ことに、市民の運動に関しては報じない。メディア・リテラシーということがよくいわれる。報道を丸呑みにしないで批判的に受け止めるということだが、私は「報道されないことが、一番の問題だと思っている。報道されなければ、一般の読者には何事が起こっているかわからず、情報がまるで入手できない。リテラシーのやりようがないのだ。戦中、軍部、国によって自由な報道が封じられ、世界中の人が驚愕した南京事件は日本人だけが知らなかった。あれと変わらないと言ったら言い過ぎだろうか。
▽「つくる会」教科書に、戦中の悪夢を思い出す
3・11以後新聞もテレビも震災一色となり、他の記事はすべて消えた。あれだけの災害だから、大報道になるのは致し方ない。しかし、世界中に、そして日本には、報ずべき別なニュースがなかったわけではない。それが全部隠れ、震災と、「がんばれニッポン」の絶叫で埋まった。その中で、確実にナショナリズムが高まった。世論の右傾化、それは震災後の選挙の状況が如実に物語っている。少し、他の報道が出るようになっても扱いは小さい。
教科書問題などもまことに小さな扱い。その中で「新しい教科書をつくる会」制作の教科書は部数を増やしている。教科書問題の運動をしている人のブログには、「この非常時に何を言う」といった書き込みが多数見られるようになったという。大災害後、偏狭なナショナリズム的思想が高まるのはいまに始まったことではないが、「がんばれニッポン」「非常時、大連立、日本中が結束して」の掛け声は怖い。私たち戦中世代は「大政翼賛会」を思い出してしまうのだが、歴史に疎い若い人々は、翼賛会といっても何のことやら、まことに困る。
良心的報道者の中で、この間の報道への検証も数多く見られるようになったが、原発報道への批判ばかりで(もちろんこれは大事なことだが)、報道されなかったことへの批判は内容で、まことに残念だ。
少し落ち着いてみれば、TPP、沖縄、増税、福祉切り捨て、もろもろのことが悪くなっているのに驚く。その中でも報道されないのが「慰安婦」問題である。
▽従軍慰安婦問題は全く解決されていない
8月30日、韓国・憲法裁判所は、元慰安婦の賠償請求権をめぐり、韓国政府が、解決に向けた努力をしないのは違憲である、という判断を下した。これを受け、韓国外務省は政府間協議の申し入れをしたが、日本政府は1965年の「日韓国交正常化交渉の中で解決ずみ」という態度を崩さず、韓国は国連総会人権委員会に問題を持ち出したが、平行線のまま。
10月19日の野田首相訪韓、李明博大統領との会談が注目されたが、李大統領は「慰安婦」問題を議題にしなかったという。しかし、韓国がこれで収まるわけはなく、今後が注目される。
問題はこの間の報道である。最初の日韓外相の会談のころは、新聞は小さく報じていたが、テレビはほとんど無視だった。国連に行ってからは、国連総会で議題になるなど大変なことだと思うが、今まで報じていた新聞も全く報じなくなってしまった。朝日新聞だけがフォローしていて、日本政府が国連総会に問題を取り上げないよう水面下で韓国に働きかけていたことも報じていた。そして日韓首脳会談となったわけだが、新聞やテレビで、野田首相がどじょうを食べた話は載っていても、「慰安婦」問題が取り上げられなかったことはほんの数行か無視。20日朝刊で、朝日新聞が、取り上げなかった経緯をかなり詳しく書いているが、朝日以外の新聞の読者には、「慰安婦」問題が、今、日韓間で大きな問題となっていることすらわからないだろう。
「慰安婦」問題が全く解決されていないことに私は、加害の国の女性として心の痛みを感じている。当事者たちは、高齢である。これが、問題解決の最後のチャンスではないかと思っている。だが、多くのメディアの対応はあまりに無神経で冷たい。戦中の日本の加害に対して、アジアの人々の怒りを知り、自分の無知に驚いたという人も多い。「慰安婦」問題の対応を見ると,戦中の報道の誤りがまだ続いているように思え残念でならない。
(せき・ちえこ、ノンフィクションライター)
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