2011年11月08日16時48分掲載  無料記事
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アレッサンドロ・バリッコ著「イリアス〜トロイで戦った英雄たちの物語〜」

  「イリアス」はもともとは古代ギリシア時代にホメロスが語った詩から構成された戦争の物語である。近年、ブラッド・ピットが英雄アキレスを演じたハリウッド映画「トロイ」のもとになった物語と言った方が早いかもしれない。ギリシアの連合軍が難攻不落だったトロイアをついに陥落させる話である。しかし、攻めるギリシアの軍勢もアキレスをはじめとして英雄たちは次々と命を失っていく。 
 
  この話を現代イタリアの作家アレッサンドロ・バリッコ(Alessandro Baricco)が脚色して現代に蘇らせようとした。劇場で全編朗読したら40時間もかかってしまう話をテンポアップし、普通の劇の長さまで刈り込んだのである。そして実際に2004年にローマとトリノで朗読劇として上演された。なぜ、そんなことをしたのか?バリッコはその動機をあとがきに付されている「もうひとつの美―戦争についての覚書」の中でこう記している。 
 
  「今日、わたしたちは「イリアス」を読むことが、あるいは今回わたしが行ったように「イリアス」を書き換えることが、特別な意味を持つ時代に生きている。すなわち戦争の時代だ。・・・「イリアス」は戦争の物語、しかも中途半端でない正真正銘の戦争物語だ。戦う男たちを歌い上げるために、子々孫々いつまでも歌い継がれるような見事な手法でもって書かれた物語なのだ。ここに歌われているのは、厳粛な美の世界であり、究極の昂揚感だ。そしてそれらは、今までも、これからも、戦争を通してしか得られないものなのだ。」 
 
  「イリアス」は戦争を称える記念碑だという。では、なぜバリッコはそれを現代に蘇生させようとしたのか。戦争フリークなのか。そうではない。バリッコは様々な戦争物語がある中で、なぜ自分が「イリアス」に惹きつけられるのか、その謎を解明したかったと執筆の動機を語っている。 
 
  「思うに、この物語だけでなく、すべての戦争の物語とわたしたちの関係を根底から解明しない限り、そして、語るという行為を一瞬たりともやめることができないわたしたちの性について根底から理解しない限り、真の答えを見つけることはできないのではないだろうか。・・・今日、大半の人類にとって戦場に赴くということがほとんどありえないことになった時代にあっても、いまだに、職業軍人たちによる代理戦争という形で昔ながらの闘争精神は燃えつづけている。このことは、戦争の昂揚感がなくても生きる意味を見つけるということがわれわれには根本的にできないのだという事実を示している。ここ最近の欧米やイスラム世界における軍事的出来事を見ると、隠そうとしても隠しようのない、力を誇示しようとする男性的な側面が露わで、人間の戦闘本能が1900年代の悲惨な戦争体験によってもどうやらまだ消滅していないということがわかる。」 
 
  このことは現代人も身の回りを振り返ってみればわかるだろう。世界を制覇しているハリウッド映画の多くは戦争や暴力をモチーフにしている。そこには感動が満ちている。「プライベート・ライアン」のような反ファシズム的内容を持つ映画にしてもそうである。主演のトム・ハンクスは一人のGIを無事アメリカに連れ戻すためにドイツ軍と戦い、命を落とすことになる。命を救われたGIは後年年老いてこう自問する「私の人生は彼の犠牲に値するだけの価値ある人生だったのだろうか」と。シンプルで胸を打つメッセージである。戦争の中で生きる意味や友情の価値が見えてくるのである。こうした映画は数多く、しかも感動を呼ぶ作品が少なくない。バリッコはそうした我々の心を直視する必要がある、という。 
 
  「「イリアス」がわたしたちに教えてくれることは、今日、いかなる種類の平和主義も「イリアス」が語る戦争の美しさを、あたかもそのようなものは存在しなかったように、忘れたり、否定したりしてはならないということかもしれない。戦争は地獄だ、とだけ教育するのは虚偽であり、害をもたらす。むごく聞こえるだろうが、戦争は地獄ではあるが美しいということを、忘れてはいけないのだ。」 
 
  バリッコは人類がその灰色の日常から解放される唯一の方法としてこれまで戦争をとらえてきたという。「わたしたちがほかの種類の美学を創出できないかぎり、戦争の与えてくれる昂揚感がなければわたしたちは生きていけないのだということを理解する必要がある」としている。 
 
  こう語るバリッコはリアリストである。バリッコは今日の平和は必ずしも思想としての平和が人類に定着したからあるわけではなく、それは現実の力の均衡によって保たれてきたに過ぎないと考える。 
 
  バリッコは数多くある戦争物語の中でも「イリアス」に惹きつけられる真の理由として、「イリアス」が戦争賛美の物語であると同時に、そこには戦争を回避しようとする心があるあらだと指摘している。トロイ戦争の一番の英雄、アキレスは「イリアス」の中で、実はもたもたと戦いを一番避けようとしていた人物だというのだ。軍勢もあれこれ理屈をこねまわしながら戦争突入になるのを引き延ばそうとする。バリッコは「もうひとつの美―戦争についての覚書」で、アキレスを戦争の悲惨さから救い出してやることを考えよう、そのための別なる美を創出しよう、とこの論を結んでいるのである。 
 
■アレッサンドロ・バリッコ「イリアス〜トロイで戦った英雄たちの物語〜(Omero, Iliade)」(草皆伸子訳、白水社) 
 
■無人攻撃機droneの誤爆〜米兵や住民が死亡〜 
 
  ホメロスの時代から見ると現代の戦争も様変わりしたものである。圧倒的な兵器と資金力を持つ軍隊が敵兵との接触は一切なしに空爆したり、無人攻撃機を飛ばしたり、あるいは一気に数十万人を殺傷できる核兵器を使ったりしている。軍事評論家の故・江畑謙介氏はいずれロボット戦士の時代が来るだろうが、互いにロボット兵士を遠隔操作して戦う時代になれば戦争の意味も変わるだろう、と指摘していた。 
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■これでギリシアはもう恐くない! <独断による古代ギリシア読書の旅 最短1週間> 
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