2011年11月09日08時01分掲載
無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201111090801523
コラム
「女の平和」 村上良太
高校に入学したばかりの頃、古代ギリシアの喜劇作家・アリストパネースの戯曲を岩波文庫でいくつか読んだ。「女の平和」とか、「雲」とかだ。細かい筋はもう30年以上たつので思い出すことはできない。しかし、「女の平和」はギリシアが戦争ばかりしているので、その奥さんたちが男たちが戦争するのなら、もうセックスしません、と政治闘争を始める話だった。ウクライナのフェミニストグループFEMENがおっぱいを披露しながら女性の自由や女性の政治参加を訴えているのを目にして、30年の歳月を経て、「女の平和」が思い出されたのである。
日刊ベリタに僕が書いた原稿の半数近くが女性の行動を書いたものではないか、と思う。これは女性の権利拡張を気取ったものだという意識はまったくない。そうではなく、今、女性が様々な分野で活動が目立ってきているのは男が没落していることに他ならない。とはいっても社会の権力は男が依然握っているのだろうが、女性の活躍が目立ってきていることには理由があると思えるのである。それは女性が生きるために男よりも努力していることだ。たとえば福島の女たちの座り込みもそうだろう。男の考える政治的プライオリティというものが、人類が生き残るうえでのプライオリティとは矛盾している。そのことがだんだんはっきり見えてきたのがこの冷戦終了後の20年に他ならないと僕には思われる。
ソ連が崩壊したのは1991年だった。鮮明に覚えているのは東京・竹橋のとある新聞社の編集局で外信部のゲラが流れてくるのを最初に手にした瞬間である。その時、僕はもしかすると、生き残れるかもしれないと思った。もちろん米ソの全面核戦争からである。なんと大げさな・・・と思う人もいるかもしれない。しかし、10年もたてば10年前の人間の心性などは思い出せなくなってしまうものだ。たとえばパソコンがなかった時代の生活を僕らはすでに思い出すことができない。1991年、あの時僕はこれでもう人類が全面核戦争で絶滅しなくてすんだ、と思った。
手塚治虫の漫画「火の鳥」は人類史を永遠の命を持つ火の鳥の目から見た物語である。古代の話もあれば、近未来の話もある。その1編では米ソの全面核戦争で地上は荒涼とした世界になっており、生き延びた人類は地下で暮らしている。それでもまだ互いに相手陣営を隙あれば滅ぼそうとしているのである。核戦争で人類が滅亡する、という光景は何度となく日本の漫画で僕らは頭に刷り込まれている。だから、少年時代からいつかは人類が滅亡するのだ、と思ってきた。何しろ、全部を発射したら人類が7回滅亡するほどの核兵器を保有する時代に生まれてしまったのである。
だから1991年にソ連が崩壊したと聞いて、イデオロギーとかは問題ではなく、単純に「これで生きられる」と僕は思ったのだった。それまでは21世紀はないものと思っていた。だから、1900年代が幕を閉じる除夜の鐘を聞いているとまるでSF世界にいるような気がした。
しかし、あれから20年たっても、世界には相当量の核兵器が残存している。むしろ、核保有国は増える一方であり、さらに日本国内からも核武装せよ、という声が上がっている。20世紀ならとても声を出せなかっただろう。男の頭で戦略や国際政治を考えると、なぜこうなってしまうのだろうか。なぜ戦争は終わらないのだろうか。それは政治の中枢にいる男たちが子供を産まない性だからかもしれない、と僕には思えるのである。女たちは子育ても、食べることも、楽しむことも、総じて生きること全般に男以上に真剣に汗を流していると思う。
こういう反論もあるだろう。女性の政治家にもひどいのはいるよ、と。だが、今、ここでは個別の政治家(女)の資質を論じているのではない。そうではなくて、女性が一般にプライオリティを置いているものと今、時代が必要としているものとがシンクロしているのではないか、と思えるのだ。食の安全、子育ての予算と環境、平和、医療と介護などである。それに対して男は権力闘争と組織の防衛にプライオリティを置いている。最初は平和や福祉や子育て環境などを重視すると公約をしていた政党も、いつしか権力闘争と組織防衛を優先してしまう。その延長線上に核兵器や格差社会もある。そこで男たちは、僕も含めてだが、どうしようもなくずれてしまっていると思える。
■アリストパネース「女の平和」
昔はアリストファネスと言っていた記憶があるが、岩波文庫ではアリストパネースと表記されていた。
http://www.amazon.co.jp/%E5%A5%B3%E3%81%AE%E5%B9%B3%E5%92%8C-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%B5%A4-108-7-%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%91%E3%83%8D%E3%82%B9/dp/4003210875
■ヘレン・カルディコット著「狂気の核武装大国アメリカ」(集英社新書)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201111100029334
Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。