2011年11月10日00時29分掲載  無料記事
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核・原子力

ヘレン・カルディコット著「狂気の核武装大国アメリカ」(集英社新書)

   ヘレン・カルディコット氏はハーバード大学医学部小児科の講師だったが、79年に起きたスリーマイル島原発事故を境に職を辞し、原子力発電と核兵器に対する反対運動に取り組むようになった。その著書「狂気の核武装大国アメリカ」は1992年に当選したビル・クリントン大統領が「もし(あのとき)決断していたら・・・」と書き起こしている。あの時、もしモスクワに飛び、5年以内に米ソの核兵器を廃絶する条約に調印していたら・・・さらにフランス、中国、イギリス、イスラエルがこれに続いていれば・・・ 
 
  「何百トンものきわめて有害なプルトニウムが、全世界から5万2972個の核兵器から5年以内に取り出される。世界が一瞬にして絶滅するという脅威から、まもなく解放されるという大きな安堵感。」 
 
  冷戦が終結した90年代初頭。あの時、チャンスはあったのだ。しかし、20年後の今はどうか。カルディコット氏は想像を続ける。 
 
  アメリカ人が納めた税金のうち、国防総省と軍需産業に流れていた巨額の軍事予算が民生に使われていたら、アメリカが陥っている問題はほとんど解決できたろう・・・。本書はクリントン政権からブッシュ政権にかけて、いかに世界が平和を本物にするチャンスを失ったかを核兵器の視点から書き起こした本である。 
 
  今、日本では福島第一原発事故で起きている地下水や海洋の汚染が大きな問題になっている。一方、アメリカの核兵器開発の現場でも杜撰極まりない廃棄物の処理が行われているとカルディコット氏は指摘している。今、日本で最もアクチュアルな問題とつながるテーマである。カルディコット氏はこんなことを書いている。 
 
 <放射性廃棄物の防護手段は、すべて失敗> 
 
  「国立科学アカデミーの最近の報告書は、核兵器生産関連の政府施設のうち3分の2は、汚染除去不可能とした。144施設のうち100は長期的な厳重管理が必要で、多くは数万年から数十万年の間、放射能の危険が消えない。このような地域は、将来、「国家の犠牲となった地帯」と表示されるが、「犠牲」はすでに現実となっている。 
 
  事実連邦政府には、汚染を防ぐ技術も、資金も、管理術もない。放射能汚染された地下水流の多くはすでに工場の境界を越えて移動し、それを厳密に取り締まることは不可能だ。たとえば、エネルギー省は、オークリッジ国立研究所近くの小川に「遊泳禁止」の立て札を建てたが、子どもたちに盗まれてしまった。いまの世代でさえこんなことが起こるとすれば、人々が忘れてしまうような遠い先には、いったいどうなることだろう。」 
 
  唖然とすることだが、この通り、米国立科学アカデミーの報告書では現在の放射性廃棄物の防護手段はすべて失敗だと結論しているそうである。 
 
  「土壌中に排出されたり、段ボール箱のようなもろい容器に入れて埋められたりした、核兵器製造の過程で作られたプルトニウムやその他の人工的な放射性元素の量は、当初推定の10倍以上だ。エネルギー省自身も次のように認めている。「地中に埋められた固体の核廃棄物が溶け出すことによって、土壌が汚染された可能性がある。」」 
 
  河川も汚染されている。埋葬した放射性廃棄物が容器から漏れ出て地下水と接触し、その水が生活圏に循環してくるというのである。 
 
  「プルトニウムが、かつて予想されていたよりも速く地中を移動することを示す新しい証拠が見つかった。たとえばスネイク・リバー帯水層は、アイダホの核施設の地下180メートルを走る。もともと地下3.5メートルの地点に埋められていたプルトニウムは、いまでは73メートルで見つかるようになった。この比率でいけば、25年後に帯水層に達し、地上のスネイク川まで汚染されてしまう。プルトニウムが崩壊してできた物質だが、むしろより危険性が高いアメリシウムは、すでにスネイク川に入り込んでいる。 
 
   エネルギー省は最近になって初めて、過去40年以上にわたり、ネバダ核実験場の土壌内に、4トンのプルトニウムを抽出したことを認めた。大量の致死的な核分裂生成物もまた抽出された。一部は、地下水系を通じて、近くの住民居住地に向って急速に移動しつつある。」 
 
  アメリカでこういう状態であれば、他の核保有国はどうなのだろうか。アメリカでもこうした情報はなかなか表に出てこなかったようである。 
 
■ヘレン・カルディコット(Helen Caldicot 1938-) 
オーストラリア生まれ。核政策研究所代表。77年に渡米し、ハーバード大学医学部小児科専任講師に就任。著書に「核文明の恐怖〜原発と核兵器〜」「劣化ウラン弾〜湾岸戦争で何が使われたか〜」(共著)。ノーベル平和賞にもノミネートされた。 
 
■ヘレン・カルディコット著「狂気の核武装大国アメリカ」(集英社新書)翻訳は岡野内正氏とミグリアーチ慶子氏による。 
 
■カルディコット医師のブログ 
  ティー・パーティのホームページで見た「私は携帯活動家!」のお姉さんがここでは「We Can Do It !」と反核運動家に様変わりしていた。 
http://www.helencaldicott.com/ 
■カルディコット医師のラジオ番組「If you love this planet」 
  毎週1時間のオーストラリア発の番組でインターネットで視聴できる。カルディコット医師がホストになっており、さまざまなゲストに話を聞く。「デモクラシー・ナウ」の環境問題版という印象である。 
  11月4日にはアメリカの科学者ロバート・アルバレス氏が放送で「アメリカにおける使用済み核燃料の大量蓄積は福島並みの被害を起こす可能性がある」と指摘している。問題になっているのは使用済み燃料棒3000万本が危険な状態で管理されていることのようだ。そのほか、アルバレス氏はテロのリスクもあるとしている。原子炉は厳重にガードされていても、使用済み核燃料を水中で保管するプールはほとんど防御できておらず、ここがテロの標的にされる危険があると2003年に警告を出したという。質疑応答は国際電話で行っているようである。 
http://ifyoulovethisplanet.org/ 


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