2011年12月05日10時48分掲載  無料記事
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米国

「99%の反乱」集会のスピーチ 真の民主主義と非暴力が合い言葉 安原和雄

  「ウオール街を占拠せよ」というあの「99%の反乱」はいまなおアメリカを中心に続いている。月刊誌『世界』が紹介しているニューヨークでの集会のスピーチはなかなかユニークである。いきなり「I LOVE YOU」(みなさんを愛している)で始まり、やがて「私たちは、この地球上で最も強力な経済的・政治的な力にケンカを吹っかけた」と言い放つ。 
 しかしこのケンカは暴力の行使ではない。暴力とは正反対で、真の民主主義と非暴力が合い言葉になっている。ケンカの相手は、1980年代以降、貧困・格差・不公正・不平等を広げてきた悪しき新自由主義路線そのものである。このケンカには新しい時代の幕開けを予感させるものがある。 
 
 月刊誌『世界』(2011年12月号・岩波書店刊)は、あの「ウオール街を占拠せよ」集会でナオミ・クラインさん(ジャーナリスト、活動家)が行ったスピーチを掲載している。題して「世界で今いちばん重要なこと」。「占拠せよ」集会とその運動の特質を理解するのに有益なスピーチと評価できるので、その要旨を(1)(2)で紹介する。 
 
▽ 世界で今いちばん重要なこと(1) ― 「みなさんを愛している」 
 
 I LOVE YOU(みなさんを愛している) 
 私がそう言ったのは、みなさんから「I LOVE YOU」と言い返してもらうためだけではない。人に言ってもらいたいと思うことを、人にも言いなさい、それももっと大きな声で、ということ。 
 
 私が確信をもって言えることは、世の中の1%の人は危機を望んでいるということ。人々がパニックや絶望に陥り、どうしたらいいか誰にもわからない、その時こそ、彼らにとっては自分たちの望む企業優先の政策を強行するまさに絶好のチャンスとなる。教育や社会保障の民営化、公共サービスの削減、企業権力に対する最後の規制の撤廃。これが経済危機のただ中にある今、世界中で起きていることなのだ。 
 この企みを阻止できるものがひとつだけある。幸いなことに、それはとても大きなもの ― 99%の人びとだ。その人びとが今まさに、街頭に繰り出し、「ノー」の声を上げている。「お前たちのつくった危機のツケは払わない」と。 
 
 「ウオール街を占拠せよ」の運動と、1999年にシアトルで世界の注目を集めたいわゆる反グローバリズム運動との類似を指摘する人は少なくない。しかしこの二つには重要な違いもある。反グローバリズム運動の標的は、世界貿易機関(WTO)や国際通貨基金(IMF)、G8などの首脳会談で、それは性質上一時的なもので、1週間しか続かない。だから抗議運動もまた一時的なものにすぎない。 
 これに対し、「ウオール街を占拠せよ」の標的は固定していて、すぐに消えるものではない。しかもこの運動に期限はない。このことはきわめて重要だ。 
 
 水平的で、真に民主的であることは素晴らしいことだ。この原則は、今後襲ってくる嵐にも耐えられる頑丈な組織や制度を築いていくという大変な仕事とも両立する。 
 もうひとつ、この運動の正しい点は非暴力に徹していること。ショーウインドーを壊したり、通りで乱闘を繰り広げたりといった、メディアが大喜びしそうなイメージをいっさい提供していないこと。 
 
 けれども10年の年月を隔てたことによる最大の違いは、1999年に私たちが資本主義と対決したとき、世界経済は好景気の絶頂にあったということ。経済ブームをもたらした規制撤廃には大きな犠牲が払われていることを、私たちは指摘した。労働基準、環境基準は切り下げられ、企業の力が政府より強くなるに従い、民主主義も損なわれた。しかし率直に言って、景気のいいときに強欲に基づく経済システムと闘おうとしても、人びとを説得するのは困難だ。 
 10年後の今、もはや豊かな国など地球上から消えてしまった。居るのは沢山の金持ちだけだ。公共の富を略奪し、世界中の自然資源を使い尽くすことによって豊かになった人びとだ。今や経済的な惨事と生態学的な惨事が次々と連続的に起きるのが常態になってしまった。 
 
<安原の感想> 独り一人が変革の担い手 ― 真の民主主義と非暴力が合い言葉 
 スピーチはいきなり「I LOVE YOU」で始まった。たしかにユニークといえる。どういう含意なのか。 
 同じ『世界』に現地報告「私たちは99%」を書いた大竹秀子さん(豊かな多文化共生とメディアの役割を探る非営利組織「ジパング」代表、ニューヨーク在住)は、次のように指摘している。 
 
 「占拠せよ」の運動には、人を根源に向かわせるものがある。貧困や格差を変えられないのは、それがあってはいけないことと感じられなくなっているからだ。社会を変え、民主主義をあるべき姿に戻すには、まず自分から変わらなければならない。自分が変わり、人を変える。その可能性を見るからこそ、ナオミ・クラインは「アイ・ラブ・ユー」で始まる呼びかけを行った、と。 
 「自分が変わり、人を変える」という姿勢に注目したい。参加する独り一人が主役であり、変革の担い手だ、という含意でもあるだろう。しかも真の「水平的な民主主義」と「非暴力」が合い言葉である。 
 非暴力は、単に「反戦=平和」を意味するだけではない。いのちを軽視し、奪うもの(人権・福祉の軽視、貧困、失業、交通事故死などの構造的暴力)すべてを拒否し、いのちを生かす政治、経済、社会を創っていくことと理解したい。 
 
 もう一つの真の「水平的な民主主義」とはどういう含意なのか。既存の多数決民主主義とどう異質なのか。以下、大竹さんの解説を手がかりに触れておきたい。 
・総会の決議は多数決方式を採らず、全員の賛成を原則とする。51人の賛成が49人の声を消していいとは考えない。 
・お互いの差異を認めながら、連帯をうたう。連帯することで1%を圧倒できるという決意表明だ。 
・悪者の1%以外は誰も排除しない、全員の平等を認める民主主義に基づいている。 
 
▽ 世界で今いちばん重要なこと(2)― 「あなたのことを気遣っている」 
 
 今回こそ、運動を成功させなければならない。私が言いたいのは、この社会の底に流れている価値観を変えなければならないということだ。まさにこの場所で実現されつつある。私がここで気に入ったプラカードは、「I CARE ABOUT YOU」(あなたのことを気遣っている)だ。互いの視線を避けることを教える文化、「あいつらなんか死んじまえ」と平気で言うような文化にあって、このスローガンは真の意味でラディカルなものだ。 
 
 最後にいくつか言っておきたい。 
 重要でないのは次のようなことだ。 
・どんな服装をしているか 
・拳を振り上げるのか、それともピースサインを作るのか 
・より良い世界への夢を、メディアに乗りやすい短いスローガンにして語れるかどうか 
 
 反対に重要なこともいくつかある。 
・勇気をもつこと 
・道徳的基準をもつこと 
・お互いをどう受けとめ、どう接するか 
 
 私たちは、この地球上で最も強力な経済的・政治的な力にいわばケンカを吹っかけたのだ。それは怖いことで、この運動がますます力を付けていけば怖さも増していく。運動の標的をもっと小さなものにしたくなる誘惑に負けないよう、注意を怠らないことだ。 
 この運動ではお互いを今後長い年月をかけて共に闘っていく同志と考えようではないか。この素晴らしい運動を、世界でいちばん重要なことだと受けとめようではないか。 
 
<安原の感想> 新自由主義路線の転換を ― 「怖い相手」に異議申し立て 
 スピーチは「私たちは、最も強力な経済的・政治的な力にケンカを吹っかけた。それは怖いこと」という認識を披露した。「力のある怖い相手」とは、何者なのか。それは言うまでもなく99%からケンカを吹っかけられている1%の富裕層である。しかしただの大金持ちではない。 
 
 同じ『世界』の座談会「ほんとうの危機はどこにあるか?」(出席者は相沢幸悦・埼玉大学教授、倉都康行・国際金融アナリスト、山口義行・立教大学教授)が「怖い相手」に触れている。それに関連する発言を以下に紹介する。 
・アメリカの所得配分構造のゆがみが非常に分かりやすく出ているから、若者が異議を申し立てて騒ぎ始めた。 
・アメリカは資産インフレによってごまかし、ごまかしやってきた。それがもう効かないのだから、やはりアメリカという国の体質が劇的に変わらないと、確実に没落する。 
・アメリカ型経済モデルが転換点に来ている。 
・アメリカは一方で失業者を出しながら、他方で大儲けしている連中がいるという非常に分かりやすい矛盾だ。 
・その矛盾はいま起こったのではなく、実はこの100年を見ると、1920年代は現在と全く同じ1%の富裕層と99%の苦しい人たちという構造だ。その矛盾が1928〜29年にピークに達して大恐慌が起こり、戦争を含めた変転のあげく、やっと格差が是正され始めたのが1950〜60年代だ。1970年代まではかなり平準化が進んでいたのに、80年代からフリードマン主義に始まる逆流が起きて、いままたそれが絶頂期にきている。自律的にこの格差や矛盾を修正するメカニズムは、おそらくない。 
・その核心の問題が再噴出して、それに気づいた人たちが社会運動を起こしている。 
 
 この座談会で指摘されている「アメリカ型経済モデル」「フリードマン主義」とは、新自由主義路線(注)を指しており、それが「力のある怖い相手」の実像である。新自由主義は効率追求第一主義の下で弱肉強食、不公正、不平等、多様な格差拡大、自殺者・貧困層増大を構造化させ、1%と99%との対立・矛盾を激化させてきた。だからこの新自由主義路線を根本から転換・是正しない限り、99%の側からの異議申し立ては止むことはないだろう。 
 (注)新自由主義とは、市場原理主義と「小さな政府」(福祉や教育にも市場原理の導入を図る)を徹底させようとする新保守主義のこと。主唱者は米シカゴ大学のM・フリードマン(1912〜2006年、1976年ノーベル経済学賞受賞)。主として日米英で実施されてきた。日本では中曽根政権時代に始まり、小泉政権時代に顕著になった。現野田政権にも引き継がれている。その意味では自民党政権も民主党政権も本質は変わらない。 


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