2011年12月25日12時59分掲載
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この地に生きる百姓の思いを描いたテレビドキュメンタリー「原発事故に立ち向かうコメ農家」 大野和興
12月4日夜10時からNHK教育テレビで、原発事故による放射能汚染に苦しむ農家の苦闘を描いたドキュメンタリー番組が放映された。「原発事故に立ち向かうコメ農家」、監督は原村政樹さん。これまで有機農業の世界を描いて、数々の秀作を世に送り出してきた人だ。
作品は二つの物語を軸に進む。一つは天栄村で環境に配慮しながらおいしいコメ米作りを追求してきた農民グループ。もう一つは借金を抱えながら大規模経営を作り上げてきた大玉村の農民。いずれも手練れの百姓衆で、インターネットで情報を集め、専門家と会い、それにこれまで培った経験と知恵と技能をフル動員して、汚染のない、安心して食べてもらえるコメをつくろうと苦闘する。
秋、収穫したコメを計測した。いずれも「検出せず」。彼らは自信をもって数字を公表する。しかし、売れない。大玉村の鈴木さんの倉庫には袋詰めされたコメが山と積まれたまま。これまで親しくつきあってきた取引先からは何の注文もないまま、日が過ぎていく。そんなとき、全国の稲作経営者の集まりが温泉地であった。鈴木さんは苦衷を訴えるため演壇に立った。淡々と話していて、突然口ごもった。こみ上げてきたのだ。口調が変わった。
「助けてくれよ。仲間だろ。農家の長男に生まれて、代々の農家を継いで百姓になって、土地があって、家があって、墓があって。おれだって逃げたいよ。だけど逃げられないよな。みんなわかるだろ」
涙声だった。
なにかと批判の多い既成メディアだが、日曜夜10時の教育テレビという地味な時間帯で思いがけない掘り出しものにぶつかる。この映像は、既成メディアは信用できないとレッテルを張る脱原発運動のインターネット情報が持っているある種のゆがみを照らし出していると、テレビを見ながら感じた。そのゆがみとは、「おれだって逃げたいよ。だけど逃げられないよな」という、「その地に生きる」ことを選択した、あるいは選択せざるを得ない人たちの声や思いに対する無視あるいは見てみぬふりである。
3月11日に大地震と津波が来て、続いて福島第一原発が爆発し、暴走を始めた。4月に入り、福島の村に通い、地域の農と食の再生をめざす小さな取り組みを、地元の人たちと共同で進めている。その過程で、何度「逃げたいよ。だけど逃げられないんだ」というつぶやきを聞いたことか。
しかし、脱原発活動家らが構成するメーリングリストやツイッター、ブログなど、インターネット市民メディアといわれるものをのぞくと、自分たちの安全や福島から避難した人たちの「避難の権利」のついては激しく発言し行動するが、避難できない人、避難しないでそこで生きていくことを選択した人たちの「そこで生きる権利」についての言及はほとんどない。先の見えない不安にさいなまれながら耕し種をまく原発被災地の農家の苦悩に寄り添う思いや想像力が、都市の脱原発運動からは見えてこないのだ。
独裁政権に対するアラブ民衆の運動「アラブの春」の原動力となったといわれるブックフェイスやツイッターなどインターネットを駆使した市民メディアの成長は確かにすばらしいものがあるが、そこに内包されているある種の“危うさ”を日本の脱原発運動が発信するインターネット情報から嗅ぎとらざるを得ない。
私もかかわっている国際有機農業映画祭は、11月19・20日に開かれた第五回の催しのテーマを「それでも種をまく」とし、映画祭として同名の自主製作映像を作り、上映した。福島で長年有機農業を営んできた何人かの農家の原発事故後の農の営みを追い、インタビューを重ねて構成したものだ。郡山市のコメ農家中村和夫さんが「やっぱり種まかないと百姓じゃなくなるもんな」と呟いていたのが印象的だった。
映画祭当日、中村さんにも登場いただき、シンポジウムをやった。最後に司会が話を振った。
「福島の農家として、どういう支援を望みますか」
中村さんはこう答えた。
「買ってくれとは言いません。全国の皆さんが、自分の地域で原発をなくす運動をして下さい。それが福島の百姓への最大の支援です」
中村さんの田んぼは土作りが行き届き、土壌が粘土質ということもあって、放射能は出ていない。それでも収穫したコメのほとんどは倉庫に積まれたままだ。
(農業記者 本紙編集長)
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