2012年01月03日18時37分掲載  無料記事
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中東

IAEAのある変化 イラン制裁の推進力

  雑誌ニューヨーカー(11月18日付)にセイモア・ハーシュ(Seymour M. Hersh)記者はイラン制裁に向かうアメリカ共和党大統領候補者らの言動を報じた後、こうしたイラン制裁論の根拠となったものとしてIAEA(国際原子力機関)が昨秋配布した「証拠」について語っている。 
 
  ハーシュ記者はアメリカのテレビ番組「デモクラシー・ナウ!」で、以前に書いたニューヨーカーの記事の骨子を語りながら、イランの核兵器開発疑惑はそもそもアメリカのインテリジェンス機関から否定されているとした。ハーシュ記者によればイランがかつて核兵器開発を進めていた理由はイラン・イラク戦争で戦った宿敵のサダム・フセインのイラクがかつて核兵器開発をしようと試みていたことに基づいている。しかし、イラク戦争の結果、イラクには核兵器がなかったことがわかり、イランは核兵器開発をストップしたと見られているそうである。これが2003年のことである。 
 
  ところが、朝日新聞によれば、IAEAは11月8日にイランが核兵器開発につながる活動をしてきたと指摘する報告書を理事国(35か国)に配布した。核兵器開発活動は「2003年以前に計画的に行われ、一部は今も続いているかもしれない」とされる。 
 
  この2003年というのは先ほどのイラク戦争を境にしていると思われる。IAEAの報告書をもってしても、2003年以後については先ほどの朝日新聞記事によれば「一部は今も続いているかもしれない」というあいまいな記述のようである。続いているのか。いないのか。もし続いているとしたらどのような根拠なのか、きちんと世界に、そして関係各国民に説明するべきではなかろうか。というのも、大量破壊兵器が実際には見つからなかったあのイラク戦争の二の舞を避ける必要があるからだ。 
 
  昨年末、アメリカはイランへの制裁法案を可決し、関係各国にはイランから原油を買わせず、イラン中央銀行と取引する米国外の金融機関は米国の金融システムから締め出す措置を決めたとされる。これは経済封鎖であり、強硬な措置である。日本もこうしたイラン制裁に国として加担するのであれば、その前にイランを制裁する根拠は何か。国はそこを国民が納得できるように説明する必要があるのではないだろうか。 
 
  雑誌ニューヨーカーの11月18日付のハーシュ記者によると、IAEAがこのような「証拠」を配布した背景にはIAEAのトップ(事務局長)が先代のエジプト人で、イランとの調停役を見事に務めたエルバラダイ氏から、日本人の天野之弥氏に代わったことがあると指摘している。 
 
  ’Late last year, a classified U.S. Embassy cable from Vienna, the site of the I.A.E.A. headquarters, described Amano as being “ready for prime time.” According to the cable, which was obtained by WikiLeaks, in a meeting in September, 2009, with Glyn Davies, the American permanent representative to the I.A.E.A., said, “Amano reminded Ambassador on several occasions that he would need to make concessions to the G-77 [the group of developing countries], which correctly required him to be fair-minded and independent, but that he was solidly in the U.S. court on every strategic decision, from high-level personnel appointments to the handling of Iran’s alleged nuclear weapons program.” The cable added that Amano’s “willingness to speak candidly with U.S. interlocutors on his strategy … bodes well for our future relationship.” 
 
  ウィキリークスが暴露した文書によれば、天野氏はアメリカからIAEAに派遣された大使に対し、<発展途上国群の前では公平かつ独立していることを求められるので妥協もやむを得ませんが、肝心な時はアメリカに常に忠実であります>といった内容のことを何度も語ったとされる。この発言が真実かどうかは不明だが、そのような内容がIAEA事務局があるウィーンから発信された米公電につづられており、それがウィキリークスによって暴露されたとされる。もしそれが仮に真実であったなら、日本は国際社会の中でどのような核に対する哲学や思想を持っているのだろうか。あるいはもしその文書が虚偽であるなら、虚偽であると抗議すべきだろう。 
 
■イランと核兵器開発 セイモア・ハーシュ記者の報道 
 
  アメリカのNPOによる報道番組「デモクラシー・ナウ!」に昨年、セイモア・ハーシュ記者が登場し、イランが2003年以後、核兵器開発をしているという証拠はないと発言した。ハーシュ記者はイスラエルの核開発や、ベトナム戦争時代の米軍によるソンミ村虐殺事件などを報じた有名な記者である。 
 
  「IAEA(国際原子力機関)は11月8日、テヘランに核兵器の起爆装置を開発する施設が建設された有力な証拠があるとするイラン核問題報告書を発表しました。米国のマスコミは発表前からすでにリーク情報を流しており、イスラエルが単独でイランを攻撃することへの懸念を指摘しました。これを受けて米国、英国、カナダは共同でイランに対する制裁措置を決めました。いっぽうイラン側は、天野之弥IAEA事務局長を「米国の手先」と呼び強く反発しています。長年イランの核兵器開発疑惑を取材してきたセイモア・ハーシュ記者は、IAEAの主張は何の証拠もない妄想であり、イラク戦争を始めたときと同じ危険なものだと言います。」(「デモクラシー・ナウ!」) 
  http://democracynow.jp/video/20110603-1 
 
  この番組の企画のもとになったのがハーシュ記者が雑誌ニューヨーカー(6月6日付)で報じた以下の記事である。http://www.newyorker.com/reporting/2011/06/06/110606fa_fact_hersh#ixzz1fHbd3khx 
 
  ’The two most recent National Intelligence Estimates (N.I.E.s) on Iranian nuclear progress, representing the best judgment of the senior officers from all the major American intelligence agencies, have stated that there is no conclusive evidence that Iran has made any effort to build the bomb since 2003. ’ 
 
  NIE(国家情報評価)という米国の諜報部門で最も権威がある内部調査でイランが2003年以後、核兵器の開発をしている証拠はまったくないと結論したことを伝えている。記事の中で、「2003年以後」が何を意味するかが書かれている。それはイラクのサダム・フセイン政権が米軍によって転覆された年である。ハーシュ記者によると、イランが核兵器開発を進めていた動機は対イスラエルではなく、対イラクだったというのだ。イランはイラクが核兵器を開発していると疑っており、対抗するためにイランも核兵器開発を進めていたが、イラクに核兵器がなかったことを受けて、もはや核兵器を開発する動機がなくなったというのである。イランのアフマディネジャッド大統領がホロコーストを否定したり、イスラエルの存在を否定するようなひどい挑発的発言をしているために、イランが核兵器を作っていると疑ってしまいがちであるが、米国の諜報関係者は’any’いかなる決定的な証拠も見つからなかったとしているそうである。 
http://www.newyorker.com/reporting/2011/06/06/110606fa_fact_hersh 
  もしイランに真の脅威が存在するのであれば対処することにも理由があるだろうが、単なる疑惑だけでは不十分である。イランの脅威が何なのか、制裁措置を行うのであれば日本国民に確実な証拠と納得できる論を提示すべきである。 
 
村上良太 


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