2012年01月09日19時00分掲載
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欧州
ブルデューの死から10年 〜欧州を改造した知的傭兵部隊〜
フランスの社会学者・思想家のピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu,1930-2002)は亡くなる少し前に来日講演を行っている。この時の講演録は「新しい社会運動〜ネオリベラリズムと新しい社会支配〜」というタイトルで藤原書店から加藤晴久訳で出た。この本が刊行されたのは2001年9月20日で、これは9・11同時多発テロのすぐ後である。そして、ブルデューは翌年、2002年1月に亡くなった。
今年はブルデュー没後10年である。フランスではブルデューが遺した講義録から「国家について」が新たに発刊され、今月はシンポジウムも開催される。「「ハビトゥス」「文化資本」「界」といった概念を駆使した力動的構造主義社会・文化理論で知られるフランスの社会学者ピエール・ブルデューは、いまや世界の人文・社会科学でE・デュルケームやM・ウェーバーのそれに並ぶ大きな影響を及ぼしている」(加藤晴久氏)。ブルデューが亡くなって10年の間に世界で起こった数々の出来事を今思う。ブルデューがいたら世界が変わっていたということはできないかもしれないが、もしかすると違った世界が生まれていたと思ってみることは許されるだろう。
「新しい社会運動〜ネオリベラリズムと新しい社会支配〜」はブルデューが日本の聴衆に向けたメッセージである。この中に欧州連合のあり方について危惧しているくだりが出てくる。何かの資料をブルデューは読み上げているらしいのだが、それによると、EU(欧州連合)本部のあるブリュッセルにはロビー活動を行うプロが1万人以上駐在していて、EU委員会、EU閣僚評議会、EU議会の廊下を徘徊しているという。これらロビーストの大半が広告会社や産業部門の連盟ないしは個別企業の代理人であるという。
「・・・支配的勢力はこうして膨大な量の知的生産物を利用することができます。たとえばAMCHAM、つまりアメリカ商業会議所連合会は1998年だけで、本を10点、報告書を60点以上刊行し、EU委員会やEU議会を相手に開かれた約350の会合に参加しているのです。(しかもこうした裏の仕事は新聞には載っても、ジャーナリストには何が起こったのか、何が起こりつつあるのか、理解できないで終わるのです。)」
欧州連合を動かしているのは欧州の民衆ではなく、企業や特定国の利益を代表する人々であるという。ブルデューは彼らを支配的勢力の知的「傭兵」部隊と呼ぶ。さらに彼らが行使する力を「象徴権力」と呼び、新たな支配形態において象徴権力が決定的な重みを持つと警告する。これはロビー活動だけでなく、出版・新聞・テレビ・ラジオなどを含めた言論活動すべての分野を覆い尽くすとする。
しかし、ブルデューはここで特定の人々が世界を動かしているとする「陰謀理論」を否定する。むしろ世界各国における支配層が学校システムを支配層の再生産に使い、エリート校において支配層の子弟が仲間になることが世界の新たな支配形態を生み出すとする。それらの学校は世界の大学ランキングで上位に登場するような施設である。(昨今の新書の著者紹介欄にどのくらいたくさんの学歴が記されていることか。)学友たちは国境を越えて結びつき、政治家・エコノミスト・科学者など、のちに様々な領域で連帯を築く。そして、グローバル化の中、国境を越えてある支配的思潮が作りだされていくとする。そこで用いられるのが既存の経済理論だという。
「こうした象徴的強制、象徴的暴力の過程での経済理論の役割は非常に重大であると思います。たとえば今日ではすべてのジャーナリストが株価曲線を見ることができます。下手な外国語を話すのと同じように、学問的な言語を使います。もっともらしい語を使い分けて見せるわけです。支配層や専門家が借用する経済理論、一見理論的な議論は学問の権威からその効力の多くを引き出しています。わたしは歴史上はじめて科学的イデオロギーなるものが出現したと考えています。」
支配層が新たな経済システムを推進するときに、露払いとなる知的傭兵部隊が活動する。ブルデューの指摘は日本においても当てはまるだろう。バブル化であれ、グローバル化であれ、過去30年間に日本で起きた変化の潮流を振り返れば常に露払いとなる人々が雑誌や新聞、出版で注目を集めてきた。こうした人々はこれから「・・・の時代」と唱えるのである。それに対してアンチの人々が注目を集める機会は少ない。
ブルデューはこうした勢力に対抗するためには社会科学の分野から自分たちが長年蓄積した知的資本を横流ししてくれる「裏切り者」と連携しなくてはならない、としている。ブルデュー自身は税金で養われた公共機関(1964年から社会科学高等研究院教授、1981年からコレージュ・ド・フランス教授)の人間であるから当然、その成果を公衆に還元すべきであると考えると語っている。昔は日本においても国立大学を出た人間の多くは税金で自分が養われた意味を考え、それを社会に還元する責務を負うと思っていたものである。
■「ヨーロッパ株式会社」(Europe Inc.)
ブルデューが紹介した本書はオランダの4人の社会学者がEU本部の133号室で何が行われているかを研究した成果だという。そこには誰一人として選挙を経ていない12人の高官が民主主義、自由、自由貿易の名の下に欧州諸国民の運命を決めているとされる。著者はAnne Doherty,Olivier Hoedeman, Adam Ma'Anit,Erik Wesselius.の4人。
http://www.amazon.co.jp/Europe-Inc-Regional-Restructuring-Corporate/dp/0745321631#_
http://archive.corporateeurope.org/incadd.html
英国のインディペンデント紙だったと記憶するが、10年ほど前に欧州連合の政策が東欧の農民にどのような影響をもたらしているかをレポートした記事を読んだことがある。それがあまりにも強烈な内容だったので今日においても忘れることができない。
ソ連崩壊後、東欧の諸国は欧州連合入りを目指したがそのためにはおびただしいルールを押し付けられていたのである。自由という言葉とは裏腹に、たとえば国内政策では農業ひとつとっても農家1戸あたりの農地の最低面積はこれ以上とか、農業生産性はフランス並みに高めろといったおびただしい条項があるという。記憶ではすべての産業やその他の法制度などを総合すると欧州連合入りするための規定が8万ページにわたるというのだ。この8万ページと言うのはちょっと信じられない数字である。記憶違いかもしれないが、あるいはもしかするとさまざまな産業ごとに累積するとそれぐらいになるのかもしれない。それにしても、いったい「自由」とは何なのだ?
欧州連合に加盟した東欧諸国は農業の「近代化」を押し付けられた結果、多くの小農民たちは土地の集約化・大規模農業化のために土地を追われ、都市に出てルンペンと化しているというのだった。しかし、これらの国では土地を失った農民が都市に出てもさしたる産業も形成されていない。これは北米自由貿易協定(NAFTA)を締結した後のメキシコのトウモロコシ農民たちの末路に似ている。
ポーランドでは牛や馬を使うなど14世紀の農業が未だに行われているところもあり、こうした農業は近代化=欧州化の規制の下に消失の危機にあると書かれていた。それは地方文化の消滅にもつながりかねない。皮肉なことは欧州連合が押し付けている農業政策とは逆に有機農業を核とするスローフードが世界の潮流となろうとしていることである。東欧の変化はメキシコなどラテンアメリカの変化と同時に考えるべきではないか。
■ハンガリーで極右政党が台頭 金融危機を背景に第三位の政党に
ハンガリーは2004年に欧州連合入りを果たした。しかし、ハンガリーはアメリカ発金融恐慌が欧州に飛び火する中、欧州で最も強い打撃を受けたと言われる。社会党を中心とするリベラル路線の与党は欧州連合加盟に沿ってユーロの導入を目指した。しかし、そのために強いられた「行政改革・医療改革・教育改革」などの財政改革が国民の大きな反発を生んだ。行財政改革による失業者の増大とリーマンショックに端を発するアメリカ発金融恐慌の飛び火によって、ハンガリーは二重のダメージを受けることになった。
2010年の総選挙では右派政党(フィデスとキリスト教民主国民党)が議員総数の3分の2以上を占める圧勝をし、与党だけで憲法改正ができる状況を招いた。昨年4月には憲法改正を国会で決議し、今年1月1日に新憲法が施行された。しかし、憲法改正を民主主義の危機と考える市民がデモを行っている。
「ハンガリーは東欧の中でもアメリカ発の金融危機で最も打撃を受けた国に入る。誰かに責任を押し付けたい、という心理がJobbik党の躍進の背景に働いているという。ハンガリーでは第二次大戦中、ロマとユダヤ人が強制収容所に入れられた過去がある。ハンガリーには現在、ユダヤ人が約10万人暮らしている。Jobbik党は「イスラエルなどの外国人投機筋がハンガリーを乗っ取ろうとしている」と訴えている。その主な支持基盤は農村の失業者だという。」
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