2012年02月19日01時48分掲載
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コラム
深夜タクシーの会話 村上良太
仕事柄、深夜に帰宅することが少なくない。深夜タクシーに乗っていると、いろんな運転手に出会うが、夜のハイウェイで彼らの話を聞いていると飽きることがない。
日刊ベリタに寄稿しているスロベニア人作家のアンドレイ・モロビッチさんがアフリカのモーリタニアをさすらっている話をすると、運転手はこう言った。
「モーリタニアって、海岸線が短くて、内陸に入るとこんな形になって膨らんでいる形ですよね。」
運転手は左手を使って、モーリタニアの形を宙に描いて見せた。地図帳で見ればわかるが確かにその通りである。首都ヌアクショットのある西側の海岸線が比較的短く、内陸に入ると西サハラとの国境線があり、モーリタニアの国土は階段状に膨らんでいく。モーリタニアの地形を正確に表現できる人はそう多くないはずだ。モーリタニアに限らない。モザンビークでも、ブラジルでも、カナダでもいいが、その形を書けと言われてどれほど多くの人が正確に描けるだろうか。
「モーリタニアの形を知っている人はほとんどいないですね。(運転手さんは)どうして知っているんですか?」
「地図を見るのが好きなんですよ。」
休みの日はよく地図帳を見ているそうである。
「一生に一度は自分もアフリカに行ってみたいですね。でももうこの年になりましたから、行けるかどうか。」
「行くとしたら、アフリカのどこですか?」
「エジプトなんか行ってみたいですね。」
僕にも覚えがあるが、少年時代にピラミッドの冒険物語を男の子は読んで胸を膨らませるものである。しかし、と運転手は行った。
「日本人観光客が殺されましたからね。」
モーリタニアの地形がすぐに出てくるのだから、世界中の国の地形が彼の頭に入っているのかもしれない。
「海外旅行はされるんですか?」
「今はこんな風体ですが、若い頃は髪も長髪で肩までかかっていましてね。結婚した後、かみさんを連れてフランス旅行をしました。といっても貧乏旅行でしたけどね。」
「パリとか?」
「えぇ。新婚旅行に行けませんでしたからね。かみさんがパリに行きたいと言うもんですから。自分は本当はメイン州に行きたかったんですがね。」
「メイン州って、アメリカの東海岸でしたか?」
「いえ、海には面していませんね*」
「どうしてメイン州に行きたかったんですか?」
「何かの本を読んで面白そうだと思ったんですね。」
運転手がフランス旅行をしたのは70年代のことだった。あれから、40年も過ぎている。それでも、今も地図を見るのが好きなんだそうだ。地図を見るのはタクシー運転手という仕事柄もあるかもしれない。関東という一地方ではあっても、初めて走る通りや町があるだろう。いつも、地面を車輪で駆って進む仕事である。サハラであろうと、首都圏の高速道路であろうとだ。
*この原稿を書きながら、メイン州の位置を調べてみると、メイン州はアメリカ東海岸に面していた。彼の記憶違いかもしれない。あるいはメイン州の中で行きたかった場所が海岸に面していなかったのだろう。
■モーリタニアの地形
ここに外務省の地図がある。ジグゾーパズルの1片のような地形である。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mauritania/index.html
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