2012年03月31日00時21分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(36)3・11後の原発短歌を読む 佐藤祐禎「流亡」」(福島原発の地を詠い続ける歌人の作品) 山崎芳彦

 春の彼岸が過ぎた。東日本大震災・福島原発事故から一年が過ぎた。いや、「過ぎた」といってよいだろうか。過ぎてはいない、過去形で語れる日々ではないと思う。被災者の生活、原発の現状、日本の現実、ひとくくりに表現することは出来ないが、何事も過去になってはいない。何も解決してはいないなかで、多くの人々が苦難に耐え、生き、たたかっている。その実態の全容を筆者ごときが記すことは出来ない。出来ないから、人に聞き、教えられ、自らの生き様を省み、なしうることは何かを考える。原爆短歌を読み、原発短歌を読み、記録しているのも、その営みのひとつと思っている。 
 
 一昨昨年から二年続けて、それぞれ一ヶ月近い入院を余儀なくされ、それでも生き延びて、その次の年に3・11を、茨城南部のわが家に居て経験したのだった。屋根瓦の一部が崩れ落ち、幾日かは頻繁に襲い来る余震のなか、避難態勢で過ごした。 
 
 テレビ映像と新聞が伝える東北の被災地を思い、死者を悼み、被災者に思いを寄せながら、そしてとりわけ福島原発事故の推移を注視した。 
 原爆短歌を読み、記録し、原発短歌を読んでいくことは、いま自分が出来ることのひとつであると思うからで、もとよりこのことだけにとどまってよいと考えてはいない。 
 
 いま、原発をめぐる情勢は、野田政権が早期の再稼働にむけて、なりふり構わぬ姿勢で、消費税増税への「死んでもやる。不退転の決意」と足並みを合わせて走り出している、極めて危険な状況にある。福島原発の現状や、連日のように伝えられているさまざまな原発危険のシグナルともいうべき事故や、これまで不明だった事象の発現を無視して、大飯原発のストレステストと言う仮構の「安全」確認をてこに、「夏場の電力不足」の脅迫を前面に出して、停止中の原発再稼働の突破口にしようとしている。国民の声などに耳を傾ける必要は無いという姿勢であり、「原発村」はなお健在で、それをバックアップ、牽引している。 
 
 このような現状につけても、筆者は故高木仁三郎氏が遺した「友へ 高木仁三郎からの最後のメッセージ」(2000年10月に死去された高木氏の「偲ぶ会」のためのメッセージ、岩波新書『原発事故はなぜ繰り返すのか』にその抜粋が収録されている。)を読み返さないではいられない。すでに多くの人々が読まれていることとは思うが、あらためて高木さんのメッセージの一部を引用させていただく。 
 
 高木さんは、「多くの方たちが暖かい手を差し伸べて鍛え直してくれ・・・、とにもかくにも『反原発の市民科学者』としての一生を貫徹することができました。」と述べ、「反原発に生きることは、苦しいこともありましたが、全国・全世界に真摯に生きる人々と共にあること、歴史の大道に沿って歩んでいることの確信からくる喜びは・・・いつも私をまえにむかってすすめてくれました。」とも語る。その上で「残念ながら、原子力最後の日は見ることが出来ず、わたしのほうが先に逝かねばならなくなりましたが、せめて、『プルトニウム最後の日』くらいは、目にしたかったです。でも、それはもう時間の問題でしょう。すでにあらゆる事実が、私たちの主張が正しかったことを示しています。」としながらも、それでも極めて深刻な危惧を次のように、切迫した言葉で続けている。 
 
 「楽観できないのは、この末期症状の中で、巨大な事故や不正が原子力の世界を襲う危険でしょう。JCO事故からロシア原潜事故までのこの一年間を考えるとき、原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は放射性廃棄物が垂れ流しになっていくのではとないかということに対する危惧の念は、今、先に逝ってしまう人間の心をもっとも悩ますものです。」―いま、この言葉を読むとき、心が震えるのは筆者のみでは無いと思う。原子力に拠る経済成長や、欲望充足に向って、悪徳に満ちた「原子力村」が、いまに至ってなお原発維持・依存の策謀をめぐらすその頽廃が極まろうとしている現在、高木さんの「後に残る人々が、歴史を見通す透徹した知力と、大胆に現実に立ち向かう活発な行動力をもって、一刻も早く原子力の時代にピリオドをつけ、その賢明な終局に英知を結集されることを願ってやみません。私はどこかで、必ず、その皆様の活動を見守っていることでしょう。」との最後の言葉を、改めて噛み締め、己の拠って立つ位置を確かめなければならないと考える。 
 
 前回まで三回にわたって佐藤祐禎さんの歌集『青白き光』の原発にかかわる作品を読んできたが、佐藤さんの3・11以後の作品を歌誌「短歌現代」(昨年12月号をもって廃刊)11月号により読む。 
 
 佐藤祐禎さんの「流亡」(歌誌「短歌現代」平成23年11月号より) 
 
 
放射能漏れの緊急放送に茫然とせり一瞬なれど (原子炉水素爆発) 
 
水素爆発に八か町村纂乱し県の内外遠くは沖縄 
 
放射能に逐はれて逃ぐる国道を車溢れて前に進まず 
 
放射能飛び交ふ家に戻りゆく全身防護服に身をよろひつつ(一時帰宅) 
 
積めるだけ車に載せて去らむとし涙落ちたりさらに悲しく 
 
十四の部屋それぞれにバルサンの煙りを上げて家を後にす 
 
振り返り涙こらふる八十坪の自宅と蔵と車庫を後にし 
 
ああ今日がわが家の今生の見納めか先祖の位牌抱きて帰る 
 
小箪笥の上のご先祖にぼた餅を買ひ来て香たく盆の入りの夜 (はじめての盆) 
 
圏外のぎりぎりに住めど又よそへと言はるる日ありや荷は増やすまじ 
 
七人の家族が五ケ所に別れ住みケイタイに日々の言葉をつなぐ 
 
かんたんにガンバレなどといふよりも黙って肩を叩きくれぬか 
 
二百俵売りたるわれぞ三キロの米の小袋抱へて帰る(米を買う不思議) 
 
北を指す雲よ大熊に到りなば待つ人多しと声こぼしゆけ 
 
補償金などもういらぬ今までの空気と水と田畑を還せ 
 
天に吠え地を叩くのも無力なりこれから生きる算段せねば (生きねばならず) 
 
真実のことは知らざるおとどらの言葉は耳辺にあそばしむるのみ 
 
廃棄物地元処理だとふざけるなどこまで犠牲にすればいいのか 
 
増え過ぐる人間淘汰の火ならむか線量といふ無気味な言葉 (絶望と悔恨) 
 
ゴモラでもソドムでもなき大熊に殺戮の光線そそぎて止まず 
 
地震生産世界一なる国に住み覚悟持たざりし民族の惨 
 
 
 佐藤さんの平成十六年刊の歌集『青白き光』を前回まで読んできたが、以上の「流亡」一連の作品に短歌表現されている佐藤さんの、原発事故によってもたらされた不条理極まりない現実と、それに対する思いの一端は、原発「事故」の加害への怒りの告発であろう。 
 佐藤さんは、3・11以後のほぼ一年間に2千首を超える作品を作歌していると言う。自らの実体験を詠う作品によって、ご自身の現実を通して、原子力エネルギー利用の反人間の本質、今に至ってもなおその原発の存続・稼働を続けようとする、政府や経済界をはじめとする「原発維持勢力」に対する怒りを詠い続けていることと思う。自らを詠い、原発が存在する福島、日本、世界を詠うのであろう。               (つづく) 


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