2012年06月03日00時53分掲載
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アフリカ
現代の遊牧民 「モダン・ノマドの日記 9」 アンドレイ・モロビッチ
「平和ホテル」はニジェール北部のサハラ砂漠にある州、アガデス(Agadez)で最大の建物ではないにしても、もっとも大きなものの1つに入る。このビルが建設されたのはそれほど昔の事ではない。近代技術を使って記録的な短期間で建てられた。基本的にはセメントのブロックを使ったものだが、正面のファサードにはアフリカで伝統的な粘土と藁、牛馬糞が使用されている。
アガデスで、世界に出して恥ずかしくない施設は「平和ホテル」くらいしかない。部屋にはエアコンがついているし、プールもある。さらに様々な種類の酒が置かれたバーもある。この「平和ホテル」を作ったのはリビアのカダフィ大佐だ。彼はエンジニアとイスラム教の組み合わせのように、矛盾に満ちた男である。
ホテルの建設に拍車がかかった理由はリビアがその南に位置する隣国チャドの北部に持つ利権の確保だった。しかし、チャド北部に在住するツブ(Tubu)族の抵抗運動が強かったため、カダフィはツブ族のリーダーに平和ホテルを提供した。その上で、ツブ族にはニジェールのアガデズに移住してもらったのである。
ツブ族のリーダーは即座にカダフィの提案を受け入れたのだが、本当にその提案を喜んでいたのかどうかは神のみぞ知る。カダフィですら同様だろう。少なくとも、カダフィはいくつか肝心なことを隠していた。たとえば、平和ホテルにはオーナーが3人もいること。まず平和ホテルが所在する国、ニジェールのオーナー。次にブルキナファソ、そして今回のチャドである。
ブルキナファソのオーナーは医療ツーリズムを手掛ける企業グループのクイーン・エリス(Queen Elise)で、トーゴの町ロメに進出していた。アガデスの「平和ホテル」でもまっとうなビジネスを望んでいたのだろう。ニジェールのオーナーの場合は、「平和ホテル」のある地元であるから観光資源として参画しているのだろう。チャドの場合は上述の通り、部族長が平和を求めた結果、オーナーになったというわけだ。
ホテルの社長は<3か国の人間がオーナーになる>というコンセプトは熱い砂漠に落ちた一滴の水のように霧消することはないと考えた。奇遇にも、この男には3人の妻とそれぞれ子供たちがいたが、これら3つの国にまたがっていた。チャド、ニジェール、ブルキナファソである。つまり、この男はアフリカ連合の理想をおそらくもっとも美しく体現していたというわけだ。彼は特権的な立場のおかげで家族の問題すべてを金で解決できるようになった。
しかし、社長には不確実な要素もあった。というのは彼が1頭の馬にしか乗らなかったことだ。これはアフリカではまったくよくないことなのだ。とりわけベドウィン出身のカダフィを相手にした時はそうである。その結果、社長は眠れなくなった。各地に住む家族の訪問もあまり受け入れることができなくなった。というのも、自分が不在の時、家族の身に何が起きるかわからないからだ。やがて社長は自分が物事を正しく判断できているのかすら疑わしいと考えるようになった。
ホテルは単なるファサードに過ぎず、客たちは不要であるのみならず、好ましからざる存在だと思うようになった。実際、客が一人もいない時の方が事はスムーズに運んだ。しかし、時には金があることも悪くないと考えた。雨季に備えて貯蓄しておくことができたからだ。
カダフィが3日間、この地にやって来た時は生きた気がしなかった。というのもカダフィがエアコンの効いたホテルの部屋に泊まらず、テントで寝ることを好んだからだ。カダフィの取り巻きたちは「大丈夫。カダフィはいつも自前のテントで寝るんだ」と言ってくれても、ぞっとしたものだった。
ある日、社長はホテル業から足を洗い、代わりにベドウィンのキャンプを作るかもしれない。・・・だが、こうしたこともカダフィなき今となっては遠い歴史になってしまった。
寄稿 アンドレイ・モロビッチ
翻訳 プリモス・トロベフセク(スロべニア語→英語)
翻訳 村上良太 (英語→日本語)
■アフリカ地図(外務省)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/africa.html
■アガデス州
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Niger_departments_named.png
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