2012年06月20日13時24分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(51)大口玲子歌集『ひたかみ』の「神のパズル―100ピース」を読む 「『原発』と『原爆』の違ひ書かれあるパネル見てをり案内を聞かず」  山崎芳彦

 この連載48回目に、歌人・大口玲子さんについて、いくつかの作品とともに触れ、彼女の第三歌集『ひたかみ』(2005年5月、願書館刊)の中の、原子力、原発、原爆、放射線などに関わって詠った100首の大連作「神のパズル―100ピース」があることを記した。 
原子力に関わって、これほどさまざまな視点から短歌表現した連作を、筆者は他に知らない。作者が、いかに原子力について深く、強い関心を持ち、原発が数多く稼働する東北の地に住み、生活していることに、深いところで危うさを持っていたのではないだろうかと思う。 
 
 大口さんは、高校時代から作歌を始め新聞歌壇に投稿していたが、やがて佐佐木幸綱に師事し、「心の花」に所属する。先輩歌人である竹山広さん(この連載は竹山広さんの作品を読むことからはじめた 筆者)に対する畏敬と共感が深かったことは、竹山さんを詠った作品(「神のパズル」にもある。)に明らかで、長崎で原爆に被爆した竹山さんの存在と、大口さんの原子力に関わっての思いの深さは無関係ではないだろう。 
 
 もちろんのことだが、歌人・大口玲子について、原子力に関わる作品によって論ずることは出来ず、また筆者に大口玲子の作品論を述べる力もない。この連載「核を詠う」作品を読み、記録する目的のなかで、大口作品を読んでいくのだが、その意味で2005年に出版された歌集に収められた原子力に関わる作品群の存在と、2011年3月11日の東日本大震災・福島第一原発の重大事故に、女川原発に近い仙台市に、夫と三歳の子とともに在住していた彼女がとった行動(震災8日後に子を連れて仙台を離れ、西へ西へと避難を続け九州・宮崎の地で暮らして、現在に至っている。)は、彼女の原子力の本質に対する深い把握によるものであることが理解できる。 
 
 筆者は、自身をも含めて、3・11まで、かつて広島・長崎への原爆投下、ビキニの水爆実験による死の灰の被害、日本が原発列島となり核放射能の日常的な放出や各種事故を繰り返してきていたことに、鈍感になっていたことを、自覚しないままに生きてきたことを、痛感する。 
 
 しかし、これまで、このつたない連載で読んできたように、短歌作品もその一環だが、多くの反原発、反核の学者、技術者、思想家、文学者、医学者はじめ多くの人々からの警鐘が、切羽詰って打ち鳴らされていたのだった。それを受け止め切れなかったことを反省することは、いま何をなしているか、なそうといているかを自らに問い、他者に呼びかけることであると思う。 
 
 大口さんは、短歌表現にとどまらず、さまざまに原発問題に関わっていると聞く。第四歌集『トリサンナイタ』の刊行(角川短歌叢書)もすぐである。 
 
 「神のパズル―100ピース」を読んでいきたい。(小見出しは筆者が加えたものであるが、雑ぱくに過ぎたことをお許し願いたい。) 
 
 
◆放射線のさまざま 
 
国境を越えて放射性物質がやってくる冬、耳をすませば 
 
五官では感知しえぬものとして来む、確実に来むと人はささやく 
 
木枯しは牡鹿半島ふきぬけて女川湾に波を立てたり 
 
学校で習はぬ単位、シーベルト、ラド、レム、グレイ、キュリー、レントゲン 
 
大地から宇宙からわれの身体に刺さる自然放射能を意識す 
 
ベランダに小犬を飼へば小犬さへ自然放射線からだに受けて 
 
読みさしの『アトミック・エイジ』膝の上に伏せて鈍色の空を見上ぐる 
 
核弾頭あまた存在する不安を薄めゆく草色のテロリズム 
 
立冬の過ぎて小春日 目閉づれば原子力潜水艦遠くをゆけり 
 
発見後たつた百年無防備な人類を射しくる放射線 
 
 
◆放射線測定器 
 
大いなる砂時計ありいつか世界のガイガー・カウンターの針振りきるる 
 
  2004年11月8日、石巻日赤病院にて、胸のしこりの検査 
「おつぱいの写真を撮りませう」と言はれ放射線科に二時間を待つ 
 
レントゲン写真ペラペラ持ち歩く看護師がゐてドクターがゐて 
 
薄き胸の肉を無理やり挟みこみわれは両胸被曝せりけり 
 
胸部X線撮影(マンモグラフイー)受けたるわれの胸は〇・一五ミリシーベルト被曝せり 
 
 
◆女川原子力発電所を見学 
 
 2004年10月22日、今年度の原子力立地給付金4908円が銀行口座 に振り込まれる。 
どういふ金か理解せぬまま本年もありがたからず受け取つてをり 
 
 2004年10月8日、夫と女川原子力発電所を見学 
コバルトライン走行しつつこの道が避難路とならむ日のことを言ふ 
 
 女川湾には海上保安庁の監視船がつねに停泊。 
海上に白く美しき船浮かびテロ対策の役を負ふかな 
 
 広報課のM氏とS嬢、にこやかに迎えてくれる 
原発に来てなにゆゑかわたくしは『グスコープドリの伝記』を思ふ 
 
まつすぐに指さされわれら入るべきクリーム色の三号機あり 
 
「間違つてもおちやらけたこて言ふなよ」と小さき声で夫に言はる 
 
青きツナギ、厚き靴下、ヘルメット、白き手袋身に付けわれは 
 
熱心な見学者としてわたくしは静かに管理区域の内へ 
 
いくつもの扉をくぐりそのたびにメロディーが鳴る まばたき 
をする 
 
「原発」と「原爆」の違ひ書かれあるパネル見てをり案内を聞かず 
 
燃料プールまぶしく青く見ゆるのは北上川ゆ引かれ来しみづ 
 
流れざる北上川の水のなか燃料棒は神のごと立つ 
 
眼鏡落とさぬやうに幾度も言はれつつ燃料プールを深く覗きこむ 
 
二八六℃の熱を思ひつつわれは原子炉の上に立つたり 
 
廃棄物処理して処理して処理して処理してそののちのことわれは訊 
かざる 
 
ガラス越しに広がれる海、漁業権放棄されたる海黙し見つ 
 
原発を「ピカドン」と呼ぶ住民もゐて東北電力の悩みは深し 
 
安全と思へばゆきしわたくしか新聞記者の夫をともなひ 
 
「原発事故取材安全マニュアル」を夫が持つこと知りをれど言はず 
 
ヨウ素剤服用すべきはいつ 夫が服用するさまを想像しをり 
 
女川より送電線を伝ひきてわれを照らす灯、今消したる灯 
 
原発から二十キロ弱のわが家かな帰りきて灯を消して眠りにつけり 
 
 
次回も大口玲子作品「神のパズル―100ピース」を読み続けたい。大口さんの、原子力問題についての広く多様な視点と、その短歌表現は、読み応えがあると思う。 
(つづく) 


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