2012年07月16日00時04分掲載
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文化
【核を詠う】(56)若狭の歌人・奥本守が原発を詠う短歌を読む(2)歌集『紫つゆくさ』から 「原子炉の内に漏れたる放射能浴びて病む人死ぬ人を聞 山崎芳彦
福井県の若狭湾には、国民の強い反対・抗議の声を「大きな音」としか聞かない野田首相の強権的な再稼働「決断」によってフル操業に入った関西電力大飯原発3号機も含め、15基もの原子炉がひしめいている。もし、ここで原発事故が起きたらとは、野田首相も原発にかかわる関係者も考えないのであろうか。「想定外」のことは、実は想定されることを福島原発の経験は明瞭に示したはずではなかったのか。最近の国会における論議、政府の答弁を聞いていると「安全神話」が、これまでと表現は変っても、聞くに堪えない語り口で語られている。
前回に続いて若狭に在住し、かつて原発建設の作業員として働いた経験を持つ奥本守さんの第一歌集『紫つゆくさ』から、原発について詠った作品を読むのだが、1991年に刊行された同歌集には昭和35年から平成2年までの間に詠われた作品389首が収録されている。奥本さんは昭和6年生まれで、20歳にして短歌結社「まひる野」に入会し窪田章一郎氏の指導を受け作歌に取り組んできた。永い歌歴を持つ歌人である。農業に従事し、その傍ら建設会社に勤め、原発銀座と称されるほど原発が密集していく同地で、原発建設作業員として、多くの原発の建設に従事した。
農業を衰退させる国の農業政策の下で、若狭の農民は苦しい状況に追い込まれ、そこに原発が建設され、「他の仕事をするより、原発の日当はずいぶんと高かった」(奥本さんとの電話での話で聞いた、筆者)こともあって、多くの農民が原発作業員として働いた。
その中で、奥本さんは原発、原子力放射能について、その危うさを認識し、さまざまな事故に遭遇もして、そのことを短歌表現したのである。大飯原発の3・4号機増設に作業員として関わった時期の作品も、この『紫つゆくさ』に数多く収録されている。
『紫つゆくさ』の歌集名は、原発の近くに植えられている、原子力放射能汚染に敏感な植物であることから採った、と奥本さんは「あとがき」に記している。
この歌集刊行は、当時、チェルノブイリの原発事故(1986年)に因り、原発の危険性に対する関心が高まり、また国内のさまざまな原発の事故(高浜原発、美浜原発など)が明らかになって問題視されたことを背景に、地元の新聞、テレビだけでなく多くのマスコミ媒体によって紹介されたのだった。
そのことが原因で、奥本さんは平成3年に原発建設会社から解雇され、その後も原発関係の建設労務者としての仕事に就くことが困難になった。
しかし、奥本さんは、屈することなく、原発短歌を作り続け、第二歌集『泥身』、第三歌集『若狭の海』、第四歌集『生かされて』を刊行し、それぞれの歌集に原発短歌を収録している。その作品も、この連載の中で読んでいきたいと考えている。なお、奥本さんは、第五歌集の刊行を準備中だと言われる。「最後の歌集になるでしょう」と言われる奥本さんの作品に期待したい。
『紫つゆくさ』から(その二)
▼核と共に(四)
よく墜つる自衛隊機ぞ原子炉の低空を今飛びゆく一瞬
原発の空を飛ぶなと知事会はようやくに国に意見書を出す
飛行機の墜落七日に十件を超ゆなり原子炉にわれら働く
墜落の飛行機に耐えうる原子炉を造りて来しかわれら労務者
原子炉の近くに泳ぐ子の未来安全かと問う馬鹿な母おり
売る人と買う人ありて原発に使う不良品世界にはびこる
原子炉の蒸気発生器細管の裂けて放射能どんどん漏るる
放射能もるる細管の亀裂事故十一回目も簡単なる弁解
原子炉に放射能漏るる事故のたび環境汚染はゼロと言い継ぐ
細管の亀裂に漏るる放射能どこへもゆかず消え去りもせず
放射能もるる原子炉を見上ぐる空碧々と澄む天の目を見る
防空壕をまた掘るという人のあり原子炉事故のあるを思いて
原子炉の火を噴く夢に逃げまどう人も車もやがて動かず
原子炉の改造いかになさんとも核燃ゆる限り死の灰はたつ
原子炉の内に漏れたる放射能浴びて病む人死ぬ人を聞く
建設の済まば放射能もるる炉に入りて稼ぐと娘(こ)をもつ君いう
放射能どんどん漏るる原子炉の解体研究をはじむる日本
原発の空碧々と澄み切りて午後より白き雲の生まるる
照明の灯を越えて建つ原発の建物の陰(かげ)巨大にくろし
放射能防護具ひと組六十万円官庁のみに配布と決まる
原発の事故時護身の職員が裸のわれらを指揮するというか
▼核と共に(五)
型枠の外されし室(へや)底深く奈落の穴となりいるを見つ
ヘリポートの着工決まる原発の事故時にさっと逃げ出すは誰ぞ
最高の原子炉と褒め防災策なきを指摘す青き眼の人
原発の防災は先ず指揮をとる職員からと知事の答弁
人心を乱す避難の訓練はせぬという明日は被曝の身やも
事故多く税収落ち込む原発の廃炉をどうする死の灰もまた
原発に働くならば縁を切ると兄に言われて来しという君
大学を卆えて若狭の原発に働く君よ言いたきを言え
長き修理終えて稼働の直前に事故起こりたり老いし原子炉
シンナーの臭いを密室に放ちつつペンキ屋は白を塗り延しゆく
ゴールデンウィークに客をとる為に原発労務者宿を追わるる
原子炉の廃液貯蔵するタンク見上ぐればわれはまことに小さし
階段を磨きておれば人の靴われを跨ぎていくつも通る
原発の防災訓練日決まりたり若狭のわれらそわそわとする
原子炉の鉄骨ドームに日の光る八月六日かげろうはたつ
民衆の批難の中に建ちあがる原子炉薄き鋼板(くろがね)鎧う
原子炉の円筒ドームの鉄兜冠りて批難の声受けむとす
遂にあり原発ま近に大型のヘリ墜つる事故眼の前に起る
原子炉の真近に大型ヘリは墜つ県民騒ぎて国民知らず
原発に真近く地震(ない)の起りうる断層ありいつ動くか知らず
放射能もるる細管に施栓して稼働の原子炉危うしいまも
細管の施栓三割越ゆるとも安全という原子炉は疲るる
鉄筋の仕事終りて失業の今朝は暗きに目覚めておりぬ
保護めがね曇るを拭きて命綱かけ替えて重きサンダー握る
巨大なる箱の中段サンダーの削る火花に人影の見ゆ
放射能もれし細管に施栓して取換え作業を人間がする
原子力事故の賠償三百億円いよよ危険を示しぬ政府は
原発の事故の多きに民の声聞くという役所聞きてどうする
ゼット機の雲巨いなる×(ばつ)の字を残せり若狭の原発の上に
二年余の無災害記録破られて十九歳の青年墜ちて脳死す
吸い込まるる思いに覗く人墜ちし八メートルの開口の穴
人墜ちし床(ゆか)の穴より覗きみる機械と機器の奈落の挟間
原発を造るに死者は計算の上というわれらは身を護るのみ
白衣装に着替えて入りし復水器のチューブ挿入室塵ひとつなし
三重の包装開きて息を呑む銀に輝くチューブ管列
銀光る五萬円のチタン管二本握りて呼吸(いき)ととのうる
五萬円のチューブ一本挿し曲り業者の協議二時間を越ゆ
国があり原発造る業者いて下請け孫請けその下のわれ
仮り吊りの配管無数に犇めきてわれの頭上に空間はなし
原発の大管無数に遊泳のここは宇宙のブラックホール
放射能もるる炉内に働きしかの黒人の生存を聞かず
核の灯を起こすタービンからからと音立てて我を呑みこむまぼろし
人間の英知をあつめて造りいる原発現場に蟻の道あり
原子炉の発電経路地面に画きし安全理論図その足もて消す
金欲に働くわれの裔(すえ)の者核の灯に生き核に亡ぶや
核の灯の消えたる炉よりたつ闇のわれを包みて陸(くが)に拡がる
海へだて岬に並ぶ核の灯の点る民家を包む闇黒
海へだて巨いなる国闇にしずみ岬の灯台核の灯放つ
原発の営業日決まり一年の日はなくわれら残業の日々
労務者はわが身護れと管理者の手伝いてはくれず命綱張る
上に人下にも人の働きいて原発労務者は吊り足場の上
安全を誓いわが身を護りいて今日も負傷者出でし工事場
原子炉の安全神話を信じいる国は汚染の海を語らず
原子炉の近き広場に労務者の血を採ると来しこの献血車
血を受くるは誰ぞ原発労務者のわが献血のくろく澱めり
原発建設の作業員として、原発にかかわったことにより、いくつもの事故に遭遇し、原子炉とその付属施設や機器の構造的な問題点、原発運営、規制のあり方に危うさを感じ取りながら、それを短歌表現し続けた奥本さんは、いま「原発建設に関わったことに忸怩たる思いもある」と言われ、「原発は廃炉にしていかなければ、危険はどこにもある」とも言う。
奥本さんの、『紫つゆくさ』に続く歌集の作品には、さらに原発をめぐる具体的な危険性の告発ともいえる歌が続く。
次回には奥本さんの第二歌集『泥身』の原発短歌を読みたい。
なお、歌集『紫つゆくさ』の「あとがき」で奥本さんは、「この歌集の一つの目的は日本の人達に核燃料炉の危険な実態と国の防災対策が無きに等しい現状を熟知して頂きたいことです。これからの原発は(地元では原電と呼んでいます)どうあるべきか、安全性はあるのだろうか、廃炉の決断を誰がするのか、その処置は出来るのだろうかなどいろいろな問題を真剣に考えていただきたいと思います。・・・国や県がいくら原発が安全に運転されているといっても、生殖過程の早い紫露草は原子炉より外に漏れている微量の放射能に汚染され、突然変異の形態を見せて、年を経るとともに奇形化しあらゆる生物の未来を予言していると言われています。この紫露草の警鐘を謙虚に聞かないと取り返しのつかないことになるのではないかと思います。」と記している。改めて、1991年刊行の歌集であることに、筆者は、わが身を責められる。「お前は何をしていたか」と。
(つづく)
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