2012年07月17日16時39分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(57)原発銀座で詠う若狭の歌人・奥本守歌集『泥身』から原発短歌を読む(1)「絶対にないと言われし細管のギロチン破断す美浜二号機」  山崎芳彦

 若狭の原発歌人、奥本守さんの第二歌集『泥身』(平成9年6月、ながらみ書房刊、絶版)に収録されている原発短歌を読む。前回まで二回にわたって奥本さんの第一歌集『紫つゆくさ』(平成3年3月刊)の原発にかかわる作品を読んだが、『泥身』にも多くの原発短歌が収録された。歌集の「あとがき」で奥本さんは次のように書いている。 
 
 「『紫つゆくさ』を出版してから六年余の歳月が過ぎました。・・・『紫つゆくさ』は原発歌集と名付けられ、小さい波紋を広げましたが、今も、原発事情は変っていません。“原発銀座”と呼ばれる若狭の原発密集地帯に生活している私は原発問題を避けて通ることは出来ません。/また戦後五十年を経て、日本人の歩んで来た道を考えました。地球上に戦争がたえず、飢餓や地震、洪水等天地異変が起るのは何を意味しているのだろうか、不安や疑問は次々と湧きます。(昭和六十一年歌壇展望で塚本邦雄は『短歌というものは一種の予言であるべき性質を持っています。』と不安は予言につながることを示唆しています)」 
 
 奥本さんの短歌を読みながら、とりわけ原発にかかわる作品を読みながら、このような奥本さんの作歌についての思いに、筆者なりの感慨を深くするが、同時に、歌集名の『泥身』(集中に、「汚れいる<わたし>に会いし人は皆傷つきていんわれは泥の身」という一首がある。)に、奥本さんの自己観照と、向かい合う生の現実に対する真率な姿勢を思う。この歌集を出版する準備をしているさなかに、ご子息を交通事故で喪うという悲しみにあわれたが、歌集出版について生前のご子息に相談され「反対しませんでしたが、黙っている心の内は判っていました。第二歌集には家族詠は出さないと心に決めました。」と述べているが、作歌と作品の発表が、作品の内容によっては、複雑で深刻な波紋を呼び、自身だけにではなく及ぶ。 
 
 原発立地地域に生活し、自らも、原発の建設作業員として従事した奥本さんが、原発の危険性や、事故の実態、作業員の実態などに関する短歌を詠いつづけていることに、筆者は敬意の念を持つ。 
 
 原発をめぐって、さまざまな問題が噴きだした時期の作品が詠われている。思えば、日本における原発は、1966年に東海村の商業炉が稼働して以来、たかだか50年足らず、電力を供給してきたに過ぎないのである。事故を多発し、取り返しのつかないカタストロフェを惹き起こしかねない、いや実際に福島原発事故が起きている、原発を国策として推進し「原発なくしてエネルギーの安定供給は無い。」という虚妄かつ脆弱な社会を絶対視してきた結果が、現在なのである。巨大な産業、水ぶくれし圧倒的多数の国民を豊かにも幸福にもしない経済、社会構造、「グローバル化」を呪文のように唱え人々を苦しめる論理が横行する時代を、原子力文明は牽引して来た。しかし、繰り返すが、たかだか50年である。原子力がなければ人間は生きられない、などということが出来るはずはなく、逆に、原子力に依存して人間の未来は無いと言うべき時に来ている。 
 
 そう思いながら、奥本さんの短歌を、筆者は読んでいる。 
 
 今日、東京・代々木公園で開かれた「7.16さようなら原発10万人集会」に参加してきた。筆者は、一人で参加したのだが、大きく盛り上がる会場の片隅にいて、ふと、これまでこの連載で詠んできた短歌の作者、すでに故人となられた方も少なくないが、のことを思っていた。その人たちとともに「さようなら原発、さようなら原子力」を呟くようにだが、声に出していた。 
 
 この日、全国各地でも多くの反原発、脱原発、さようなら原発の集会や、電力会社への要請行動、学習会などが開かれている。原子力文明の社会から、新たな、人間の生命、生きとしいけるものの生命に添い、さまざまな自然災害からも出来るかぎり人の生活、命が守られる社会を構築していかなければならない、その地点に私たちは立っている。そう思った。 
 
 
 歌集『泥身』の原発短歌(その一) 
 
▼解雇(平成2年5月〜3年9月) 
 
核と共に(一) 
 
タービンの建屋は大蛇(おろち)の巣と化して原子炉蒼き火を噴かんとす 
 
大小の配管つなぎ延ばされて頭(かしら)みえざる蛇と化しゆく 
 
配管の洗滌検査に走る水すさまじきまでの唸りをたつる 
 
設計者製作所は誰ぞ鉄柱の桟(かけはし)はずれ人墜落す 
 
原発の事故には庁省の眼をつむる書類作られ事実を告げず 
(事故とはSG細管の損傷、配管の減肉による亀裂、冷却材ポンプのボルトのヒビ割れ等。) 
 
チェルノブイリ原発閉鎖の議決聞く日本に廃炉の決断はなし 
 
原発はお化け屋敷だぶっ倒せと大声あげて眼覚めて坐る 
 
冷蔵庫テレビ電灯点(つ)け放し人ら死の灰積もるも知らず 
 
放射能沁み入(い)れる蒸気発生器取り換えるは誰ぞ捨てるはいずこぞ 
(蒸気発生器。一基の中に細管が3260本) 
 
原子炉の蒸気発生器取り換えても制御棒の摩耗はつづく 
(制御棒。炉心挿入管、核分裂の連鎖反応を制御する。大飯1号機で58本のうち18本が損傷し貫通寸前の管もあった。経年劣化は想定されていないという。) 
 
原発の定期検査(ていけん)機器に及びいて炉心のカルメラ化防止は出来ず 
(炉心。原子炉圧力容器の炉心から出る中性子が炉壁の金属に激しく衝突し、前触れもなく破壊される可能性があるという説あり。) 
 
被曝する炉心弱りて崩壊の時を算出する人はあらず 
 
蒸気発生器(SG)の損傷細管に施栓(せせん)せし炉に怯ずるなく運 
転続くる 
 
原子炉の損傷多発に黙しえず京阪神に反対運動起る 
 
落下事故転落死事故相つづく原発現場緊張の日々 
 
原発の賛否両論続きいて炉に死の灰の静かに積もる 
 
 ▼美浜二号機事故 
(平成3年2月9日、美浜2号機に事故発生。定期検査で絶対安全だと伝えられていた蒸気発生器の細管が突然破断し、放射能汚水が大量に漏洩、緊急炉心冷却装置が作動し原子炉停止。) 
 
健全なる蒸気細管突然に破断の事故が身近に起る 
 
絶対にないと言われし細管のギロチン破断す美浜二号機 
 
細管の破断に放射能汚染水数十トンがどくどくと漏る 
 
安全はまぼろしなるか信じ来し炉に大量の放射能もるる 
 
健全なる細管破断し安全の神話と言うは音たて崩るる 
 
炉心冷却装置(ECCS)が作動し止まらねば炉は爆発をしたかも知れ 
ず 
 
爆発の寸前にまで原子炉は沸騰せしか細管破断す 
 
破断せし蒸気発生器(SG)細管抜き取りの作業に被曝者幾人か出づ 
 
細管の振り止め金具の不備による破断事故とぞ危険を言わず 
 
 
 核と共に(二) 
放列のカメラの前にスターにはあらぬ労務者見張られている 
 
原子炉を止める以外に安全はなしと聞かさる労務者われら 
 
定年となれば退職する人のように原子炉停年が欲し 
 
口のなき子も脚多き子牛らも生れくる被曝地帯若狭かも知れず 
 
 
解雇 
田植終え勤務(つとめ)先なる原発に来しわれ解雇を告げられて立つ 
 
原発の歌集出ししを憎みてか雇用者われの職を奪いぬ 
(歌集『紫つゆくさ』) 
 
わが歌集紹介のテレビに写りいる顔はまさしく老農の顔 
 
原発を語るわが顔疲れいてテレビは解雇の日を報道す 
 
 
 ▼高速増殖炉原子炉「もんじゅ」考 
原子炉に「ふげん」「もんじゅ」と菩薩の名付けし魂胆笑えぬわれら 
 
窓のなき固体廃棄物貯蔵庫の暗き足場の階登りゆく 
 
壁厚く窓なき大き室(へや)を掃く固体廃棄物ここに積まれん 
 
鳶三羽餌をやる人を覚えしか昼どきを舞う原発上空 
 
投げ上ぐる餌をすばやくも捕え食う親子三羽の鳶を見ており 
 
七十米離れたる樹にとまりいし鳶はわが手の肉に翔び来る 
 
建設中の炉内に迷い入りし猫追われし果ての死体を拾う 
 
「野良猫を捕えよ鳶に餌を遣るな」声あらだてる課長の訓示 
 
十三戸漁業の村に高速炉工事建屋の続々とたつ 
 
科学庁長官社長部長らのサイン旗カプセルに百年を生きんか 
 
日は暈をかぶりて昼をうす冥しやや俯きて飯食うわれら 
 
管理棟のスラブ鉄筋組みおれば「もんじゅ」のテストはじまる声す 
(もんじゅ。プルトニウムとウランの混じった燃料集合体、198体が炉心に入る。プルトニウムに核分裂を起こさせる一方、ウラン238が中性子を吸収してプルトニウムに変る。使ったプルトニウムが増える。。) 
 
蒸気吐く大管口より聞こえくるテストの秒読みいま途切れたり 
 
プルトニウム使えば増える原型炉いつ大事故が起きるか知らず 
 
流れ出る汗の雫のたるるシャツ風よ吹き来よわれに涼しく 
 
冷房の室(へや)に茶を飲む人らを見る窓辺の暑き足場に目まいして 
 
 
 若狭の原子炉 
原発を良しという人おそろしき被曝を知らず児孫を思わず 
 
原発の停止立法はやく成れ老化は秒の単位に迅し 
 
原発に雷(いかずち)落ちて全機能自動的に停止をしたる 
 
蒸気発生器(SG)の修理ほどほどに原子炉は稼働す営業優先露わに 
 
危機感をもたず老朽の原子炉を日本は使い続けてゆくか 
 
トンネルの穴の向こうに原子炉の白き円筒小さく見ゆる 
 
賛成も反対も今はいかにせん若狭の原子炉疲れ果てたり 
 
自動車に内蔵する翼(はね)付けて欲し原発大事故に飛びて逃げたく 
 
原発を詠まれては困るかここ「もんじゅ」歌詠むわれに解雇を告ぐる 
 
原発の歌詠みつげと人は言う疲れてわれは言葉呑むのみ 
 
 次回も『泥身』の原発短歌を読んでいきたい。 
(つづく) 


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