2012年08月28日18時18分掲載
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エマニュエル・トッド著「自由貿易は民主主義を滅ぼす」
欧州はユーロ危機で新車の販売も落ち込み、世界の自動車メーカーの欧州事業は打撃を受けている。失業率も高まり、失業手当で食いつないでいる人たちには新車を買う余裕はなかろう。そして欧州需要の落ち込みが中国など途上国の製造業や日米など先進国の製造業にも暗雲を投げかけている。こうして先進国での需要の落ち込みがやがては途上国にとってもダメージとなっていく。
歴史人口学者エマニュエル・トッド氏は今世界に必要なのは自由貿易ではなく、保護貿易だとする。と言っても自由貿易を完全に否定しているわけではなく、つまり貿易の利点を認めながらも、現在の危機を乗り切るためには保護貿易しかないと言うのである。トッド氏は世界の危機の本質が「需要不足」にあると診断する。
リーマンショックまではそれでも(虚偽の)繁栄を維持できた。その理由はアメリカが主にアジアからの借金によって、世界の消費(需要)を下支えしてきたからである。だが、米国のバブル崩壊に伴い、そのいびつな構造はもはや有効性を失ってしまう。
保護貿易を擁護する本書の骨子は保護貿易を行うことで欧州の労働者が労賃の安い途上国の商品と競争を余儀なくされずに済むことにある。途上国との賃金競争を避け、先進国の労働者の労賃を上げることができれば労働者は手もとに可処分所得が残るのだから、物を買う需要も生まれる。それは日本のメーカーにとっても中長期的にはプラスになるはずだ。しかし、欧州連合の指導者たちには保護貿易を行うビジョンがないばかりか、自由貿易を疑うことすらないという(トッド氏は住民の知性の指標である欧州政治家の知性が低下していると指摘している。その理由は先進国がピークを越え、教育においても下降を始めたことにある)
必要なのはたとえば欧州域内で協調的に行う保護貿易であるという。何にどれくらいの関税を課すか、といったことを一国だけでなく、地域経済圏の中で他国と協調しながら決めるべきだとするのである。今のままの自由貿易が続けば、世界が賃金競争に巻き込まれ、労賃は下がる方向で、世界全体が疲弊していくと説く。つまり、世界全体の需要が低下していくというのだ。たとえば90年代に世界の工場として登場した中国も人件費が上がってくると工場がさらに人件費の安い途上国へと移転していくのを避けられない。世界経済が常に過酷な低価格競争にさらされている限り、総需要の低迷は避けられないとトッド氏は指摘する。
「1つの企業が、国内市場よりも、世界市場を念頭に置いて生産するとどうなるか。そこでは、自国の労働者の給料は、単なるコスト、労働コストにすぎなくなる。世界市場向けに生産する企業にとっては、労賃は安い方がよいに決まっている。したがって、労働者の労賃を下げたり、国外に生産拠点を移すわけです。こうした現象が、すべての先進国で起こっている」
国内の需要を維持するためにはどの程度の労賃を維持しなくてはならないか、そうした一国全体の経済を考えることが経営者にはできなくなりつつある。また政治家も官僚も、そうしたことを私企業の経営者に投げるのみである。90年代以後、アメリカでも日本でも経営者が考えてきたのは生産性を上げることであり、労働者=住民の需要を上げることではなかった。90年代にもっとも生産性を上げた主要な方法は労働者の雇用を減らすことであり、残った労働者の賃金を下げることだった。現在の自由貿易を続ける限りこの傾向はさらに続いていくだろう。
富裕層は一定以上の富を消費に充てることもなく、使途のない資金が一部の人間のもとに滞留することになる。これは格差を拡げ、やがては民主主義を脅かすことになるという。トッド氏は保護貿易だから排他的だというのは誤りだとする。むしろ自由貿易の方が世界に対して過酷な競争を仕掛けるのだから、排他的だというのである。その証拠に自由貿易をスローガンとしてきた米国が世界各地でどれだけ戦争を起こして来たか振り返ってみればよいという。
■「自由貿易は民主主義を滅ぼす」(藤原書店)
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