2012年08月30日20時16分掲載  無料記事
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スポーツ

パラリンピックと周辺 障害者をめぐる環境は変わるだろうか?

 ロンドン・パラリンピックで、障害者をめぐる環境は変わるのだろうかー?これがパラリンピックの開催地英国で盛んに議論されるようになった。(ロンドン=小林恭子) 
 
 今大会には史上最大となる約160の国・地域の約4200人が参加し、9月9日まで熱戦を繰り広げる。 
 
 29日、開会式が開始される数時間前のイベントで、元パラリンピック参加者の男性と話す機会があった。 
 
 聖火リレーを応援し、パラリンピックを盛り立てようというイベントには、パラリンピック関係者、英国の観光業関係者、文化フェスティバル運営者、メディアが集まった。 
 
 体格のよい男性が、談笑の輪の真ん中にいた。濃紺のさっそうとしたスーツ姿で、少し日に焼けている。ストライプのシャツに水玉のタイも格好よい。 
 
 アラン・ウェザリーさんは元パラリンピック参加者でロンドン在住。視力に障害があって、よっぽど大きな字でなければ読書は不可。紙に書かれた文章を読むには、片目のレンズがふさがれている特製めがねをかけて、紙に顔をくっつけるようにして読む。片目のレンズが曇りガラスのようになっているのは、「実際にほとんど見えないので、もう1つの見える目に集中するため」だという。 
 
 ウェザリーさんを囲む数人はどのように見えるのだろうか?「大体の色や形は見えますが、細かいところまでは見えません。複数の色が手前にあって見えなくなるのです」。 
 
―いつから視力に障害が出たのですか? 
 
 ウェザリーさん:9歳からです。ある朝、眠りから覚めてみると、いろいろな色が眼前に見えだしました。それが今でも続いています。遺伝性視神経症という病気です。私の家族で目が悪い人はいないのですが。 
 
 どんな影響があるかというと、文字を読むときは、目にくっつくほど近くに置かないと読めません。外を歩くときは、たくさんの色が一度に見えるので、周囲の状況の判断が難しくなります。ですから、杖を持って歩いています。 
 
ーパラリンピック選手でいらしたとのことですね。 
 
 英国代表陸上選手としてパラリンピックに参加したのは1980年で、1981年の視覚障害者が参加する欧州陸上選手権では100メートルで銅メダルをとりました。マラソンにも14回参加しています。10回はロンドンマラソンで、ニューヨークやボストンマラソンにも出ました。 
 
 大学ではスポーツとレジャーを勉強しました。視覚障害者を助ける組織RNIBなどで働いた後、現在は児童や若者を対象としたスポーツ振興に力を入れています。 
 
―いつからスポーツを? 
 
 スポーツは10代のころから親しんできました。もっとも好きなスポーツは、視力障害者のテニス(ブラインド・テニス)です。いくつかの選手権のシングル部門で優勝もしています。 
 
 2007年、日本から視覚障害のテニスの選手たちが来ました。そして、どうやってプレーするかを教えてくれたのです。私たちはとても感動しました。特に、全盲の故・武井さん(*武井実良さん、本名は武井視良さん)という日本の方です。特殊なボールの開発に大きな貢献をした、ブラインドテニスの創始者です。日本では、全盲あるいは視力に一部障害のある人が参加している、いくつものテニスクラブがあると聞いています。この中の人たちが英国に来て、私たちに教えてくれたのです。 
 
 ここ4−5年、私は視力障害者のテニスをやっていますが、元は日本からやってきたボールを使っています。音が鳴るボールです。 
 
 2010年、私は日本に行く機会がありました。日本のコーチや選手たちに会って、ブラインドテニスの教え方を学びました。 
 
―今もテニスを楽しんでいるのですか? 
 
 もちろんです。毎週金曜日にやっていますし、土曜日には北西部で選手権があって、勝ちました。 
 
―ウェザリーさんは、一見したところ視力に障害があるようには見えません。どうやって日常生活を行うのでしょう。 
 
 いくつかできることがあります。まず、私には視覚障害があるといいます。そして、助けを求めます。歩き回るときには杖を使っています。 
 
 ロンドンがいいと思うのは、バス、電車などで説明の音声が出るようになっているところです。次がどこの駅かなどが分かります。駅員さんたちも、障害者をどう扱ったらよいのかを知っています。こうしたことで、助かっています。 
 
 特殊なめがねを使って、字をものすごく顔に近づけないと見えません。ほかの人は私がこんなめがねを使ったり、杖を持っているので、ああ、と気づいてくれます。 
 
 それでも、視覚障害があるということを随分と長く説明しなければならないときもありますよ。ほとんどの場合、皆さんは理解してくれているし、「何かできることはありませんか」と聞いてくれますが。 
 
 今は、視覚を失うことへの理解が深まっています。英国では、視覚になんらかの障害を持つ人が200万人ほどいると聞いています。視覚障害について知ってもらうことが大切です。 
 
 私がそのためにやっていることとして、例えば休暇で、美術展などに行くとしましょう。そこで、自分も含めた障害者のためにどんなサービスがあるかを確認するようにしています。 
 
―パラリンピックに参加したくても参加できないほど重症の障害者がいると思います。自分にはできない、関係ないとして、疎外感を感じている人も多いのではないでしょうか? 
 
 11日間にわたるパラリンピックは、確かにエリートの、トップの力を競うものです。しかし、私たちが忘れてはいけないのは、楽しめるスポーツやそのほかの余暇としての活動がたくさん提供されているということです。世界一を競うようなエリートスポーツができなくてもいいのです。 
 
 今日も、聖火リレーがありますね。障害があっても、例えば参加することで、自分がパラリンピックの一部となってゆきます。 
 
 障害の原因は病気や事故かもしれません、兵役によるものかもしれません。ゼロからの出発になります。周囲の支援と助けで、何かを成し遂げることができるようになります。 
 
 私のメッセージは、何でも可能だということ。時として、少し違うやり方をしなければならないかもしれませんが、すべてが可能になるということです。 
 
―意識を変える研修 
 
 イングランド南東部で、「ウェルカム・オール(すべての人を歓迎する)」というサービスを提供する組織で働くリチャード・グレイさんも、イベントに参加した一人だった。 
 
 グレイさんは、ホテル、レストラン、小売店などのサービス業や企業で働く人を対象に、「障害者に対する意識を高める」セミナーで教えている。 
 
 そのプログラムを見ると、「すべての人が一人の個人である」「目に見える、そして目に見えない障害」「バリアを取り除く」などの項目が入っている。「温かく迎える」「車椅子を使う人への注意事項」「アクセスしやすい食サービス」なども。 
 
 グレイさんによると、今のところ、教えるセミナーで「障害者」というのは「車椅子を使う人」を想定している。「将来的には、もっと広げないといけないんですが」。 
 
 パラリンピックがあるということで、「2、3年前から、需要が急激に増えました」。来年以降は、「反動で減ると思います。また増えるとは思いますが」。 
 
 セミナーに参加して、障害者に対する意識を変えてもらい、誰もがより生活しやすい環境を作るのが狙いだという。「セミナー参加者の反応は上々です」とグレイさん。自分がやっているからそんな答えが返ってくると解釈もできるが、実際に「たくさんのことを学んだという人が多い」という。 
 
 しかし、「本当の問題は、こういうセミナーに来てくれないビジネスマン、ビジネスウーマン、経営者たちです。こうした人たちが大部分なのですから」−。 
 
―善玉と悪玉? 
 
 BBCの夜のニュース解説番組「ニューズナイト」では、自分自身が視覚障害者のピーター・ホワイトがパラリンピックと障害者の生活が変わるかどうかのリポートを行っていた。 
 
 この中で、障害者支援の組織「スコープ」のアリス・メイナードさんは、「世間では、障害者は手当てを不当に受け取っているという悪いイメージがある。パラリンピック開催で障害者の世界が大きく変わるわけではないが、(政府による)障害者手当てのカットなど厳しい状態に置かれていることを分かってもらえるのではないか」という。 
 
 障害者で女優のリズ・カーンさんは、「障害者が2つのグループに分離することを懸念する」という。「パラリンピック開催に向けて、素晴らしい競技を行う、人間を超えた存在=スーパーヒューマンとして障害者が描かれた。その一方で、障害者手当てを不当に受け取る悪いやつ、というイメージもある。大部分の人はどちらでもないのに」。 
 
 メダル11個を獲得した、車椅子のタニー・グレイ=トンプソンさんは、「パラリンピックは、御伽噺の妖精の粉のようなもの。これがずっと続くわけではない」。閉会後に障害者をめぐる環境が大きく好転するかどうかについては、「議論の余地がある」。 
 
 しかし、パラリンピックは「人の心を広げると思う」とグレイ=トンプソンさんはいう。これまではネガティブなイメージを障害者に対して抱いていた人が、「こんな素晴らしいスポーツができる」という見方を持てるようになるからだ。 
 
 これまで何度かパラリンピックの取材をしてきたホワイトは、「パラリンピックではいつも、障害者問題に焦点が当たる。でも、問題意識は時間がたつにつれて、消えてしまう」と述べて、リポートを終えた。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より) 
 
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 (*ブラインド・テニスの発案者武井さんの話や発祥までの経緯は日本ブラインドテニス連盟のウェブサイトなどに詳しい。)http://homepage2.nifty.com/JTAV/ 


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