2012年09月01日13時58分掲載
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検証・メディア
消費税上げをめぐる朝日記者対論 「増税は深刻な事態招く」に軍配 安原 和雄
同じ新聞社内の記者が実名で賛否を論じ合うのは珍しい。朝日新聞は消費税引き上げを巡って記者対論を実践した。批判派は「消費増税は深刻な事態を招く」と論じ、一方容認派は「消費増税を先送りする口実は、もう許されない」と譲らない。
私自身、現役経済記者時代には覆面座談会は何度も試みたが、そういう紙面作りから大きく踏み出して、消費税問題担当のベテラン記者が名乗りを上げて議論し、賛否の主張を明確にする姿勢は評価に値する。私としては批判派に軍配を挙げたい。
朝日新聞(8月29日付)が消費税引き上げについて新しい紙面作りを試みている。題して「消費増税どう考える 本社論説委員と経済部デスクが議論」で、引き上げ賛成派は田中雄一郎・論説委員、反対派は大海英史・経済部次長(デスク)。
議論の主な内容は「家計への負担」、「景気への影響」、「今後の見通し」などで、以下、見出しと議論の大意を紹介する。なお(1)(2)(3)の見出しは紙面上のそれと同一とは限らない。
(1)デフレ下の増税は深刻な事態招く(反対派・経済部デスク)、もう先送りは許されない(賛成派・論説委員)
経済部デスク:社会保障の維持と財政再建は必要だが、「まず消費増税」でいいのか。国民の暮らしの目線から考えると、問題が多すぎる。
まず多くの家庭が負担増に耐えられるのか。大和総研の試算を紹介したい。4人家族で年収500万円の場合、消費税率が10%になった後の2016年は11年に比べて年間約33万円も負担が増える。この金額は給与が1カ月分なくなるほど重い。75歳以上の夫婦で年収240万円なら約14万円の負担増だ。
論説委員:最も気にかけるべきは、働く現役世代のうち、中・低所得の家庭への影響だろう。経済を活性化して所得を増やし、無職や非正規労働の人たちがしっかりした仕事につけるよう経済・雇用政策が重要だ。規制緩和の徹底や予算配分の見直しが不可欠だ。
経済部デスク:増税よりもそちらが先ではないのか。
論説委員:政府の取り組みが不十分なのは、その通りだ。でも逆に尋ねたい。いつになったら増税できるのか。「まず経済を立て直せ」、「行政改革でムダを削るのが先」との主張はもっともだが、増税を先送りする口実にもなってきた。もう許されない。
日本の財政状況は、危機に見舞われた欧州各国よりもひどい。「日本の国債は日本の金融機関が主に買っているから大丈夫」と言われるが、ひとたび危ないとみれば容赦なく売るだろう。国債が急落して金利が上昇すれば、暮らしも財政の立て直しもますます苦しくなる。だから社説では「経済再生、行革と増税を同時並行で進めよ」と主張している。
経済部デスク:消費増税が財政再建につながるということ自体が疑わしい。増税で景気が悪化すれば、税収が減るおそれがある。(中略)国内ではデフレが続いている。特に地方は工場が撤退して雇用が失われており、増税は深刻な事態を招く。
(2)歳出削減の計画を示せ(経済部デスク)、最大の弱者はツケを回される将来世代(論説委員)
経済部デスク:負担増を国民に求めるなら、歳出削減について基本計画を立て、毎年の借金(国債)をこれだけ減らしていくという約束が欠かせない。そこを決めずに増税すると、税収が増えた分だけ都合良く使う「財政のモラルハザード(規律の欠如)」が起きる。心配していたら、案の定だ。
論説委員:民主、自民、公明3党がそろって公共事業の拡充に動き出したことだね。
経済部デスク:そうだ。消費増税は借金を減らすのが大きな目的なのに、法律の付則に「増税で財政にゆとりができた分、防災などの分野に資金を重点的に配分する」という項目が入った。
論説委員:防災は重要だが、各党の姿勢は「はじめに金額ありき」。近づく総選挙への対策なのだろう。民主党政権も、整備新幹線の新規着工や高速道路の凍結区間の工事再開など、大型事業を次々と決めてきた。バブル崩壊後の景気対策で公共事業をやみくもに増やし、財政の悪化を招いた反省はどこへいったのか。またばらまくのなら、消費増税などしない方がましだ。
経済部デスク:だから安易に増税を認めちゃだめなんだ。
論説委員:歳出の見直しといえば、最大の課題は国の一般会計予算の3割、26兆円余りを占める社会保障費だ。高齢化に伴い毎年1兆円前後増えていく。どう考えるか。
経済部デスク:年金や医療、介護などの将来像をはっきりさせ、「これだけのお金が必要だから増税したい」と訴えるべきだ。社会保障費は抑えざるをえないだろうが、将来像がなければどうなるか。来年度の予算編成では生活保護費が削減の標的にされている。日本医師会と切り結んでも診療報酬を下げるという覚悟は示さず、結局は削りやすい弱者にしわ寄せがいく。
論説委員:その点は私も懸念する。最大の弱者は、声も上げられず、私たちが使うお金のツケを回される将来世代だ。
(3)消費税は社会保障財源にふさわしい(論説委員)、裕福な人にもっと負担して貰う(経済部デスク)
論説委員:消費税は、誰もが消費に応じて負担すること、その結果、税収が安定していることが特徴だ。だから皆で支えあう社会保障の財源にふさわしい。
経済部デスク:消費税以外の税が手つかずなのが問題だ。具体的には所得税や相続税の扱いだ。収入や財産が多い人が税金も多く払う。それが社会保障に回り、お年寄りや収入の少ない人たちを支える。そうした「再分配」機能が重要だ。
論説委員:消費税には、所得の少ない人ほど負担割合が高くなる「逆進性」がある。それを補うため、他の税による再分配が欠かせないのは確かだ。
経済部デスク:消費増税で中・低所得者の生活は苦しくなる。ゆとりある人の増税を避けるのは不公平だ。
論説委員:所得税と相続税の強化は賛成だ。ただ、「社会保障の財源は所得税や相続税でまかなえばよい」との意見には注意する必要がある。消費税5%分、13.5兆円の税収を得るには、所得税ならすべての納税者の税率を2倍にしなければならない。相続税は税収自体が1.4兆円ほどにすぎず、やはり限界がある。
経済部デスク:消費増税はいずれ避けられないと思う。しかし国民が納得できる手順を欠いたまま、「決める政治」と言われても信頼は得られない。消費増税の前に、既得権益に切り込んで歳出を減らす。裕福な人にもっと負担してもらう。そうしないと政治不信がますます強まり、負担増は難しくなる一方だ。
論説委員:国と地方の借金残高は1千兆円に近づき、我が国の経済規模の2倍。10%への消費増税でも財政再建は道半ばだ。増税が遅れると、その分、将来の負担が重くなってしまう。もちろん、歳出の見直しや税収増につながる経済活性化策に政府がどこまで踏み込んでいるか、しっかり目を光らせていく。
<安原の感想> 反「新自由主義=市場原理主義」に軍配
ユニークな社内記者対談である。しかも相反する意見の持ち主、すなわち「新自由主義=市場原理主義」派と反「新自由主義=市場原理主義」派による言論戦である。どちらに軍配を挙げたらいいのか。私(安原)としては、やはり後者の反「新自由主義=市場原理主義」派を支持したい。言い換えれば、論説委員説よりも経済部デスクの主張に親近感を覚える。
まず論説委員は消費増税に関連して以下のように指摘している。「新自由主義=市場原理主義」の合い言葉は「規制緩和」と「増税」である。まず増税を、の印象が強い。
・規制緩和の徹底
・いつになったら増税できるのか。
・増税を先送りする口実は、もう許されない。
一方、経済部デスクは消費増税について次のように主張している。
・「まず消費増税」でいいのか。国民の暮らしの目線から考えると、問題が多すぎる。多くの家庭が負担増に耐えられるのか。
・来年度の予算編成では生活保護費が削減の標的にされている。結局は削りやすい弱者にしわ寄せがいく。
・収入や財産が多い人が税金も多く払う。それが社会保障に回り、お年寄りや収入の少ない人たちを支える。そうした「再分配」機能が重要だ。
・消費増税の前に、既得権益に切り込んで歳出を減らす。裕福な人にもっと負担してもらう。そうしないと政治不信がますます強まる。
反「消費増税」のキーワードは「国民の暮らしの目線」、「家庭が負担増に耐えられるか」、「弱者にしわ寄せ」、「収入や財産が多い人が税金も多く」などである。こういう視点を大事と考え、実践や変革に移す工夫をするのが反「新自由主義=市場原理主義」にほかならない。
*「安原和雄の仏教経済塾」の転載
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