2012年09月03日22時21分掲載
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文化
テレビを見る 信友直子
NHKのドキュメンタリーで久々に号泣しました!
これを書いてる今もまだ胸がいっぱい。。。
「我は勇みて行かん
;松本幸四郎“ラ・マンチャの男”に夢を追って」
先日1200回公演を突破したミュージカル
「ラ・マンチャの男」に挑み続ける
松本幸四郎さんを追った作品です。
私、20代前半の頃
このミュージカルに背中を押されて
テレビの仕事に飛び込んだんですよね。
当時の自分の心模様を
20数年ぶりにありありと思い出しました。
その頃、大学を卒業した私は
森永製菓に入社して
広告部でコピーライターをやっていたのですが
テレビの番組制作の仕事をしたい!という思いが
日に日に強くなっていたのです。
それにはいろんな理由があって…
入社1年目の秋に森永事件になって
森永製菓のOLとして取材される経験をして
(たしかNHK特集だったな。。。)
取材して番組にまとめるという仕事に
すごく興味を持つようになったこと。
森永事件が収束してからは
クライアントの広告部員として
CM撮影の現場に立ち会うたびに
「作っている人の方が面白そう!
こうやってただ
立ち会いと称して座ってるだけの人じゃなくて
実際に汗を流して
自分の思いを形にして
ものを作る『表現者』になりたい!」
と思うようになったこと。
いろんな思いが重なって
テレビ業界への憧れが強くなっていったのが
24歳の時です。
だけど
大企業を辞めるのは怖かったし
コピーライターの仕事もおもしろかったし
なかなか踏み切れない自分もいました。
そんな煮え切らない自分を
最終的に決断させてくれたのが
「ラ・マンチャの男」だったのです。
劇中の主人公セルバンテスの台詞。
今でもそらで言える。
「最も憎むべき狂気は
あるがままの人生に折り合いをつけて
あるべき姿のために闘わないことだ」
これを聞いて何度涙を流し
何度自分を奮い立たせたことか。
たぶん森永製菓に辞表を出すまでに
「ラ・マンチャの男」10回以上見に行ったと思う。
そして未知の海に飛び込む決意をした。
安定ばかりを考えて
やりたいことをやらないままだったら
死ぬ時に後悔するんじゃないかと
思ったんですよね。
このままだと
臨終の床についた時に
「私ホントはテレビ番組を作ってみたかったのに
結局やれないままだったなあ。
やってたらどんな人生だっただろう」
と思ってしまう。。。
死ぬ前にそんな気持ちになるのは
絶望的だなあと思ったんです。
だから一歩を踏み出した。
それが正しかったのかどうかは
わかりません。
森永製菓にいた方が
安定していたのは事実でしょう。
働き続けていたら
いわゆる「生涯賃金」も多かっただろうし
普通に結婚をして
子供が生まれて
今頃は子供の就職の心配をしてたかもしれない。
でも
私は今もし死ぬことになったとしたら
「ホントはやりたいことがあったのに…」
っていう後悔だけはしなくてすむと思います。
それってけっこう
しあわせなことなんじゃないかな?
信友直子(TVドキュメンタリーディレクター)
■「我は勇みて行かん」〜松本幸四郎「ラ・マンチャの男」に夢を追って〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201208250806516
■「おっぱいと東京タワー」がニューヨークフェスティバルで銀賞に輝く
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201103271707090
■【テレビ制作者シリーズ】(10) ふとした言葉が伝える心模様を描き出す信友直子ディレクター
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201003060001216
■信友直子ディレクターの新作 「アイドルの家〜涙の数だけ抱きしめて」
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201205140222291
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