2012年11月13日07時31分掲載  無料記事
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文化

日本に関心を持つ売れっ子イラストレーター、ノーラ・クリューク(Nora Krug)  村上良太 

  作家デイブ・エガーズが編集したアメリカの短編小説を集めたアンソロジー「The Best American Nonrequired Reading 2012」の中に2篇の味わい深い漫画が収められていたことについては先日書いたばかりだ。その1篇はノーラ・クリューク(Nora Krug)による「kamikaze」という作品だった。これは第二次大戦中の神風特攻隊の隊員を描いた作品である。独特のタッチであるだけでなく、デフォルメされているとはいえ、日本の日常がかなりリアルに描かれていた。こうした日本の歴史がアメリカのアンソロジーに登場していることに僕は驚いた。この本を買ったのはデトロイト空港内の書店で、成田空港に向かう飛行機の中で読んだ。 
 
  「kamikaze」は特攻隊員だったエナ・タケヒコ氏を主人公にしている。特攻隊がなぜ生まれ、彼らの実際の日常がどうだったか、生き残った兵士はどんな処遇を受け、どんな風に感じたかなどをエナ氏を中心に描いている。エナ氏は戦後まで生き残り、2004年には散っていった仲間たちのために仏像を作り、鎮魂の鐘をついていたという。驚いたのは漫画の冒頭、実際の特攻隊の写真も挿入されていたことだ。これを描いたNora Krugという作家について興味を抱かざるをえなかった。 
 
  そこでNora Krugのウェブサイトからメールを送り、インタビューさせていただいた。その結果、クリューク氏には歴史や社会的事件を個人の目線で描いていく一連のシリーズ作品があることを知った。以下はクリューク氏の回答から要約したもの。 
 
  「私はもともとドキュメンタリー映画を作っていたんですが、その後、イラストレーターに転じました。ですから私は自分が関心を持っている事象に対して、ドキュメンタリー映画製作者としての手法とイラストの技法との両方からアプローチしようと試みたのです。漫画のナレーションを書く事は私にとってはテーマをリサーチすることでもあり、そのリサーチは事実としての側面と感情としての側面の両面に渡って行われます。私は社会的・政治的な状況や事件の本質を個々人の感情や心理の中にとらえたいのです。 
 
  特攻隊員を描いた「kamikaze」では写真をイラストに加えました。写真にしかない史実としての記録性を、私が描く漫画に加えたのです。読者がこの物語は実際に起きたことであり、単なる絵空事ではないと感じることは大切なことです。私は史実を曲げるつもりはありませんし、想像のシーンを加えて出来事をロマン化しようとは思ってはいません。 
 
  私は登場人物を英雄としても、悲劇の人物としても描くつもりはありません。愛国精神の化身としても、憐れみの対象としても描くつもりはないのです。一方、リアリズムにも興味はありません。つまり、単に歴史上の出来事を連ねることには興味がないのです。 
 
  時間の概念と同様、歴史の概念自体は我々が過去の意味をつかむための試みであり、過去と現在とを結びつける人工的に構築された人間の制度(システム)です。しかし、実際に個人によって体験された時間や記憶、歴史はそうした観念上のシステムとは異なるものです。それらは主体的に経験されるものであり、時間とともに変化するものです。ですから私は歴史を個人が味わった一連の出来事として、実際に生きられた瞬間の連続としてイラストに描きたいのです。センチメンタルに陥ることは避けたいですが、戦争や社会の出来事がいかに生きた個人によって体感され、心に映し出されたかを描くことが私の目標なのです 
 
  「kamikaze」に登場するエナ・タケヒコ氏については日系アメリカ人のドキュメンタリー映画監督が作った「Wings of Defeat」(監督はRisa Morimoto氏)で知りました。私は欧米向けに、歴史上の出来事によって大きく人生に影響を受けた、市井の知られざる人々を描く漫画のシリーズを描いてきました。「kamikaze」もそのシリーズの1作品です。そのほか、朝鮮戦争中に北朝鮮に亡命した米兵、ロバート・ジェンキンス氏も描いています。ジェンキンス氏は朝鮮戦争が終わったら、次はベトナムに送られることを憂えた結果、北に渡ったのです。彼の妻は佐渡島から少女時代に拉致された日本人の女性です。」 
 
  ノーラ・クリューク氏の創作上の信念や手法が述べられていて興味深い。彼女はアンソロジーを編集した作家デイブ・エガーズのファンでもあるという。確かに、二人には共通のものがある。それは英雄化を避け、小さな人々の思いを描きながら歴史を描く手法である。 
 
  ノーラ・クリューク氏はニューヨークに暮らしているが元々はドイツ生まれのドイツ人で9年前渡米したのだという。イラストレーターに転じてニューヨークタイムズ、ガーディアン、ウォールストリートジャーナルなどの新聞やバニティフェアなどの雑誌にイラストを描いてきたそうだ。つまり売れっ子のイラストレーターなのである。最近ではイラスト専門学校の教師もしているそうである。そして、日本に対して強い興味を抱いているという。 
 
  「日本には何度も訪れました。日本に対して強い関心があり、また感情的にも強く魅かれるものがあるのです。浮世絵が好きであると同時に現代の漫画にも興味を持っています。しかし、漫画については商業誌の漫画よりも「オルタナティブな」漫画が好きです。私は今、日本のイラストレーターが過去数世紀にわたって西洋人をどう描いてきたかを研究しています。そして、「ガイジン性(otherness)」というものが実際にどう今日の日本のイラストの中で描かれてきたかについても検証しています。」 
 
  日本との出会いは、彼女が留学していたロンドン時代に遡る。ポール・マッカートニーが創設した芸術スクール、Liverpool Institute for Performing Arts に彼女は在籍していたのだが、そこには多数の日本人留学生がいたのだそうだ。彼ら日本人留学生たちとつきあうようになって日本文化に興味を持つようになったという。その結果、過去6回日本を訪れた。 
 
  デビッド・ミッチェルという作家が書いた長崎の出島に関する本に最近はのめり込んでおり、去年実際に出島を旅したという。出島で描かれた絵(イラスト)についても研究しているという、大変な入れ込みようだ。もちろん、日本語の勉強も積んできたという。興味深いイラストレーターが出現したと思う。 
 
■ノーラ・クリューク氏のウェブサイト 
http://www.nora-krug.com/ 
  ここで「kamikaze」など一連の作品を読むことができる。ノーラさん、写真では下駄を履いている。 
 
■クリューク氏が見た特攻隊員を描いたドキュメンタリー映画 'Wings of Defeat': http://www.edgewoodpictures.com/wingsofdefeat/ 
■英国の作家デビッド・ミッチェル(David Mitchell, 1969-)の出島に関する本 
'A Thousand Autumns of Jakob de Zoet' 
http://www.amazon.co.jp/The-Thousand-Autumns-Jacob-Zoet/dp/1400065453#reader_1400065453 
  ミッチェル氏は広島に在住した経験もあるようである。 
 
■以下はノーラさんからのメール 
 
  Here is some more information about me: 
 
  I'm a German illustrator who's lived in NYC for nine years. I also work as a professor in the Illustration Program at the Parsons School for design in NYC (www.parsons.edu). 
 
   I create illustrations for newspapers (such as the New York Times, the Guardian, the Wall Street Journal etc.) and magazines (such as Vanity Fair etc.), and I create children's books, graphic novels and short comics. Kamikaze is one of a series of biographic comics I have created for magazines and newspapers in Europe and America, about the lives of 'real' but largely unknown individuals whose lives were impacted in major ways by political or social circumstances. Another story I created was about the American WWII soldier Robert Jenkins who was stationed as a soldier in South Korea during the Korean War and, afraid of being sent to Vietnam, defected to the North. He was captured by North Korean military and forced to remain in North Korea for 39 years. There, he married a Japanese woman who had been kidnapped from the island of Sado as a child to teach North Korean spy trainees about Japanese language and culture. Jenkins and his wife were finally allowed to leave North Korea and return to Japan in the 1990s. You can find more of these stories here: www.nora-krug.com/Nora_Krug_biographies.pdf. 
 
  It might be important to mention in your article that I first heard about Ena Takehiko because of a documentary film about Kamikaze pilots, which was created by an American-Japanese documentary film maker, called 'Wings of Defeat': http://www.edgewoodpictures.com/wingsofdefeat/ 
  I started out making documentary films, and then switched to becoming an illustrator, and with my visual biographies, I try to combine my interest and methods of being a documentary film maker and my tools as an illustrator. Creating these narratives, to me, is a form of investigation, a form of research that works both on a factual and an emotional level. In the process of researching and then translating this research into drawings, I try to get a sense of the emotional and psychological consequences that social and political circumstances or events can have on a personal life. In the story featuring the Kamikaze pilot, I used photographs to juxtapose these drawn, imagined moments with moments that could capture an actual historic moment in time, something that only a photograph can do. It was important to me that the reader kept in the back of their head that the story I was telling was based on a life that was actually lived, and on a life that was affected by actual political events, and that my story didn’t intend to distract from the actuality of these events, or to romanticize these events by adding the imagined, drawn panels. 
 
  I am not interested in portraying these personalities as heroic, or tragic figures, or to evoke feelings of patriotism or pity. I am also not interested in realism, or in merely conveying historic facts. I believe that, just like the concept of time, the notion of history itself is an artificially constructed human system that’s applied to our experiences as a way of attempting to make sense of our past, and to connect our past to the present. Time, memory and history aren’t systems, but subjective experiences and lived moments that are fluid and can change in retrospect. I try to use illustration in a way that hopefully allows for the understanding of history as a sequence of personal events and lived moments, rather than as a larger entity. While I’m trying to avoid being sentimental, my goal is to allow access into the tangible and emotional components of how war or social realities are experienced by human beings. 
 
  I have visited Japan many times (I will be visiting Tokyo and Kyoto again in June) and have a strong interest and emotional connection to it. I've studied Japanese language (only a little bit) and history, and I'm a big fan of Japanese historic prints and some contemporary comics (although I don't follow commercial manga.I am more interested in alternative Japanese comics). Part of my theoretic research on illustration has been analyzing how Japanese illustrators have depicted westeners over the centuries, and how 'otherness' is depicted in illustrations, architecture and cityscapes in Japan today. 
 
Noraさんのメールより 


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