2012年11月20日13時39分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(75)福島の歌人たちが原発災の1年の日々を詠った短歌作品を読む⑤ 新アララギ福島会の合同歌集『あらゝぎ 東日本大震災特集号』から(下) 山崎芳彦

 前回に引き続いて新アララギ福島会の合同歌集から、原発にかかわる短歌作品を読み継ぐ。「原発にかかわる」と書いたが、同歌集の作品はほとんどすべてが原発とかかわって読まれた作品というべきである。直接原発そのものとかかわって歌っていなくても、この日々の作者達の生活を原発、放射能の翳が、その濃淡やあらわれかたの違いがあっても。ただ、ここに紹介するのは、筆者による抄出歌である。この歌集が広く読まれることを願いつつの抄出である。 
 
 歌集の「あとがき」で、編集委員の今野さんは「我々アララギ歌人は『写生・写実に徹した歌』『生活に根ざした歌』そして『正しい日本語の歌』を詠うことを信条とし、自己の生活や感動をありのまま、正直に表現して、生きてきた証にしたいと考えていることは言うまでもありません。・・・ここに収録した、未曾有の歴史をリアルに詠嘆した作品は・・・大震災の惨状を後世へ残す貴重な記録となり、災害への警鐘あるいは復興への曙光となり得るのであれば本誌発刊の意義は大きいものと思っている次第です。」と記している。 
 
 このような歌人たちの作品の、集積、広がり、歌壇を超えて広く読まれ、歌の本質のひとつである「訴え」として、力を持つ、力の源になることを信じたいし、短歌作品の魅力を豊かにすることを願う。筆者が非力ながらこの連載を続ける所以でもある。 
 
 
▼原発より逃れし人ら泣き叫ぶ声の響かふ病院に着く 
 
震ふ肩を抱(いだ)きてやれば蒼白の母の面輪に赤味差し来ぬ 
 
西北の風に乗り来し放射能吾が美しき故郷に降りぬ 
 
放射能モニタリングの数値言ふ従弟の声の震へ止むなし 
 
神の示しし掟破りて活断層の上に建てしか原発数多を 
 
「汚れしがこの地に余生を生き行かむ」今日七夕に決意認む 
                   6首 紺野乃布子 
 
 
▼原発事故の正しきリスクわれ知らずマスクを付けて買物に出づ 
 
降りつぎし雨に甦る「黒い雨」若き日読みき井伏の小説 
 
チューリップを百球植ゑて待ちし春放射能浴びつつ莟ふくらむ 
 
ベクレル値われは知らねど菜園に夫と作りし茄子胡瓜食ふ 
 
咲き初むる桔梗の花にも気付かざる日々の生活をセシウムが占む 
 
セシウムもベクレルも忘れし二日間スカイツリーや浅草巡りぬ 
                   6首 斎藤せつ子 
 
 
▼風評に売れる当てなき「コシヒカリ」自家用のみの田植えを済ます 
 
梅の実の落ちて一面匂ひ立つ出荷停止の解くる事なく 
 
風評被害恐ろしきかな瑞々しき朝採り野菜もらふ人のなし 
 
土壌検査待ちて植ゑたる馬鈴薯の大玉少なきを納屋に乾かす 
 
汚染物質見えず漂ふ畑に来て今蒔かねばと大根二種類 
 
放射能物質浮遊する空にひびかひて命短き蝉の啼きたつ 
 
遠からぬ山陰は避難勧奨地彼方見やりつつ畑鋤きゆく 
 
垂れそめし稲穂吹く風清々し汚れしものの有ると思へず 
                   8首 斎藤トシ子 
 
 
▼日に幾度も余震のたびに逃げ惑ふ放射能の影に脅えて 
 
どの友も遠くの土地に避難して巡(めぐ)りは寂し原発事故に 
 
放射能の影に脅えて日すがらを隠りをりたり余震の中を 
                   3首 酒井タマ子 
 
借り受けし放射線測定器にてあちこち測り半日過ぎぬ 
                   1首 相楽智富 
 
 
▼放射線したたか浴びし枝垂桜瓦礫の中に折れしまま咲く 
 
甲状腺二十年前に全摘す放射能雨気にせず米寿 
 
「福島」が「フクシマ」となり原発の事故のニュースが世界を走る 
                    3首 佐藤正二 
 
 
▼原発のこれより先はどうなるか緊急避難区域わが町にまで 
 
原発の終息までは気の抜けず三月から吾らの時計は止まる 
 
休日も忙しさうに出掛け行く息子はどこまでか放射線計(はか)りに 
 
一日づつ鐘の模様を手編みする安全の祈り原発に届けと 
                    4首 佐藤三知 
 
大型バス・自家用車道路にひしめき合ひ避難地田村へ陸続として 
 
日本発信原子炉崩壊の大熊と世界にその名知らしめにけむ 
 
緊急避難に置きて来しもの貯金通帳実印免許証また保険証 
 
反原発の吾を共産党と言ひし輩今に会ひなば如何いふらむ 
 
帰れると思ふ人などなからむよ役場は希望もてといへれど 
 
報道は原発収束順調と伝ふれど大熊のわれら信ぜず 
 
にんげんの傲慢懲らせと天降りしか目には見えざる殺人光線 
                    7首 佐藤祐禎 
 
▼原発より六十粁の距離近しメルトダウンにわが街被曝す 
 
おぞましき原発事故にフクシマの名を知らしめき世界の国に 
 
日本の未来憂ふる発言のただに無視さる東電総会 
 
放射線の被曝を怖れ窓閉ざし淀む空気の家に籠れり 
 
町内の回覧板にわれは知る家のめぐりの高き放射線量(シーベルト) 
 
やうやくに避難先決まりし嫁と孫夏休み待ちて移りゆきたり 
 
三人の幼子連れて移り住む決意語りて嫁は涙す 
 
久々にマスク外して子と孫とボール蹴り合ふ活きいきとして 
 
放射能と暑さをさける旅にして子の運転に軽井沢へ発つ 
 
 
                    9首 宍戸ユミ子 
▼娘の家も間もなく原発二十キロ圏避難の放送に血の気引きたり 
 
未曾有なる地震原発の崩壊と見えざる放射能にただただ怯ゆ 
 
原発より逃れて鎌倉のわが姉のマンションに着き冨士に安らぐ 
 
姉の所妹の所に転々と避難し心身疲れ果てたり 
                    4首 白石琴子 
 
 
▼首揃え詫びる東電幹部らに安全神話を問いただしたり 
 
つねならば見識高き彼の君も支援物資に形相変えて 
 
浪々の旅続け来て四ヵ月仲間の心の裏も見え来つ 
 
一つずつ家具を購い我が城を築きし妻の笑顔見え来る 
 
我が庭の河津桜の一房を見るもかなわず避難の身にて 
                    5首 杉本征男 
 
 
▼放射能に汚染されたる桃の里父の居まさばいかに嘆かむ 
 
風評被害に今年売れざるふる里の桃の実ふとりことさら甘し 
 
大地震(なゐ)の年に生まれたる子と孫の生に願へり強さやさしさ 
                    3首 鈴木恵美子 
 
 
▼原発の風評被害の広まりて吾ら農業この先暗し 
 
目に見えぬ放射性物質の飛散にて太る_の芽採る人もなし 
 
放射能の線量などは知らぬまま吾が家逃がるる峠を越えて 
                    3首 _野惣一 
 
 
▼原発の爆音届く避難所に人等声無くテレビに見入る 
 
原発の影さへ見えぬ吾が町に爆音届き放射能降る 
                    2首 只野由起子 
 
 
▼溶解せる如き夕日の窓染めてガイガーカウンター数値のゆらぐ 
 
残り少なきガソリンにてここ県境に逃げ来しひとら水素爆発の後 
 
繁栄のかげに蹂躙さるるあり地方に原発沖縄に基地 
 
豊かさ求め失ひしものの数々よ蛍にめだか、夜の闇、故郷 
 
白き木槿つぎつぎと咲き散りしける「核の平和利用」に騙されてわれら 
                    5首 橘 美千代 
 
 
▼原発の安全神話はくづれたり放射線の終息願ふ 
 
目に見えぬ放射線を怯ゆるも春陽あたりて庭に花咲く 
 
避難せし心あたたかく支へくれし会津のくにはおらがふるさと 
 
放射線に汚染されたる陸と海復旧の日をひたすら祈る 
 
青空に黄の花高くのびのびと除染ひまはりあざやかに咲く 
 
五月早や半ばなれども春遠し日毎つのるは原発うれふ 
                    6首 馬場美代子 
 
 
▼原発の上空を避け帰り来るスカイツリーに関心の失せ(3・14) 
 
帰りたきわが家の上に雨よ降れ降って放射線を洗い流せよ(3・18) 
 
白づくめ防護服にて降り立つに近づく犬は主を探す目を(6・22) 
 
町民はひとつになって何処(どこ)なりやガス室送りの列車のように(11・20) 
                    4首 林 理恵子 
 
 
▼避難せよと防災放送繰り返し着のみ着のまま川俣避難所に 
 
避難所に揺るるテレビに齧りつき夜を通し見る原発のさま 
 
一夜明け未曾有の水素爆発に身うち捜せぬまま避難地に 
                    3首 半谷八重子 
 
 
▼原発は天恵なりと謳歌する爆発事故を天刑と思ふ 
 
後手後手の原子炉爆発方策なし人災事故に腹立つばかり 
 
稲わらを与へて肥育する農夫出荷停止にいきどほりの涙 
 
肉牛の安全損なひ肥育者は怒りを押さへ牛を撫でをり 
                    4首 平埜柳太郎 
 
 
▼風評に惑へる妻を窘めつつ胎内被爆を密かに恐る 
 
にら一把一円といふ風評被害見えざる敵に農民哀し 
 
子の住める渡利の放射線量高ければ窓を閉め切り籠り暮しぬ 
 
マスクかけ長袖シャツに帽子被り真夏日の中孫は帰り来 
                    4首 舟山俊弘 
 
 
▼あられなきすがたを曝す福島原発水色清く威厳ありしに 
 
南東の風に乗り来る放射能わが上を飛ぶ防災ヘリも 
 
深々と帽子を被りマスクして互みにものを言はず過ぎ去る 
 
住む家のありて戻れぬ人あまた仮設住宅にコンビニの建つ 
 
「長期間住めず」と今朝のトップ記事チェルノブイリに並ぶフクシマ 
                    5首 水口美希 
 
 
▼原発の放射線量測定の数値にひと日家にこもれり 
 
原子炉の爆発するを恐れつつ息こらし今日もテレビに見入る 
                    2首 皆川二郎 
 
 
▼想定の二倍を超ゆる大津波に安全神話くづれし原発 
 
原発の事故にて漏洩の放射能日毎に増えて県外への避難 
 
復旧の目処の立たざる原発に原発難民となりゆく不安 
 
原発の批判許さぬ村社会この恐るべき原子力村 
 
原発の先進国と思ひゐしにお粗末極まる事故への対応 
 
国難と言ひつつ党利党略にうつつを抜かす政治家どもは 
 
福島の原発事故にいち早く脱原発を目指す国出づ 
 
梅雨入りのニュースに不安募りたり土壌に浸み入る放射性物質 
 
水張田のなくて蛙の声聞かず原発事故のいまをうつつに 
 
子を連れて避難のことを娘は漏らす家族を引き裂く原発事故は 
                    10首 宮崎英幸 
 
 
▼大津波に原発事故の吾が町は電車通らず道路も閉鎖 
 
原発に栄えし町も人気なく彷徨ふ牛に胸塞がるる 
 
除染には効くか効かぬか分からねど何か縋りたきひまはり植ゑぬ 
 
放射線量死亡者そして不明者を新聞に見る避難先にて 
                     4首 村井萩代 
 
 
▼咲き初むるカタクリの花に放射線ひそむ初夏の日やはらかに差す 
 
原爆の恐怖の記憶持つ故に原発事故をひたすら恐る 
                     2首 目黒美津英 
 
 
▼浪江より三百キロ遠く逃れ来し千葉で夜々見る原発の夢 
 
原発から三百キロを逃れ来て市原で生れし二番目の孫ひびき 
 
大地震原発爆発・避難地のコンビナート火災に三度びっくり 
 
原発から千葉成東に逃れ来て左千夫記念観に癒されており 
 
原発を遠く上総まで逃れ住み訪う人もなく来る人もなし 
 
避難バス妻が最後の定員とわれを置去りに行きてしまえり 
 
原発にて墓参かなわず上総から福島に向きて父母(ぶも)の名を呼ぶ 
 
2011年炉心溶融シーベルト冷温停止耳慣れぬ語彙 
                     8首 守岡和之 
 
 
▼八十キロ離りてゐても我が町に放射線増量を伝ふるテレビ 
 
避難するかここに残るか思ひ迷ふわれらを案ずる子らの電話に 
 
放射線の降るとも思へず何事も無かりし如く晴れ渡る空 
 
福島で生きるしか無し原発の風評被害のなかに思へり 
 
放射線の容易に減らぬわが町の推移をテレビに見つつ危ぶむ 
 
食べることが出来るか否かも分らぬに田に青々と稲の伸びゆく 
 
来るものが来たと思へど心重し退職を決めしと言ふ子の電話 
 
原子力に生きて原子力に閉ざされし子の人生を思ひてゐたり 
                     8首 山口みち子 
 
 
▼原発の事故を安易に想定外と言ひ逃れすな人災ぞこれ 
                     1首 横山緋沙 
 
▼去年よりも多になりたる梅なれど放射線量思へば採れず 
 
この年も凌霄花は咲きさかる放射線量かかはりもなく 
 
放射能に負けてしまひし吾が庭か秋薔薇ひとつ小さく咲きぬ 
                     3首 横山ゆきゑ 
 
 
▼原発のニュースを見つつ避難所を去る日はさらに遠のくを思ふ 
 
帰りたくても家なき人あり家ありて帰れぬ人あり避難民われら 
 
置きて来し犬をも猫もあますなく放射能はわが家を押しつつみゐむ 
 
原発の町には永久(とは)に帰れぬといふ言葉は刺さる難民われらに 
 
原発の間近にありてわが家は見捨てられたり狐狸の住むらむ 
                     5首 吉田信雄 
 
 
▼廣島と長崎とそして福島と核の被害の祖国哀しゑ 
 
夏空の下の放射線測定し低きを確かめ子供遊ばす 
                     2首 米山高仁 
 
 
▼マグニチュード九の地震に原発の水素爆発に世は殺気立つ 
 
放射線の汚染を案じ東京に子は度重ね自主避難を勧む 
 
放射線の土壌検査に安全の証明を受け種じやがを蒔く 
 
原発の強制避難に家畜あまた放たれ痩せて野道さまよふ 
 
 
次回もさらに福島の歌人の原発にかかわる作品を読む。 
 (つづく) 


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