2013年01月13日12時20分掲載
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文化
【核を詠う】(85)福島の歌人たちが原発災の日々を詠った作品を読む(15) 相馬短歌会『松ヶ浦』・伊達町つくし短歌会『つくし』・きびたき短歌会『きびたき』各歌集から 山崎芳彦
岩井謙一という歌人がいる。氏は第四歌集として『原子(アトム)の死』を昨年(2012年)9月に刊行したが、そのなかに次のような短歌がある。
◇歌人・岩井謙一氏の原発・放射能にかかわる作品とその言説に触れて◇
シーベルト変動すれば母たちが一喜一憂蟻が笑うよ
放射能怖いと逃げし母と子は地球水没すればどこへ
放射能エゴイズムを喚起して怖い東北捨てられてゆく
遺伝的影響の無き真実を被爆二世が教えてくれぬ
愚かなる「わが子かわいさ」理性など欠片もあらぬ利己主義怖し
フクシマは原発のリスクいかほどか人間どもに教えてくれぬ
6首 岩井謙一
同歌集には、原発、放射能、福島の人々、原発事故による避難、などにかかわる多くの歌が採録されているが、これ以上の引用は、筆者には耐えがたいので、いまはやめる。氏の作品と、原発に関する言説については、歌壇・歌人のあいだで盛んに議論が行なわれている。筆者も同歌集を読んでその無残ともいえる作品の数々に、唖然とするだけではすまない「異常」を感じた。
しかし考えてみれば、彼のような原発擁護、放射能の持つ危険な本質に対する意図的ともいえる軽視、反原発に対する異常な敵視は、原発の維持推進を図り、使用済み核燃料の際限のない蓄積につながり無害化したり、安定的に処理、保管する方法が確立される見通しがないことも承知のうえで原発を稼働させ、核エネルギーの放棄は人間生活、社会経済を破綻させるとする立場に立つ者たちがこの国を支配し、人々を支配しようとしている現状なのだから、岩井氏の立場のみを特に異とするには当たらないのかと、思いもする。だから、いま、危うい時代なのだ。
それにしても、なんとも認め難いのは、同歌集の末尾に記されている次の一節である。
「放射能の被曝による遺伝的な影響が無いことは被爆二世の方々の貴重なデータから証明されている。チェルノブイリ原発の近隣に住む鼠はすでに四十世代に達しているが遺伝的な異常は認められていない。低線量被曝の真の影響は今後解析されていくであろうが、それも福島を離れずに住み続けている方々によって示される。命を賭けて出されるデータにより、世界のエネルギー政策は変っていくのである。」
氏がどれほど原子力放射能について、その齎す作用について優れた知見を持っているのか、少なくとも広島・長崎・ビキニ・チェルノブイリによる被害の全容を調査し、学び、その全容を把握しているのか、を問いたい。
「私は医学の専門家ではないので文献の知識しか持たないが、低線量の放射線による癌の発症は、確率的な問題だということは理解できた。」(同歌集155頁)と自ら言う程度の知識(どのような文献によるのかを示してはいない。筆者注)で、独断的に低線量被曝の生物、環境に対する影響、作用を論じるのはあまりにも軽率過ぎはしないか。
福島に住み、放射能の危険に恐れを持ちながら生活している人々が低線量被曝の影響の解析のための命を賭けてのデータになる、と氏は言うのだが、その前に氏は「東北地方における放射能の低線量被曝を受けても将来的に癌を発症する確率は限りなく低く、癌を発症したとしても放射能が原因であると言い切ることは不可能であるということである。」と、すでに結論しているのだから、まことに奇妙な物言いであるといわざるを得ない。
そして、彼の短歌作品には、そのような思い込みをもとにしてのひどい個人攻撃が含まれている。とくに、原発事故によって東北の地から避難した母親に対する(例えば、歌人の大口玲子氏、俵万智氏らを含む母親達)誹謗は目に余るし、人権侵害であるといってもいい。冒頭に引用した岩井氏の作品を読めばそう言わざるを得ない。危険と思えば、避難するのは当然の権利であるし、生活の選択であるし、放射能に一喜一憂するのも至極当然だろう。福島から遠い宮崎在住の岩井氏だからそのことを理解できないとすれば、詠うものとしての資質にかかわりはしないか。岩井氏の作品については、別稿で触れることにしたいので、ここまでにする。
なお、歌集名の『原子(アトム)の死』は、2011年3月11日の前日に同氏夫人の父君が「昇天」し、翌年の3月13日に「私の父が昇天」し「私たち一家は三月十一日をはさむように、父を二人亡くした。」「原子を父として、その周りを回る電子が母や子である私たちとするなら、妻も私も原子(アトム)を亡くしたことになる。原子(アトム)の死であった。」ことを含意していることを、岩井氏は歌集のあとがきに当たる文章の冒頭で書いているが、そのことと福島原発事故にかかわる歌を収録していることのつながりは、読者にとってはひどく分かりにくい。余分なことだが、筆者の感想だ。
福島の歌人の作品を、合同歌集『松ヶ浦』(相馬短歌会)、『つくし』(つくし短歌会)、『きびたき』(きびたき短歌会)からの抄出で読む。岩井氏はどう読むか知らないが、筆者はそれぞれの作者の思い、生活の現状、将来への不安、家族や友人、とくに孫たちを詠う心情、動物や植物、農作物などの歌、詠われるべくして歌われた作品の貴重さを考える。
◇相馬短歌会 歌集『松ヶ浦』(平成24年1月刊)より◇
▼吾が地にも放射性物質降りたるや澄み渡る空に物体見たし
原発の事故にどこの家も静もるる黙秘権をば使ふ如くに
避難せし主住まぬ庭に咲き溢る水仙木蓮の花と語らふ
庭隅の金木犀は咲き盛る香りに漂ふ放射線いかに
4首 坂本芳子
▼スクールバスに通ふ曾孫三人に元気をもらひ苦難を越えむ
線量計水筒を下げ登校の曾孫ら見つつ愛しさつのる
2首 高橋テル
▼二度咲きのつつじは秋の日に冴えて線量のことなど曖(おくび)にも出さず
祐禎さんの原発睨む怒りうた書店に立ちて胸熱く読む
目に見えぬ放射能降る空のもとたんぽぽ地べたに這噂りぬ
原発のなれぬ言葉に惑はされ実(げ)に恐ろしきメルトダウン
4首 遠間 淑
▼福島と聞きたるのみに疎まるる東電の恵受くる人らに
農を継ぎこの災害に逢ふ夫虻蜂取らぬ人生嘆く
原発は小さき胸をも傷めをり幼稚園児の短冊かなし
茸刈りの山は汚染と聞きしかど体調崩しすでに諦む
福島の再生なくば日本の再生なしとふ首相の言葉
梨づくり生業(なりわい)とせし友は今狭き仮設に廃業語る
6首 橋本ヒサ
▼放射能を恐れ今年は食べずをり背戸の筍勢ひのよし
放射能汚染におびゆる我が地域わが植ゑしジャガイモためらひつつ食ぶ
笑ひ声ふつと途絶えて放射能の恐怖しのび寄る里の秋かな
季節みなよそよそしげに駈けてゆくウラン怒(いか)らせし人間(ひと)憫笑(わら)ふがに
4首 目黒美津英
▼衣更えも長袖にして息苦し汚染に悩む学舎の児童は
恐ろしきこと限りなし汚染の田に餌を啄む鷺は(さぎ)は知らずや
2首 荒 平
▼太書きのメルトダウンの文字は射るつい手を伸べる店の本棚
血の色に滲み広ごるフクシマの汚染のマップ明日はわからず
一キロの食材きざみセシウムの数値の有り無し農家の嘆き
セシウムを含みて居るか柿の実は鳥も選らずに雪降りかかる
4首 阿部典子
▼新聞の切り抜き送る友よりの記事には古歌の「言はで思ふぞ」
かにかくにこの一年を顧みて常なきことぞしのに思ほゆ
2首 大迫富子
▼放射能に自家菜園は休耕す子等の総意とあらば已む無く
スーパーの魚ケースは空き目立ち福島産の魚待つごと
2首 太田登美子
▼東電の前の社長の狡猾さ原発事故処理の遅れに辞むか
原発の事故に苦しむ人々を捨てて社長を辞むは屑かや
原発の瓦礫に脅え戦くに東電未だ収束の声なし
原発の瓦礫を知るや東京びと汝らが使ひしものの電気よ
栗の実の多数落つるに拾はざり侘びしきものよ原発事故に
5首 木下 信
▼原発の放射能に怯えつつ廊下一ぱい濯ぎ物干す
老い吾の励みとなりし菜園に放射能汚染を言ふは哀しき
好物のふくら色付く無花果の風評被害に食むを戸惑ふ
圏外と線引きされしも目に見えぬ汚染マップに不安広ごる
放射能汚染は基準以下なりと友持ちくれし新米旨し
柿の実の豊作なるにあんぽ柿干せぬは哀し原発憎む
去年よりは気力体力沈みゆく風評被害に負けてたまるか
7首 菊池トミ
▼収束を願いつ暮らす圏外も明日は不測なり荷物詰め置く
原発の風評に家族はこだわらず県産桃をたんまり食みぬ
セシウムに校庭・庭辺の土はぐも行き場あてなく除染土悲し
冬空にもがれぬままの柿あまた汚染の空気にくやしさつのる
4首 佐藤長子
◇伊達市・つくし短歌会合同歌集『つくし』(2012年7月刊)より◇
▼放射能は空のいづこに留まるや今宵満月雲ひとつなき
気象図の日本に絡む前線が震災後には竜に見えくる
2首 吉田玲子
▼ふるさとの米が放射線高いというニュースを聞きて穏やかならず
悪いこと何もしていないと放射線に汚染されたる稲作農家
放射線に負けてなるかと梅雨晴れの朝はあちこちにスプレーヤーの音
原発の風評被害を吹き飛ばせ果樹消毒の噴霧見上ぐる
朝露にぬれつつ馬鈴薯の土寄せす放射能など思う暇なし
風評に売れ残りたるサンふじを凍てつく畑の土に埋めおり
除染にて深く耕す桃畑の土黒ぐろと夕日を返す
7首 吉田ミサ
▼累々と培い来たる田畑なり原発汚染にいつしか遠のく
果樹園の線量下げんと樹皮削りしたたる液を涙と見つむ
ベクレルの基準今更下げられてと生産者の声は怒りとなれり
放射能にこもる暑さに流るる汗塩分比重は計り難しも
あの世でも放射能浴びし母ならん折々夢に掃き清め居り
みどり濃き線量高き墓地公園夏を弔うひぐらしの声
原発に先の見えない稲田にも季はめぐりて穂ばらみを見つ
待ち侘びて一時帰宅をせし友は「二度と行かない」と礫の様に
8首 芳賀晃子
▼熟れた桃花のごとしと眺めおり汚染知らざるひよどり羨しむ
狭庭辺にぶどうが数多熟れたるに風評被害に食む人のなし
放射能に恐れおののく人の世に草木は芽吹きの命みなぎる
3首 佐藤要子
▼放射線おそれて手入れせぬ庭の荒れたる中にも菊にさざんか
1首 今野百合子
▼晴れた日は富士山見ゆる小田原にマンション借りて娘(こ)らと暮らしぬ
時折りは娘と小田原を散歩する故里に戻る日を想いつつ
2首 遠藤と志子
▼房総の豊かな幸を味わいて汚染の海の福島悲し
1首 遠藤和子
▼四国から九州からも避難して来よとの声に両の手合わす
人の手で作りし「原発」人の手で処理できぬまま足元にあり
毎日の線量ラジオに流れおり雪降り積む日は常より低し
じゃが芋を掘り終えし畑に山鳩は放射能汚染いいのかと鳴く
常ならば天地返しをする頃とセシウム浴びし畑に佇む
桃の木の高圧除染試さるを見上げる人らの熱き眼差し
畜舎より放されし牛は群れをなし野生の目となり人を拒める
7首 伊藤美知子
▼電力にたよるくらしをおろかにも原発事故によりて知りたり
1首 安藤美代子
▼セシウムも原稿の締切も関係ないところに君は行ってしまった
人災の放射能汚染にとらわれて有限のいのちを無駄に過ごさじ
米買いてくれたる人が検査して大丈夫でしたと電話くれたり
通学路除染をなすと人群れて一年経ちし道を洗えり
桃りんご樹体除染をなせと言い完全武装の装具渡さる
農協とう組織たよりの老農は言わるるままに除染作業す
政治家の頭の除染まずせよと除染作業の手を休め言う
7首 鈴木 正
◇福島県きびたき短歌会歌集『きびたき』(2012年7月刊)より◇
▼間近にて水素爆発のありし夢ただ呆然とわが身を曝す
1首 斉藤昭夫
▼やるだけのことをやらねば落ち着けぬ除染の順番待つ幾月か
1首 森合節子
▼春風よまがしきものを吹き飛ばせ白木蓮のつぼみ膨らむ
1首 紺野 節
▼原発の怖さ梅やあんずさえ体感せしか遅れて咲きぬ
1首 高橋クニ子
▼セシウムの降りしままなる吾が畑の青豆実るも食べる人なく
1首 大須賀シヅ
▼自然界にて食を育む農漁村化学が齎す灰になやめる
先細りの農に拍車をかけるごと原発事故は田畑汚染す
2首 菅野佐久子
▼茶室にて花しょうぶの菓子頂きぬ放射能疲れのこころ癒さる
1首 佐藤カツ
▼放射能一年過ぐるも数値高く戻れぬ故郷の現実に付く
一時帰宅土足のままで己(し)が家を歩くも悲し物を探して
2首 芳賀千代子
▼豊穣の望み抱きて励みいる老いても捨てない農は田植えを
線量に迷わされつも狭田には稚苗のみどり風に揺れいる
2首 北條 平
▼足腰が悪くなければ原発の反対デモに参加したしと
避難せる他郷に在りて故里の桜見たしと思う人々
2首 横尾輝子
▼セシウムの抽出検査待つあいだ旬の山菜は伸びゆくばかり
1首 佐川静子
▼長き年住みいし此の地を若きらと共に発ちゆく老友を送りぬ
蕗、わらび、その手に採りて味つけし美味しかの味放射能なき日
2首 管野和子
▼遂に来し恐怖の一瞬原子炉の爆発ニュースに耳目集める
1首 半澤喜美子
▼放射線量下がりしゆえか満開のさくら去年より濃き色に咲く
1首 星 由子
▼空青く雪清らかに積りいて放射能汚染嘘かと思う
1首 塩田富子
▼「私たちの未来を助けて下さい」と野田総理と孫が握手す
共々に過ごした日々の尊さよフクシマと愛知に家族らは今
2首 秋葉ムラ
▼萌えいでし生命(いのち)あふるる若草を牛にやれないこのもどかしさ
牛飼いをせずとも生きる術はあるそう思いつつあきらめきれず
2首 関根キヌ子
▼山間の仮設に住みてもう一年青葉の樹木に包まれ暮らす
昨年の日記捲れば仮設へと引っ越し来たる六月のくる
2首 立谷八重子
▼白褐色の枯葉重なるそのあたり汚染ポイントさぞ高かりき
若きらは原発需要に誘われて今日も出掛けぬ瓦礫かたづけ
2首 武藤昭三
▼放射能をしばし忘れん阿武隈の岸に佇み細波を聴く
1首 二瓶みや
▼セシウムを吸着させるゼオライトまいて田植すさざ波立てて
1首 安斉はや
▼放射能に汚染されしは何処までか果てなく広ごる藍色の空
1首 荒 洋子
▼放射能値未だ高き公園のパンジーの花草に埋もる
1首 浅野とくゑ
▼春の野に若菜摘むさえ惑いたり原発事故との闘い続く
1首 引地キクノ
▼この春はいつもの様に喜べぬ放射能汚染に汚れたる空気
馬鈴薯を植えん畑を耕せり放射能汚染気にかけながら
2首 吉田仁子
▼セシウムの余波はここ迄及びしか木の枝荒草ゴミに出されず
1首 田中寿子
▼この春は気力萎えたり東電の賠償文書放りしままに
線量の高き畑は借りられぬ飯舘の人寂しく笑う
2首 佐藤紀雄
▼四号機危険ありとの報道に3・11蘇りたり
花咲けど花散れどまだここに居る心が前へ行けないで居る
2首 高野美智子
▼誰彼の命けずりて動くなる原発の火種を永遠に消しくれ
被曝労働で子を失いし母親の心よなにに癒されるのか
2首 田野ヨシ子
▼冬眠より目覚めたる蛇はセシウムの危ぶむ土を這いずり始む
セシウムの検査に出されし竹のこは意外に低き若きら喜ぶ
2首 小池澄子
▼セシウムをとじ込めるがに畑鋤けばこらえし吐息が畑より湧く
放射線憂うるわれらを癒やすがにみどりまばゆく初夏は来ぬ
2首 吉田竹子
▼風評も放射能にも負けるなと孫の便りのはげましうれし
1首 池田 桂
次回からも原発にかかわる作品を読み続けるが、福島歌人の一連は、今回で終る。もちろん、福島の歌人の歌も含めて読み続けたい。
(つづく)
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