2013年04月15日00時37分掲載
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文化
【核を詠う】(100)波汐國芳歌集『姥貝の歌』の原発詠を読む(3)「放射能に一生付き合えという罠のこの騙し金突き返さんか」 山崎芳彦
この「核を詠う」の連載も今回で100回目になった。2011年8月に先行きの見通しもなく、3・11東日本大震災・福島第一原発の壊滅的事故の衝撃に触発されて、自分が何ができるかを考えた末に、原爆、原発にかかわって詠われた短歌作品を読み、記録しようと、そして出来るかぎり遺そうと考えて、この日刊ベリタの一隅を使わせていただくことが許され、スタートしたのだった。そして拙いながらも、少なくない人々の助けも借りて、原爆短歌、原発短歌を読み、多くのことを学ばされながら、続けている。
この連載にこれまで記録できた作品は読むことができたものの一部であり、まだ膨大な原爆短歌や原発短歌を残している。もちろん筆者が読むことができた作品は、詠われた作品のごく一部に過ぎないだろう。作品を読みながら、原爆や原発について、さまざまに学ぶ機会を得たことは、この間に本棚に積み重なってきている資料や書物が、筆者の蒙を少しでも開いてくれた。
いづれにしても、非力な、短歌についての見識もきわめて貧しい筆者の続けてきたことだが、各回に記録した作品はそれぞれ作者の心をこめた短歌作品である。作者の方々に感謝申し上げるとともに、意に沿わない紹介の仕方や、誤りも少なくなかったと思い、お詫びしなければならないことも多々あると、自覚している。いろいろな意味でご寛容をお願いします。
今回は波汐さんの「姥貝の歌』の3回目になり、この稿は終るが、波汐さんの印象の深い作品に、筆者は感銘を受けている。波汐さんは、これまでに多くの歌集を刊行しておられるので、また詠ませていただきたいと考えている。1925年生れの波汐さんはほぼ七十年の歌歴を持つ歌人である。若々しい感性と、旺盛な作歌意欲、「伝統の短歌から何らかの脱皮をすることこそ、伝統を受け継ぐ道であると確信」し、「文語定型短歌詩的な作品に加え、文語定型律を踏まえた口語定型短歌詩的な作品も」この『姥貝の歌』の主題構成のなかに入れるという取り組みをするという挑戦をしていることを、「まだまだ未熟にして思うに任せぬ」と謙遜しながら「あとがき」で述べているように、原発短歌においても新たな作品の創造をめざしているのには、敬意を表したい。読んできた、また今回読む作品にその成果がうかがわれると、筆者は思っている。原発詠のみの抄出は、いつもだが、心苦しい。筆者の読みに瑕疵もあろう。
その波汐さんの作品を読む前に、筆者が今読んでいる肥田舜太郎著「被爆と被曝―放射線に負けずに生きる」(幻冬舎ルネッサンス新書、2013年2月25日刊)の「はじめに」の中の詩を、すでに読まれた人が多いかもしれないが、紹介したい。広島で原爆に被爆し、自らの生をたたかいとりながら96歳にしてなお現役の医師として、核廃絶、原発の廃絶のためたたかい、原爆の被爆者、原発の被曝者を診察し、相談に乗り、世界、国内で核被爆、放射能の廃絶を訴える実践を続けているとともに、核放射能の危険に晒されている今日を生きる人間が、自ら命を守るための「生きる姿勢と具体的な取り組み」提起する肥田さんからのメッセージとして筆者は読んだ。
両手を合わせ、わが命のことを真剣に思うべし。
日本に、世界に一つしか無きこの命、
死までいかに生くべきか、探るべし。
その朝、目覚めなば、すぐ起き出さず。
仰臥(ぎょうが)して両手を腹部に手を置き、
二つ三つ大きく腹式呼吸を行ない、
臍下丹田(せいかたんでん)に力を入れ、
これまで、わが命を過ごせし道、静かに思い返すべし。
この国、今や放射線、空に満ち、水に満ち、土に満つ。
生まれ来る孫、ひ孫の息する空、飲む水、食す野菜、育つ土は ありたるや。
思えばわれ生きし日々、空、水、土を汚染させ来たらざりし や。
電気むさぼりて原発を増設させしならずや。
新しき命のため、
この国の原発すべて止め、核兵器すべてなくして、
汚せしこの国、きれいにするは、
汚せしわれら、大人の責務なり。
肥田さんのこの著書は、「すべての人の体内に放射性物質が入り込んでしまった今、この現実をどのように受け止め、今後をどう生き抜くべきか。皆さん一人ひとりが自分のこととして考えなければならない時代にきている。」と述べ、「長年にわたり、自ら被爆者として同じ被爆者を支え、ともに歩んできた中で、『これしかないな』という方法が何となく分かったような気がしています。」として、それを伝えたいということで書かれたもので、多くの人に一読を奨めたいと、思う。「生きる力」について、改めて、日々の具体的な生活のありよう、生きることへの向かい合い、命の意味と、同時に核廃絶についての訴え、提言は、貴重である。
いろいろなことを記してしまったが、波汐さんの作品を読んでいきたい。
◇地球病む◇
文明の愚かさ知るを合歓花(ねむばな)の睫毛さやさや醒めゆくわれか
この夏の猛暑ぞ地球が病むゆえの発熱なりと気付きて恐る
闇深める被曝この星 宇宙より遠眺めれば光るだろうか
◇マグマ変身◇
原発へ怒り募るを磐梯(ばんだい)のマグマ移して爆(は)ぜたきわれぞ
原発の惨に震えるわがこころ磐梯山に連ねて置くも
原発におよばぬ地熱発電か ならばわたしのマグマを貸そう
◇神話潰ゆ◇
姉が逝き義兄(あに)は原発事故に逃ぐ何処まで逃ぐれば楽土ならんや
原発が追いくる国道六号線逃げても逃げてもすぐ海である
安全神話のベールの内の「事故隠し」その鬱溜り爆(は)ぜし原発
磐梯山に籠れる鬱も移りてや第一原発の水素爆発
原発の水素爆発ぽっかりと穴あいたでは済まされないね
原発の浜経て去年(こぞ)には帰りしを国道六号線 海中へ消ゆ
震災と原発事故に思わずも哀れがらるるわが祖国ぞや
事故レベルチェルノブイリに並びたる福島が飛ぶ 世界を飛ぶも
原発のある浜避けて逃れんと角(かど)曲がるとき波移りたり
原発の悪霊抜け出(い)で追いくるに長沢峠の長き急坂
長沢峠は国道四九号線で阿武隈高地へ登る処にある。
放射線多き福島 放射線に見透かされしや隠るる本音
放射能値高きに住めばむらむらと誰へ移さんこの炎立(ほむらだ)ち
放射能汚染の庭土削ぎゆくを求めて置きし墓地に埋めんか
再検査奨められたるわが肺は原発被曝のゆえにあらずや
福島が哀れ根こそぎに爆(は)ぜたるや原発建屋のそのがらんどう
福島や駆けても駆けても山並のどこまでも追いかけくる放射能
夏の日の道路に顕(た)ちて逃げ水の逃げしままなる被曝の甥も
首都圏へ逃げたつもりのわが甥ら ほら放射能が背中にいるね
「事故隠し」「想定外」を引金に福島原発現(うつつ)にし爆(は)ず
チェルノブイリに連なり飛ぶを産土(うぶすな)の呼んでも呼んでも遠退(とおの)くばかり
生前の友に貰いし赤べこぞ被曝福島にうなずいている
生前の盟友栗城永好氏から贈られた会津産赤べこをうたう
うつくしまと謳(うた)う福島 何処迄も何処迄も付き来(く)原発の魔が
放射能に一生付き合えという罠(わな)のこの騙し金突き返さんか
◇春招く歌◇
被曝一年 春が呼ぶから水炎の起ちあがりゆく私(わたくし)である
放射能およばぬ春のせせらぎの一つは東京の息子(こ)らへ向けんか
◇多くの明日◇
福島産トマトはセシウム孕むとう嗤うセシウム見えて来そうな
福島に海遠退(の)くをありありと他県の魚ら売られていたり
◇地獄門◇
原発は地獄への門/ダンテ若し在(おわ)さば/如何なる銘刻みしや
原発の避難者達の住まいとぞ震えるような灯火も洩れて
密閉とう冷たき容器 原発の廃炉も我らも容(い)れられゆくを
被曝して石棺のなか封じらるる産土(うぶすな)福島黄泉(よみ)の国ぞや
四十年の刑なりという石牢の原発廃炉 付き人われら
セシウムと生きゆく日々が刑とてや今福島のシジフォス我ら
原発に何度も振り返りゆく道のすでにし黄泉平坂(よもつひらさか)なりき
石棺が覆う原発の廃炉という 裔(すえ)らの遠き日々連なりて
原発の廃炉を覆う石棺の闇しんしんと醒めゆくわれか
◇火焔吐くまで◇
夕食の福島トマト冴え冴えと片照りながらセシウム立てり
放射線治療経歴ある妻ぞ放射能免疫なりと居直る
糠漬けの胡瓜旨しもはりはりとセシウム食(は)めばセシウム尽きん
恐竜の骨出でし地ぞ恐竜が膝折りざまの原発残骸
原発へわれのマグマの炎(ほむら)立(た)ち尽くることなき怒りと思え
セシウム禍 福島の闇揺りゆくを向こうに小さき窓のあらずや
雪が積む放射能積むこの街に生きぬくわれぞ火焔吐くまで
◇死神の棺◇
原発十基持て余しいる福島県 首都機能など容(い)れられましたか
「お嬢さん近寄らないで」菜の花の誇らかにセシウムが嗤っています
原発を受け容(い)れし福島 原発を容るる石棺と気付かざりしや
首都機能誘致候補も揺り戻す術無し原発の福島石棺
原発を容(い)れたりし福島県 死神容るる柩となるも
原発を容れて壊れて福島県 ひと容れられぬこの器(うつわ)はや
石棺に閉じ込めらるるや福島の原発・死の町わが古里も
闇を揺る セシウムの闇揺りゆくを抱うる我の鬱こぼれんか
廃炉まで四十年かかるとう 収束聴くは山の彼方か
波汐さんの歌集『姥貝の歌』は今回で終るが、次回からも原発にかかわる短歌作品を読みつづけたい。福島で詠う横田敏子さんの歌集『この地に生きる』の作品を詠ませていただく予定である。
(つづく)
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