2013年04月16日15時15分掲載
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政治
平和憲法があぶない 9条があぶない 池住義憲
今年7月参院選の結果によっては、改悪の動きが一挙に進むことが現実味を帯びてきた。「改憲ムード」ではなく、ムードが現実に移りつつある。今年2月28日、安倍首相は施政方針演説で、「憲法改正に向けて国民的議論を深めていきたい」と改憲(明文改憲)に言及した。
去る3月13日に参院、翌14日には衆院で安倍政権発足後初の憲法審査会が開催され、1章の「天皇制」と2章の「戦争の放棄」の議論がすでに始められた。9条“改正”に前向きな自民党に日本維新の会とみんなの党が同調、民主党は態度を明確にしていない。
憲法審査会は、2007年、安倍第一次内閣の時に成立した国民投票法成立を基盤にして衆参両院に設置された機関だ。憲法改正原案の「審議」および憲法改正の「発議」を行うことができる、と規定されている。憲法改正を具体的に進めていく場として位置づけられているものだ。
●安倍政権が狙う“改正”の中味
安倍政権は、憲法をどのように変えようとしているのか。安倍政権と与党自民党が狙っている憲法“改正”の中味は、昨年4月、自民党憲法改正推進本部が発表した「日本国憲法改正草案」に示されている。草案は、多くの問題点を持っている。
1)
最大の問題点は、人権を保障するための立憲主義を否定していることだ。立憲主義とは、憲法で国家権力を縛ることであって、国民の権利を制限するものではない。自民党草案は立憲主義とは逆で、国民の権利を後退させ、国民の義務を拡大させている。人権よりも公益、つまり国の政策を優先させている。
たとえば草案の前文には、「国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」と、現行憲法にはない「国防義務」が盛り込まれている。平和的生存権に関する部分は全面削除されるなど、前文の「全文」変更である。また草案の3条では「国旗は日章旗とし、国家は君が代」と新たに定め、尊重する義務を国民に課している。
さらに草案19条は「個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない」という個人情報保護が加えられている。これは一見もっともに思われるが、私たちの「知る権利」が制限されることに繋がる危険性が高い。現在、安倍政権が進めている「秘密保全法制」づくりをみれば明らかだ。自衛隊、原発、TPP交渉など、私たちの生活に関わる重要情報が隠されることになる。
2)
問題点の第二は、9条のある第二章「戦争の放棄」の表題を「安全保障」に変えていること。自民党草案では、現行の「戦争の放棄」は残すが、「国の交戦権は、これを認めない」を削除してその部分を「自衛権の発動を妨げるものではない」に変更する。そして、「国防軍の保持」を加える。その国防軍は、「国際的に協調して行われる活動及び公の秩序」維持のために出動できる、としている(第二章第九条の二)。領土・領海・領空の保全は、「国民と協力して」資源を確保するとの条項も新設している(第二章第九条の三)。
9条改憲の取り組みと並行して、安倍政権下で自民党が進めているもう一つの動きがある。「国家安全保障基本法」制定の動きだ。9条改憲の前に、集団的自衛権行使の合憲解釈を法制化しようという企てだ。この法案は、内閣法制局の審査を受けない議員立法という手法で国会提出を目論んでいる。
集団的自衛権については、1981年に鈴木内閣のときに「保有しているが行使できない」との政府見解がしめされた。この見解は、今日に至るまで継承されてきている。国家安全保障基本法はこの歴代政府見解を見直し、集団的自衛権を行使できるようにする「解釈改憲」だ。
3)
自民党草案では、そのほかにも天皇を日本国の「象徴」から「元首」に変えること(第一章第一条)、皇位の継承があったときに「元号」を制定する条項を新設すること(第一章第四条)など、天皇制の強調・強化を盛り込んでいる。
第三章の「国民の権利及び義務」では、「自由及び権利には責任及び義務が伴う」として国民の「自覚」を促し、国民の「責務」を求めている。現行平和憲法第20条の信教の自由」条項についても自民党草案では、「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りではない」とただし書きを付して、内閣総理大臣らの靖国神社参拝合憲化の道を切り開こうとしている。
4)
草案最後の部分(第十一章第百二条)では、現行平和憲法で国民が天皇・国務大臣・国会議員・裁判官ら公務員に憲法遵守義務を課している重要な条項を、「全ての国民は、この憲法を尊重しなければならない」として、国が国民を縛るようになっている。国会議員・国務大臣・裁判官ら公務員(天皇は入っていない)は、「この憲法を擁護する義務を負う」とだけされ、「尊重」の文言が削除されている。まさに、立憲主義と逆で、立憲主義を否定する草案となっている。
安倍政権は、こうした狙い・方向の憲法“改正”を実現させるために、いま力をいれているのが憲法改正の発議要件を定めた96条の“改正”だ。衆参で3分の2以上必要としているものを過半数に下げて、憲法“改正”のハードルを低くしようというのだ。
そもそも憲法や立憲主義は、少数者の人権尊重から始まった。ゆえに、その時々の多数者の意向で簡単に変えられないよう、権力にあらかじめ歯止めをかけているのが96条だ。したがって96条は単なる手続き規定ではなく、憲法の中身そのものであり、憲法の本質と切り離して取り扱うことはできないものだ。
●“改正”されたらどうなるか
安倍政権が狙っているとおりに憲法が“改正”されると、どうなるか。戦争の放棄、武力行使の禁止、戦力不保持、交戦権を認めないと定めた9条がなくなると、どうなるか。2003年に現実に起こったイラク戦争を通して考えてみると、よくわかる。
事実は、こうだった。2003年3月20日、米国ブッシュ政権は「大量破壊兵器の存在」と「フセイン政権とアルカイダの関係」を武力行使の正当な理由として挙げ、イラクへ軍事攻撃を開始。米国の同盟国である英国はじめスペイン等に呼びかけて「有志連合」を組織。それらに国々はいずれも集団的自衛権の行使で参戦した。
日本は9条があるためにイラク戦争には正面からは参戦出来ず、有志連合に加われなかった。イラク人に銃口を向けることはなかった。それで当時の小泉自公政権は、戦争が行われているイラクにも“非戦闘地域”は存在するとして時限立法(イラク特措法)を強引に成立させ、「人道復興支援」と「安全確保支援」活動を行うとしてイラクに自衛隊を派兵した。
派兵された自衛隊は、2004年1月から2006年7月までサマワに陸上自衛隊のべ5,600人が派兵され、給水活動など行った。航空自衛隊は2003年12月から2008年12月までのべ3,400人が派兵され、武装米兵と関連物資などの空輸活動を行った。
これに対して名古屋高等裁判所は、2008年4月17日、空自の輸送活動は他国(米国)の武力行使と一体化した活動であって、武力の行使を禁じた憲法9条1項に違反するとの違憲判決を出した。そして違憲判決から8カ月後の2008年12月、予定を早めて空自はイラクから撤退することになった。政府は、憲法によって撤退を余儀なくされた。
もしこの時、安倍政権が狙っているとおりに憲法が“改正”されていたとしたら、どうなっていたか。米国がイラク戦争を開始した時点で日本は米国の軍事同盟国として合憲・合法的に集団的自衛権を行使したに違いない。米国が起こした国際法違反の間違った戦争に参戦したに違いない。死亡者ゼロではすまないだろう。有志連合に加わった英国軍兵士は、179名が死亡した。
参戦状態が深まり、軍事的緊張が高まれば、内閣総理大臣は「緊急事態」宣言(自民党草案第九章第九九条)を発することになる。政府に非常権限が集中する。地方自治体および国民は、政府の指示にすべて従わなければならなくなる。国民の日常生活に様々な制約・制限が課される。もちろん、国を相手取っての「国防軍派兵差止」訴訟や「国防軍派兵違憲」訴訟など、起こすことができない根拠となる9条がないからだ。もはや、歯止めが利かなくなる…。
安倍政権・与党自民党が狙う憲法“改正”とは、そういう状態になってしまうということだ。
平和憲法を、変えてはいけない。9条を、変えてはいけない。
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