2013年07月19日11時46分掲載
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文化
焚書の光景
フランソワ・トリュフォー監督によって映画化も行われた名作SF小説「華氏451度」は焚書をテーマにしている。「華氏451度」で描かれている近未来社会では本の所有が禁止されている。華氏451度とは紙が燃える温度である。本を隠し持っていると、密告によって消防署員がかけつけ本を火炎放射器で燃やしてしまう。住民はスマートフォンのような機器で政府に検閲された情報と娯楽に一日中身をゆだねて疑うことがない。
本を組織的に焼く行為は漢字では焚書と表現されてきた。政治権力を握る者は彼らが統治する民衆を真実から遠ざけようとする。そのために本を焼く。民衆が何を知るべきで、何を知るべきでないか、その判断自体を権力側が行う。焚書は古くは中国の古代王朝にまで遡る。欧州では宗教裁判で焚書がしばしば行われてきた。洋の東西を問わず、歴史の中で繰り返し焚書は行われてきた。だから、これから先もないとは限らない。
「華氏451度」にヒントを与えたのはナチスドイツの焚書に違いない。それは1933年5月10日の夜にドイツで行われた。この夜、ドイツ文化を純化するためと称して、「非ドイツ的」な本が一斉に火にくべられたのである。ナチスドイツが力を入れて排斥していたのはユダヤ人だったが、焚書の対象になったのは必ずしもユダヤ人の著者の本に限らなかった。ナチスに対抗していた作家のトーマス・マンやその兄のハインリヒ・マンのようにユダヤ系でないドイツ人の作家や思想家の本も燃やされた。正確な数は不明だが、少なくとも数万冊に及んだとされる。
「対談 知識人たちの阿片」や「回想録」などの著書のあるフランスの社会学者・哲学者のレイモン・アロン(Raymond Aron,1905-1983) はその日〜1933年5月10日〜、ベルリンで焚書を間近に見ることになった。アロンは1930年に兵役を終えた後にケルン大学に教員として受け入れられ、その後ドイツでナチスの台頭を見ることになったのだ。それはカントやヘーゲル、ゲーテなどの偉大な哲学者や作家を輩出した国の大いなる変貌だった。「回想録」の中でアロンはその日のことを回想している。
「私はあの日、そこに居合わせた。横には友人のゴーロ・マンがいた。ゴーロ・マンは作家トーマス・マンの息子の一人で今日では卓越した歴史家である。親衛隊が焚書の中心にいたが、私たちは数メートル後に立っていた。そこは大学のそばだったが、すでに大学は偉大さを捨てて抜け殻同然になっていた。」
アロンがいたのはベルリンの美しい並木道、ウンター・デン・リンデン(菩提樹の下)である。この日、宣伝大臣のゲッペルスがやってきてこれから火にくべられる本の山を前に短い演説をぶった。ゲッペルスを取り巻いていたのはナチスの制服に身を包んだ100人ほどのヒトラー崇拝者たちだった。燃やされたのはフロイト、トーマス・マン、ムージル、その他ユダヤ系かどうかに関せず、合わせて5万冊はあっただろう、とアロンは記している。それらの本が燃やされたのは「非ドイツ的」と烙印を押されたからだ。それは日本で戦時中に使われた「非国民」と同様の意味である。
ゲッペルスの焚書宣言が終わると、彼らは本を次々と炎に投げ込んでいった。夜の暗闇に本が燃える炎が赤々と輝いていた。アロンは「アウトダフェ」(autodafe)という言葉を焚書の意味で使っているがこれは宗教裁判で有罪判決が下された場合の様々な措置を意味するドイツ語のようである。
「ウンター・デン・リンデン(菩提樹の下)で本に火がつけられた。それは戦火で燃えたアレクサンドリア図書館のようだった。燃え上がるその炎は野蛮人が権力を握ったことを象徴していた」
焚書が行われたベルリンのウンター・デン・リンデンは後に連合軍の空爆で焼け野原になってしまう。一時は知の世界で世界の頂点に立ったかに見えたドイツがなぜナチスの台頭を許してしまったのか、ナチズムに行き着いた「近代」とは何だったのか、戦後様々な反省が行われることになる。
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