2013年08月10日06時42分掲載
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コラム
北欧の玩具 2 「自然の猿真似ではいけない」
デンマークの首都コペンハーゲンから北に海岸沿いをドライブしていくと、美しい海岸線の先でモダンな集合住宅に出会うことになる。デンマークが誇る著名な建築家、アルネ・ヤコブセンが海岸のリゾート地に建てたベラヴィスタ集合住宅である。住宅は白く、建築から70年を経ても、遜色のない美しさだ。
僕らがべラヴィスタ集合住宅を見ていると、ひとりの高齢の上品な女性が現れ、室内も見ていったらどうか、と言ってくださった。中に入ってみると、はっとする美しさだ。食器棚には銀色のカトラリー(スプーンやフォーク、ナイフなど)がいくつも並んでいる。そのデザインが見慣れたデザインとほんの少し違って、洒落ている。しかもどっしりと重い。
家具も木製の北欧家具ばかりで、どれひとつとってもデフレ時代の安売り文化とは異質のどっしりとした存在感があった。彼女は自分はインテリアのジャーナリストだと言って名刺をくれた。しかも、彼女はこれまた著名なデザイナー、カイ・ボイスン(Kay Bojesen; 1886-1958)の孫の奥さんなのだという。先ほど見たカトラリーもカイ・ボイスンがデザインしたもので、デンマークでは王室御用達の食器である。道理でこの部屋のすべてがモダンな美に銘打たれていたわけだ。寝室も見せてくださったのだが、枕の脇の小さな机に、村上春樹の「海辺のカフカ」の英語版が開かれていた。
カイ・ボイスンはカトラリー以外に、木製の玩具もデザインしている。有名なのは猿、河馬、兎、象、それに衛兵などだ。この部屋で見ることができたのは1メートル近い大きな衛兵の模型だけで有名な猿の玩具はなかった。聞くと、知人が持って行ったままなのだという。
北欧では建築家やデザイナーがしばしば木製の玩具を作っている。だから玩具と言っても子供ばかりか、大人も楽しめる。ボイスンの玩具は「丸くすべすべして、触って心地よい」(ボイスン)。デザイン上のテーマは「微笑み」。だから眺めていると、ゆったりした気分になれる。ボイスンがデザインした河馬など、まさにそうだ。ボイスンは玩具の動物をデザインするに際して、自然をそのまま模倣したものではいけないと考えていたという。つまり自然を素材にしていながら、デザインする段階で一工夫されている。一見、ありふれた動物でありながら、この世に一つしかない、ボイスンにしか生み出せない動物になっている。だから味がある。
さて、ベラヴィスタの集合住宅はそのモダンな建築意匠もさることながら、そこに暮らしている住人もまたただならぬ人たちであることを知った。それは安かろう、悪かろう、とか、うまい安い早いといったデフレのカルチャーにすっかり染まっていた自分によい刺激を与えてくれた。このカトラリーで食べるものは何なのだろう。そこでは生活のすべての事柄が調和しているに違いない。
帰りにコペンハーゲンから飛行機に乗るとき、空港の土産物屋でカイ・ボイスンの猿に出会った。この猿を見るたびに思い出すのはあの部屋の住人の生活である。
■カイ・ボイスンのホームページ
http://www.kaybojesen-denmark.com/About_Kay_Bojesen.aspx
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