2013年09月20日19時07分掲載
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コラム
パリの散歩道 詩人の生活 村上良太
パリではどんな詩が今日書かれているのだろう。フランス人の友人から一人の女性詩人を紹介してもらった。名前はカミーユ・ロイビエ(Camille Loivier)。パリ北部のモンマルトルで彼女は暮らしている。
住まいはマンションの6階。エレベーターはない。訪ねると、丁度今、新たな詩集を作っているところだという。カミーユさんの処女詩集は「Elegie a une pinsonne」というタイトルで、すぐ下に中国語訳で「燕雀之哀歌」と添えられている。pinsonnne(パンソン)はアトリという雀の一種の小さな渡り鳥だ。ユーラシア大陸北部に生息しているが冬が近づくと越冬のために欧州やアフリカ、あるいは中国、朝鮮半島、日本に渡ってくる。
この渡り鳥に自分を託して日常を歌ったのがこの詩集「燕雀之哀歌」のようである。左ページに中国語訳があり、右ページにフランス語の原詩がある。
C'est grace a notre pinsonne
Chetive pour le bord du chemin
O minuit ton bec et tes yeux ronds
(われらがアトリよ
長旅を前にして お前の体はあまりに小さい
午前0時 あぁ その嘴が、丸い目がなんと美しいことか)
処女詩集の最初の詩がこれだ。小さな渡り鳥が渡航前夜、静かに息を潜めている。その緊張に満ちた美しさを歌っている。カミーユさんも、どこかこのアトリに似て、細身で緊張感のただよう美しい女性である。
実はカミーユさんは僕の知り合いである彫刻家・幻灯師ヴァンサン・ベルゴン氏の奥さんである。彼らの住まいの向かいの古いバルで、家族と夕食を取りながら話を聞いた。一人息子のメルラン君は13歳の育ち盛りだ。最近、家族で日本や台湾を旅行したという。
ベルゴン氏もカミーユさんもともにパリのフランス国立東洋言語文化研究所(INALCO)で中国語を学んだ。中国・台湾や日本など東アジアの文化に惹かれているのだ。カミーユさんは日本の哲学者・九鬼周造の「「いき」の構造」をフランス語に翻訳した人でもある。現在、大学教授をしており、専門は台湾の文学だという。
「燕雀之哀歌」にはこの処女詩集を作った経緯が書かれている。もともと中国古来の文字の美しさに惹かれ、南京に住んで研究したが、中国語ですらすら表現しようと何度か試みたもののうまくいかなかったそうだ。そこでフランス語でまず体験したことを綴り、後に中国語に訳してみるようになった。この対訳でも台湾の知人たちの協力があったと記されている。
1980年代末、カミーユさんが初めて南京に足を踏み入れた頃、中国はもっと美しく、中国人たちは知恵に満ちていたという。今は〜過渡期なのだろうが〜あの頃の美しさを失ってしまった、とカミーユさんは嘆いている。しかし、中国も、自分も過去に戻ることはできないのだ。
Les pepiements de petits trous mecaniques
Pour coudre la memoire. Qu'on la laisse
Tranquille maintenant
La passion l'a tant epuisee. En image
Pas si chetive finalement par rapport au papillon
( 記憶をつむぐ機械の小さな穴から
さえずりが聞こえてくる
でも今は静まって欲しい
お前は自分の激情に疲れ果てているのだ
しかし、結局、映像の中のお前は
蝶に比べてそれほど劣っていたわけではない)
カミーユさんは小さな生き物や小さな存在に寄り添っているように見える。そして、その哀歌を紡いでいる。夫婦の台所の窓の外に、小鳥の巣箱が吊り下げてあり、そこには小鳥が何羽も出入りしていた。
カミーユさんは「Neige d'aout」(8月の雪)という文学同人誌を主催しており、そこでは東アジアの詩人とフランスの詩人が作品を掲載している。
http://www.neigedaout.org/
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