2013年12月03日09時58分掲載
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コラム
パリの物乞い
パリを歩いていると、あちこちで物乞いに出会うことになる。フランス人の知人に聞くと、最近ぐっと増えたそうだ。物乞いの中には他国から渡ってきたであろう人々もいれば、零落したフランス人と見える人もいる。具体的に話を聞いたわけではないから、出身地とか事情は不明だが、確かなことはたくさんいる、ということだ。
僕がよく通う中華レストランの前に物乞いの老いた男性がいつもいる。店内に座って食べていると、店の外の吹きさらしにいる彼の姿が目に入る。気まずいものだ。出入りのたびに小銭の何枚か入った空カンをじゃらじゃら鳴らして寄付を求めるのである。レストラン以外にも、たとえば町のパン屋の前にもいて、バゲットを買って帰ろうとすると、目の前に物乞いの手が伸びているのである。こういう場合は後ろめたい気持ちになってしまう。
女性の物乞いも多い。ジプシーなのか、移民なのか不明だ。物乞いの30%くらいは女性のような気がする。40代くらいの太った白人女性が改築中のアパートの入口に寝袋を敷いて常駐している。歩道の上なのだが、その一角は彼女の住まいであるかのようだ。留守の時は寝袋が畳んで置かれている。彼女が寝転んでいる場所の隣は鶏を焼いている店でいい匂いが絶えずする。彼女がその店の焼鳥弁当を食べていたのを見たこともある。
そうかと思えば地下鉄の構内の階段に座って本を呼んでいる女学生も物乞いだった。ボール紙に<学生ですが、生活に困っています>、と書かれていた。地下鉄構内で幼い娘を抱えた母親が物乞いをしているのも何度か見た。
パリの地下鉄では風物詩として音楽師たちが演奏したり歌ったりして、そのあとチップを求めて回る。今では物乞いたちも大きな声で「生活に困っています」と一口上あげてから、紙コップを手に回ってくる。それも地下鉄に乗れば毎回必ずと言っていいほどの頻度。幼い子供を連れた父親らしい人物もいれば身体障害者らしい人もいる。乗客の中にはお金を出す人もいれば出さない人もいる。買い物袋から果物を1つ取り出して渡す人もいる。しかし、一般に音楽師に比べると、こうした物乞いはうっとおしいと思われていることが多い。だから、お金を渡す人もほとんどいない。
しばしばパリの物乞いは犬を抱いている。知人に言わせると「物乞いに金をやるのではなく、犬がかわいそうだからやるんだ」ということになる。実際、愛犬家の小説家、ロジェ・グルニエも犬にまつわるエッセイ集「ユリシーズの涙」の中で、物乞いが犬を飼う理由を「犬を利用しているのだ」と説明している。そうではあるにしても、孤独で惨めな状況を犬は慰めてくれる友達であるに違いない。
「いい?物乞いの中には郊外に家をもっている人もいるのよ」と教えてくれた人もいる。しかし、本当に困っている人もいるのではないか、と思う。金がなくなって、労働許可証もないとき、生きるためにできる選択肢は限られてくる。世界中で不条理なことが至るところで起きていて、そのしわ寄せを受ける人がいる。たとえばベルビル(Belville)という地下鉄駅の近くには2〜3年前から中国人売春婦がたくさん立っているという。実際、用事で近くを通りかかると20〜30代の中国人女性が周辺に数十人日中からたむろしている。知人の話では「パリでいい仕事がある」と騙されて渡ってきた後、売春婦にさせられるケースが多いらしい。フランスはドラッグや人身売買の欧州の一大中継拠点であるということだ。
パリではどこに行っても物乞いは尽きない。僕も時々、硬貨をあげているが、全員にあげていたらキリがない。フランスでは失業率が10%台でリーマンショック以後、経済は低迷を続けている。農業分野でも自殺者が多いと報じられたばかりだ。そして欧州にはさらに中東やアフリカから戦乱を避けて命懸けでも渡ってこようとする人々が増えている。
■欧州も日本と同じ病に リーマンショック後、金融が収縮へ 〜スティーブ・ハンケ教授の分析から〜
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