2014年01月05日01時05分掲載
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米小説家デイブ・エガーズの話題作「サークル(The Circle)」 〜ソーシャルメディア時代の生を問う〜 とうとうプライバシーがなくなって・・・
デイブ・エガーズ(Dave Eggers)は近年、アメリカで最も注目されている作家のひとりと言えよう。2005年、ジョージ・W・ブッシュ政権の時代、ルイジアナを襲ったハリケーン・カトリーナ。あの時、多くの人々が行きまどった映像を私たちは見ている。エガーズはテレビに映った無数の人間の群れから一人の男に注目した。テロの容疑をかけられ収容所に入れられたシリア人ザイトゥーンである。善良な男ザイトゥーンがどのようにしてシリアからアメリカに移住し、どのようにテロ容疑者にされてしまったのか。これを取材してしっかり書いた。今にして思えばまさに書かれるべき話だっただろう。同じような物語が無数にあったに違いない。エガーズはこの「ザイトゥーン」(Zeitoun)で2010年の米国図書賞に輝いた。
エガーズの最新作は「The Circle(サークル)」と題する小説である。書評によると、今度はフィクションで、悪夢的な近未来小説のようだ。今全盛期を誇る検索エンジンとソーシャルメディアを売りにする<サークル>というIT企業に就職した若者たち。彼らは四六時中、端末に短いメッセ―ジを打ち続ける。会社にいる間だけでなく、家に帰ってもどこにいても。彼らにとってアクセス数を増やすことと、サムズアップ!(いいね!)マークをたくさんゲットすることは仕事なのである。こうして最早プライベートと仕事との境界線はなくなっていく。
いい小説、いい映画は触れた人々の想像力をかきたてるから、様々な批評が出てくる。筆者は未読だが、「サークル」の書評は結構盛り上がっている印象だ。
ニューヨークタイムズには'In praise of (offline )slow reading'((オフライン)のスロー読書を讃える)と題する批評が掲載された。寄稿したDavid Mikics氏はソーシャルメディアやネットサーフィンで情報の素早いやり取りばかりしていると、プライバシーを失ってしまい、「個」を養うことができなくなると指摘している。紙でゆっくりと読む読書が個性を発達させると言うのだ。紙のリアルな読書で初めて、他人の人生を想像することができ、その世界を生きることができる。ネットを使ったオンライン情報ではこれができないと言う。
Mikics氏の言う事はネットのソーシャルメディアの多くが<今・ココ・楽しい・可愛い・・・>と言った瞬間風速の情報が大半だということだ。こうしたメッセージのやり取りと共感の連鎖は退屈しのぎにはなるだろうけれど、本当に他人の、あるいは異邦人の生を想像するには適していないという。情報自体は山のようにあるだけでなく、刻々と増え続けている。価値ある情報も少なくないだろう。しかし、そこにはそれを受け止める時間と孤独がない。つまり、そこには’他者’がいない。どんなオンラインメッセージも1年もすると忘れてしまう。本のように読みかえし対話することがほとんどない。情報を真に受け止めるには自分自身と対話する必要があるのだが、それにはオフラインになる必要があるとMikics氏は説く。
筆者もネット媒体に書いているから、批判する立場より批判される立場にいるのではないかと思う。Mikics氏だけでなく、ネットを見るとニューヨークレビューオブブックスでも書評が出ているし、英紙ガーディアンでも触れられている。<プライバシーがなくなる>ということが今この世界の大きなテーマになっていると考える人が少なくないことを示している。エガーズの小説が現代文明に意欲的に挑戦していることを示しているのだと思う。
続々と書評が出ていることからも話題作であることは間違いない。
■NYTの書評 'Ring of Power'
http://www.nytimes.com/2013/11/03/books/review/the-circle-by-dave-eggers.html?_r=0
■ニューヨークレビューオブブックスの書評
’When Privacy Is Theft’(プライバシーが盗まれるとき)
by Margaret Atwood
http://www.nybooks.com/articles/archives/2013/nov/21/eggers-circle-when-privacy-is-theft/
カナダの作家マーガレット・アトウッドはプライバシーがなくなれば人は独房に入れられているのと同じであると結んでいる。アトウッドの批評を読んで、そういえばソーシャルメディアが盛んになる前、24時間固定カメラである部屋の住人を撮影し続ける映像が盛んにあったのを思い出した。「プライバシーが盗まれるとき」というタイトルから、時間泥棒を描いたミヒャエル・エンデの童話「モモ」を思い出した人も少なくないだろう。
■英紙ガーディアンの書評
http://www.theguardian.com/books/2013/oct/09/circle-dave-eggers-review
■雑誌ニューヨーカーの書評
http://www.newyorker.com/online/blogs/elements/2013/10/dave-eggers-the-circle-novel-sharing-is-caring-is-sharing.html
■日刊ベリタ デイブ・エガーズ著「ザイトゥーン」
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201211120059321
「最近、デイブ・エガーズの名前をしばしば目にするのは、彼が手弁当で町の子供たちに放課後、読み書きを教える「826バレンシア」という組織を2002年にNinive Calegari氏と共同で立ち上げたことにもある。カリフォルニアで町の子供たちの学力低下を食い止めるために、タダで手を貸してくれる仲間を集めて教育活動を始めたのだ。今やこの運動は全米各地に広がっているのである。こうした活動もまた、作家デイブ・エガーズの個性をよく表しているように感じられる。」
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