2014年02月07日12時44分掲載
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文化
【核を詠う】(141)『角川短歌年鑑』(平成24〜26年)の「作品点描」から原子力詠を読む(1) 山崎芳彦
「角川短歌年鑑」は、毎回「作品点描」にかなりの頁を割いて、その年の総合短歌誌、結社誌などに掲載された作品から、歌人が作品と作者を「点描」する企画を続けている。「点描」を書く歌人が選ぶ歌人とその作品についての評言、作品の読みなど、それぞれ個性や視点の据え方は当然区々であり、面白い企画だと読んでいる。今回から、その「作品点描」が取り上げた原子力詠を、平成24〜26年版の3年分を読みたい。
言うまでもなく、平成23年3月11日の東日本大震災・福島第一原発壊滅事故以後に、歌人が原発、原子力にかかわってどのように詠ってきたか、どのような作品が短歌月刊誌や大結社の歌誌などに発表されてきたかを知る一端になると思うからである。例によって、筆者の読みによるものであり、また作品の抄出だけで評言,掲載誌紙などを記載できないことについては、お詫びするとともに、作者の意図した歌意に添わない抄出についても、ご寛容をお願いしたい。また、心をひきつけられた多くの震災・津波をテーマにした作品を読んだが、本稿に抄出できなかった残念をおことわりしなければならない。地震・津波・原発事故が複合、重なり合っての被災事態を考えると、容易に震災詠という読みわけをするのには筆者の力不足があったかと思うが、ご容赦いただくしかない。
あの3・11から3年、短歌界も地震、津波、原発事故がもたらしたきわめて深刻な災害、いまも続いている人々の苦難について、東北在住の歌人をはじめ、全国の多くの詠う人々が、あの直後から詠わないではいられない作品を生み、また短歌人としてどのように向き合うかを論じてきた。これは今後さらにさまざまな視点から作品や評論として紡がれていくことになるはずだし、大切な課題としていかなければならないだろう。
地震、津波など天災(防災対策など天災とだけはいえないが)に加えて、明らかに人災としか言いようがない原発・原子力放射能による災害の現在・未来にわたる、全人類的、地球的な問題が明らかになり、したがって人間文明・文化のありようにまで思いを及ぼさなければならない時代に生きていることを、意識や感性の外に置くことはできないと思う。
いま、読んでいる短歌作品は、いやおうなしに、詠う人が生きている全時代の影、刻印を、意識するか否かに関わらず帯びることにならざるを得ない。
筆者はいま、やっと入手できた歌集『廣島』(昭和29年8月6日初版発行、第二書房刊行)を読んでいる。日本図書センター発行の「日本の原爆記録」 第17巻の『原爆歌集・句集広島編』に収録されているものを、この連載を始めてから読んではいるが、かなり古びた状態なので、ページを繰るのにも注意しなければならなくなっている歌集を読みながら、改めていま原爆・原発の問題を、原子力文明からの転換への展望を考えている。
既に目前だが、東京都知事選挙における争点からの「原発かくし」策動を打ち破って「脱原発・原発ゼロ」の人々の意思が示される、つまり安倍政権の原発再稼働への猛進にストップをかける、その政権が推し進めている危険な「逆流政治」そのものを拒否するために有効な結果を、筆者は心から望んでいる。原爆、原発にかかわる短歌作品を読み続けてきた一人としての思いである。
いま、詠われている原子力詠も残されなければならない。『角川短歌年鑑』の「作品点描」の作品を読んでいく。
◇角川短歌年鑑平成24年版◇
▽作品点描1 (水野昌雄)
▼凶まがと火を噴きあぐる列島に 漂(よ)りきて住めり 太古の民ら
親ゆづり 祖父ゆづりの 政治家(まつりごとびと)世に奢り 国をほろ
ぼす 民をほろぼす (岡野弘彦)
▼節電にて停まりゐるエスカレーターを登りゆく向日葵のスカート揺らし
(辻下淑子)
▽作品点描2 (秋葉四郎)
▼とりかへしつかざるものの具体とし三月三十一日以前の日常
(蒔田さくら子)
▼水芭蕉咲く村家畜多き村捨てていづこへ逃げよといふか
原発も津波も想定外にして想定外の人ら死にゆく (久津 晃)
▼原発はむしろ被害者、ではないか小さな声で弁護してみた
原子核エネルギーへの信頼はいまもゆるがぬされどされども
(岡井 隆)
▼半身の痛みこらふるに似る日々か東日本震災の春のかの日より
原子炉を冷やすべき水なみなみと眼前にありて鋼なす青 (石川恭子)
▼千年に一度の地震とぞ千年に一度の惨に遭ひしなり吾らは
敗戦時の焦土まざまざと眼交に海岸線は襤褸(らんる)千畳
嘆きつつ過ぎにし弥生 余震なほつづく大地に花けなげなり
(橋本喜典)
▼原子炉に危惧いだきたる遠き日も忘れしままに月日重ねき
黙示録のごとき世界に首垂れてゐるほかはなし考ふるため
(雨宮雅子)
▼おそろしうて悲しうてならぬ事毎のあはれ不熟の人間の智慧
(埜井喜美枝)
▽作品点描3 (沢口芙美)
▼ことごとく瓦礫となりし港町地球のエネルギーまざまざとして
働きものの如く気軽にあつかいて仕かえし受けしは目に見えぬもの
交付金頼りの貧しき町のくらし原発廃止に口ごもり居る
刻々と地球を汚してゆくことを排水成功とよびはばからず (水野昌雄)
▼なつかしきおもひかへりて蝋燭の火に照られをり停電の夜を
逃げられず逃げず被災し逝きませる老いおびただし悲し東北
(武田弘之)
▼知らされぬことのひとつはフクシマの発癌率か予報なき雨 (篠 弘)
▼「土下座せよ」言ふ人も言はれて為す人も既に復する無しと知りゐて
(村岡嘉子)
▼<危険なる作業現実>隠ぺいの体質を晒すツナミであった
天井に蛍光灯を敷きつめて明るすぎるよドラッグストア
部屋中の明かりを付けてキーを打つわれも加担者 原発事故の
(奥村晃作)
▼かかる被災予測し反対したる友無念にも避難生活をする (秋葉四郎)
▽作品点描4 (香川ヒサ)
▼悼むのはまだまだ早い死者の目がみひらき見てゐる空や海浪
(三井ゆき)
▼男(を)の孫のみどりご眠り―日すがらを、どうしやうもなきもの 降りつむ (成瀬 有)
▼耳なれぬ「計画停電」その夜を蝋燭の灯(ひ)が家族をつなぐ
捨てられた牛馬のすがた映しだす薄型テレビの四角がさむい
(前川佐重郎)
▽作品点描5(今野寿美)
▼福島が<フクシマ>となるなりゆきの経済はやはり人を殺める
(三枝昂之)
▼刈られざる麦の畑にざんざんと雨ふり誰も勝たない戦(いくさ)
(久々湊盈子)
▽作品点描6 (藤原龍一郎)
▼歌は予言の力を持てり断層が近くにあるにと歌ひし一人(いちにん)
沢の水飲むなと云へり安達太良山(あたたら)の雪にセシウム降り積むゆゑに (秋山佐和子)
▼わが和子の幸(さち)とおもへよ原発も大震災も知らずに逝きぬ
(小池 光)
▼原発はメルトダウンをしてゐると遠き木霊のやうにぞ聞ける
(池田はるみ)
▼柏市の線量高し 三月十四日「晴れ・風あり」と手帳に記しあり
(花山多佳子)
▼かの夏の放射能濃きヒロシマの瓦礫はいかに処分されしや (大下一真)
▼放射能安心神話が創られぬ原発安全神話吹き飛び
安心神話をただ垂れ流すテレビなど消してねむるべし節電のため
(真鍋正男)
▼見えざれば恐怖の輪郭もおぼろにておぼろのままに放射能を語る
いまさらに思ひ至りぬにんげんは力なき蚯蚓(みみず)、力なき蛙 (桑原正紀)
▽作品点描7 (谷岡亜紀)
▼どの家も冷房つけずにこらへゐむと嘉き妄想に汗まみれなる (島田修三)
▼はるかなる炉心熔融思ひをり白木蓮は火(ほ)のごと揺れて (渡辺幸一)
▼数へやうがなく想定外でしかなくそれで済むとはもとより思へず
(今野寿美)
▽作品点描8 (沖ななも)
▼その直後わらわらとみな外に出てまだ知らざりきほんとのことを
(小島ゆかり)
▼ゲーム理論とコンピュータと原爆と疾駆して成すさびしかりしや
(坂井修一)
▽作品点描9 (松村正直)
▼黒々とチェルノブイリの画像あり<ソビエト>の塔そびえし址(あと)と
(大塚寅彦)
▼子どもらは遠くへ逃げてパパたちが今日からランドセルで出勤
(穂村 弘)
▼子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え
(俵 万智)
▼つつましき契約電力量のうち曾祖母あをい羽を回せり (紀野 恵)
▽作品点描10 (中川佐和子)
▼福島がフクシマを経てFUKUSHIMAとなりゆく春を荷をまとめ、解く (森山良太)
▼一CC当り三百九十万ベクレルの春の水面にひたしいし足
陸奥の安達ヶ原の黒塚の夜をはたらく自衛隊放射能除染部隊
(奥田亡羊)
▼ (三月一七日午前十時前、福島第一原発)
ヘリの影、霞める空に現れぬ。かかる祈りを国家と呼べり
ふるさとは取り替へられぬ。くれなゐの同心円の中のふるさと
(高島 裕)
▼原子炉の辺(へ)に亡くなりし人の名はあらず過労のゆえと書くのみ
(吉川宏志)
▼震災以前震災以後とみちのくの時間まつぷたつに裂かれき (本田一弘)
▼被災者に桜を見せて「頑張る」と言はするテレビ番組はありむ
碑難民となりてさまよふ仙台駅東口みなマスクしてをり
逃走資金確かめながら東北を、杜の都を捨てるわたしは (大口玲子)
▼汚染水、冷却水に原発は苦しみ透析に父は臥しをり (梅内美嘉子)
▼イラストの燃料棒の太ささへ知らず見てゐるニュース解説
もともとは何度あつたか知らされず水もて冷やす術ばかり言ふ
(大松達知)
▽作品点描11 (大松達知)
▼本当におおごとなのだ内閣がほうれん草を食べてみせない (松本 秀)
▼満ち満ちた知識のすえにフクシマの神の火ゆめのごとくひろがる
(田中 濯)
▼連翹の枝を挿すなり父祖の土地の放射線量を測るかわりに (齋藤芳生)
次回も角川短歌年鑑の「作品点描」から原発詠を読む
(つづく)
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