2014年02月09日17時29分掲載  無料記事
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アーネスト・メイ著「歴史の教訓」 〜外交政策立案者は歴史を誤用する〜 失敗の分析と情報公開の大切さ

   アメリカの映画監督コーエン兄弟の作品ではよく犯罪者の失敗が描かれる。犯罪者たちが共謀して犯罪計画を立てる。しかし、最初に思い描いた青写真通りに事が運ばず、滑稽かつ悲惨な大失敗となる。コーエン兄弟の映画では意外な人物が途中で介入してあらぬ方向に事態が進む。しかも、犯罪者たちの間のコミュニケーションもうまくいかず、互いにさまざまな思惑と疑心暗鬼を抱いて身勝手に利己主義的に行動し、破滅に向かう。 
 
  コーエン兄弟の映画は常に哲学的なものを感じさせる。人間が未来予測を立てても、それを実現できるとは限らないという結果の不確実性である。未来予測を立てることを否定するのではない。しかし、結果はしばしば不確実なものだということである。 
 
■未来予測の難しさ 
 
  このことはフランスの哲学者アンリ・ベルクソンが「時間と自由」で考えていたこととも重なり合うテーマのように見える。人間には目前にAかBの岐路があり、そのどちらかを選択することが歴史である、という風に物事をとらえがちだが、それは後から見た後付けのモノの見方。実際にはAを選択したつもりが途中で出会った第三者が介入してBにたどり着いたり、AとBだけと思っていたらCという解決策があった、ということもある。ベルクソンは人間の意識も、外部の状況も刻々と変わるから、人間の行動はAかBかという絵に描いたような選択とは異なると言っている。 
 
  犯罪者がAかBか・・・と推測して合理的に計画を立てたとしても、途中でCという新たな事態に遭遇することがある。すると、そこで軌道修正を迫られるし、歩き出したら当初の予定と逆の選択肢に進んでしまったということもありうる。難しく考えるまでもなく、買い物に出かけて最初はあるものを買うつもりだったのに、買ってきたものは全然違ったものだった、ということは日常によくあることである。店に行って見たら思いがけない食材の特売を行っていたため、夜の献立を変えようと思ったりすることは少なくない。 
 
  サスペンス映画でも完全犯罪が失敗に終わるという話はよくある。「死刑台のエレベーター」という犯罪映画では男女が完全犯罪の計画を立てて進めていたのに、途中でエレベーターが止まって犯人の一人が中に閉じ込められ、時間のロスが生まれた結果、緻密に立てたはずの犯罪計画が狂ってしまう。 
 
■米外交の失敗例 〜過去の歴史事例の選択で誤る〜 
 
  小さな犯罪1つとっても失敗の可能性は無数に潜んでいる。犯罪計画の前提が間違っていることもあれば、途中で予想外の介入が起きることもある。まして外交をや、ある。ハーバーバード大学教授で米外交史家のアーネスト・メイは「歴史の教訓〜アメリカ外交はどう作られたか〜」で米外交政策の失敗について書いている。歴史の中でも勘違いで失敗した事例には事欠かないという。本書の中でメイは3つの命題を示す。 
 
ヽ宛鮴策の立案者は、歴史の教訓から強く影響を受ける 
△靴し外交政策の立案者はしばしば歴史の教訓を間違って適用する 
だから外交政策の立案者が教訓を得るためには歴史を正しく選択して適用しなければいけない 
 
  メイは外交政策立案者はしばしば現在起きている事態を過去の歴史的事件に当てはめて考えがちであるという。しかし、その事例が的確でなかった場合に勘違いした対策を立てて、将来大きな禍根を残してしまう。特に、政治家が間違ったアイデアを抱いた場合にその誤りをなかなか修正できないことが多いという。過去の歴史を参照すること自体は間違っていないのだが、歴史の中には様々なケースがあり、そのどれと現在の事態が似ているのか、ちょっとした思い付きで安易に結ぶつけてはいけないという。 
 
  「政策形成者は、歴史の中に類推を求める時、自分らがまず思いついたことに囚われてしまいがちである。彼らは、歴史の類推例を広範囲にわたって捜し出そうとしないし、それ以上にその先例を分析したり、先例の妥当性を検証したり、さらにはそれがなぜ政策上の陥穽に陥るのか問いただしたりすることさえしない。過去から現在への趨勢を見ることによって彼らは、現在が未来まで続くものと想定しがちであり、それからさらに進んで、現在を生みだしたものが何であり、またなぜ現在の連続線上に未来を描くことが誤っているのか、考察しようともしない。」 
 
  そしてメイは「歴史の教訓」の中で具体的に米外交がどんな誤りをおかしたかを歴史家の視点から客観的に検証するのである。第二次大戦、冷戦、朝鮮戦争と1950年、ヴェトナム戦争。これらで起きた米政策の具体的な失敗の例を分析し、あとの章では分析、予測、<歴史家の任務>について書いている。もちろん、上記のような能書きだけでなく、この具体的分析がこの本の売りなのである。 
 
  メイは本題に入る前に、コーエン兄弟の映画のようなエピソードを紹介している。一つはヒトラーによる歴史の誤用である。メイによると、ヒトラーは第二次大戦の緒戦でドイツの将軍たちが進言する潜水艦作戦の拡大を止めていた。それは第一次大戦で米国が参戦するきっかけになったのがドイツの潜水艦攻撃で米船が沈められたことだったからだ。だから、ヒトラーは米国攻撃を避けていれば米国の参戦は防げると考えていたらしい。ところが、同盟国の日本が真珠湾攻撃を行ったために米国が欧州戦線にも参戦することになってしまったのだ。 
 
  もう1つのエピソードは1956年のスエズ危機に立ち向かった英国のアンソニー・イーデン首相の失敗のケースである。エジプトのナセル政権を看過していると、ヒトラーへの宥和政策の失敗を繰り返すとイーデンは判断した。彼らはスエズ危機が1930年代の再来と見なし、軍事侵攻を行ったが、米ソの反対で失敗に終わったのである。 
 
  これらのエピソードではヒトラーもイーデンも歴史の教訓を正しく適用できなかったケースだとメイは見なしている。だから正確に歴史を見ることが大切なのだ、と。日本版の国家安全保障会議が立ち上がり、すでに外交軍事政策を立案しているのかもしれないが、歴史の誤用を避けないとコーエン兄弟の映画のように悲惨な結末になりかねない。メイが言うように、日本より同質性の弱い米国ですら外交政策の立案で、誤った空気に感染して冷静な分析ができなくなるのである。1つの価値観を共有する者で集まって外交政策を立案したら、一層冷静に事態を見られなくなってしまいかねない。メイの示唆を生かすとすると、歴史を恣意的に、つまり都合よく切り張りして使うのでなく、正しく分析しなければ教訓になりえないばかりか180度逆方向の政策を立案してしまいかねないことだ。 
 
■情報分析担当者の政治的中立性が必要 
 
  これに関して、メイの本に、小谷賢著「インテリジェンス」(ちくま学芸文庫)を追加しておきたい。小谷はインテリジェンスが失敗する大きな理由の1つに、情報分析を行う者が政府の空気を読み、政策立案者が望むデータを与えてしまうことがある、と指摘している。 
 
  イラク戦争の失敗もそのケースだった。小谷によればイラク戦争を勧めたネオコン(新保守主義者)たちの起源はレーガン政権の情報分析グループの者たちで、彼らは既存のインテリジェンス機関が提案する客観的なレポートとは別に、レーガン政権が喜びそうなデータを与えていたという。それはソ連がいかに軍事力を強化しているか、というデータだった。そして軍事拡大路線を取りたいレーガン政権にとってはそのデータが必要だったのである。こうして政治家に都合の良い分析を出す情報分析グループが台頭したことで敵の能力を過大評価していたのであり、そのことはソ連崩壊によって明らかになった。(これはジョン・ル・カレの情報ミステリ小説「ロシアハウス」のテーマでもある)しかし、この時のネオコングループが後のジョージ・W・ブッシュ政権で再結集して、サダム・フセインを叩きたい政治家の空気と同調して大量破壊兵器の存在を訴えることになった。小谷は、だから、こう記している。 
 
 「情報分析の正確さを保証するのは、インテリジェンスの政治的な中立性である。」 
 
  情報分析を行う者は政治的に中立でなくてはならない、と言うのである。しかし、安倍政権の傾向を見る限り、NHK経営委員の任命でもそうだが、客観的に事態を分析するタイプと言うよりロマン主義的な人物を信頼のおける人物と見なす傾向があるようだ。この傾向は日本版の国家安全保障会議の人選においても、繰り返されないと言えるだろうか。 
 
■誤った外交がもたらす重いつけ 
 
  コーエン兄弟の映画なら、たとえ計画に失敗しても死者はせいぜい4〜5人で済む。しかし、イラク戦争の死者は数十万人に及び、今日も死者が出ている。出口は10年たっても見えない。それどころか、シリア西部からイスラム原理主義グループがイラク領内に攻め込んで来ていると最近欧米紙で頻繁に報じられている。バグダッドでも戦闘の死者が多数に及んでいる。平和の樹立とは正反対である。イラク政府要人は米国の支援を今更ながら訴えている有様だ。しかし、イラク戦争の戦費の負担がかさみ、米国はすでに国家破産の淵に立たされている。 
 
  イラク戦争の時も、サダム・フセインをヒトラーにたとえ、1938年に英国のチェンバレン首相がヒトラーに対してとった宥和政策の教訓を汲めとする論を何度か目にした。だから歴史の教訓を正しく適用できなければ〜イデオロギー政争の具としてではなく〜外交の失敗に直結するものである。 
 
■情報公開の大切さ 〜歴史家の検証が不可欠〜 
 
  「専門の歴史家でなければけっしてできないことは、根気強く歴史資料を集めてそれを分析することである。歴史家がこの仕事をうまく遂行するためには、公的地位にある人々の行動に最も影響を及ぼしそうな事件−つまり、かなり身近な過去の事件−を、歴史家自身がもっとよく研究できるようにならなくてはいけない」 
 
  メイはこう記している。特定秘密保護法は、しかし、このような歴史家の研究を阻害する可能性がある。安倍政権は特定秘密の指定を過去にさかのぼる情報にまで遡及しようとしている。そうなると歴史家が検証することが難しくなるばかりか、何が特定秘密かすらわからないため、処罰のリスクを考えればその研究が委縮することになるだろう。それは誤りの原因を自ら検証も分析もできない結果にもつながり、おのずと日本の国力を弱めていくことにつながるだろう。企業の経営者なら、過去の失敗の的確な分析がどれほど有益かは身に染みてわかっているはずである。 
 
 
■アーネスト・メイ著「歴史の教訓」(岩波現代文庫、新藤榮一訳) 
 
■アーネスト・メイ(Ernest May ,1928-2009) 
'Ernest May, International Relations Expert, Dies at 80' 
(国際関係の専門家が逝去 享年80) 
http://www.nytimes.com/2009/06/07/us/07may.html 
 ニューヨークタイムズの追悼記事によればメイ氏はハーバード大学でインテリジェンスについても講じており、さらに9・11同時多発テロ事件の後は超党派で構成された9・11検証委員会に識者として参加していたという。 
 
■米インテリジェンス、近年の失敗例 
http://topics.nytimes.com/top/news/international/countriesandterritories/iraq/ 
  ニューヨークタイムズのイラク関連記事のリストを見ればイラクはますます危険な地域になりつつあるようである。 


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