2014年03月24日16時37分掲載
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コラム
「思想的な背景」とは? 〜「アンネの日記」破損事件から〜
東京都内など各地の図書館で「アンネの日記」が破損されていた事件で、今月30代の無職の男が逮捕されたと報じられた。男は犯行を供述したと報じられた。
しかし、新聞報道によると「男は本を破った動機について具体的な供述をしていないが、捜査本部は男の言動などから、思想的な背景は薄いとみている」(朝日 3月13日付)とある。
「アンネの日記」と関連書籍は310冊以上も破損されていたとされるが、男の自供は真実なのだろうか。もし、真実なら単独で310冊以上破損したのだろうか?
さらに、「思想的な背景は薄い」とあるが、いったい思想とは何なのだろう。マルクス主義とか、ナショナリズムとか、新自由主義とか様々なイデオロギーがあるが、思想とはそれだけを指す言葉ではないはずだ。
「広辞苑」によると、「思想」とは次のような意味だ。
1、かんがえ。考えられたこと。意見。
2(哲)
イ)判断以前の単なる直観の立場に止まらず、このような直観内容に論理的反省を加えてでき上がったものをいう。
ロ)社会・人生に対する全体的な思考の体系。社会的・政治的な性格をもつ場合が多い。
「広辞苑」によると、思想には普通の「かんがえ」という意味と、哲学上の論理体系、そして社会的・政治的な考え方という大別すると3つのとらえかたがあるようだ。
この事件で犯人に「思想的な背景は薄い」と書かれているのは、(ロ)に該当する意味だと思われる。犯人には特定の政治的な主張があったわけではなく、特定の政治団体との関連が見えない・・・この記事からはそう推測される。でなければ「思想的な背景は薄い」とは言えないだろう。しかし、13日の記事を読んだだけではなぜ思想的な背景が薄いと言えるのか、疑問に思った読者も多かったのではなかろうか。310冊も「アンネの日記」と関連本が破損されているのだ。それなのに思想的背景は薄いと言えるのだろうか?
朝日新聞は3月15日に「アンネの日記」を破損した犯人の続報を出した。
「男は調べに対して、「他の図書館でもやった。アンネ自身が書いた日記ではないのが許せなかった」などと話しているという。意味不明な供述もあり、同庁は刑事責任能力の有無も含めて、動機などについて慎重に調べている。政治的な思想が背景にあったわけではないとみている。」
ここでは逮捕された30代の男が犯行の動機を「アンネ自身が書いた日記でないのが許せなかった」と語ったとされる。アンネの日記はユダヤ人の少女アンネ・フランクが書いたものである。しかし、犯人はそう考えず、「アンネの日記」を破損する行動に出た。そして、この記事では明確に「政治的な思想が背景にあったわけではないとみている」と、13日の記事にあった漠然とした「思想」から「政治的な思想」という風に「思想」の意味合いを絞っている。つまり、男には思想はあったが、政治的な思想とは言えない、という意味付けなのだろう。
広辞苑は「かんがえ」とか「意見」という誰でも行っている行為をもって「思想」であると明確に記している。言葉の定義から思想は特殊な一部の人間の営みではない。パスカルが言ったように「人間は考える葦」であるなら、人間は誰でも思想を持っている。
しかし、1980年代を思い出せば、「思想」という言葉は「危険思想」とか、「過激思想」という言葉と同一的に捉えられる傾向があった。思想という言葉は政治的なイデオロギーと切り離せない、そんな思潮が流行していたと記憶している。思想=危険思想=危険。こうしたトレンドが生まれてきた。何か思想めいたものは「キケン」という一言で片付けるようになっていった。
だから80年代の学生の多くは「思想」とは距離を置こうと考えるようになった。思想を扱った哲学書や教養書も読まなくなった。そこには思想とは外来のイデオロギーを無理やり頭に詰め込むイメージがつきまとっていたように思う。思想とは外部からUFOのように飛来するもので、思想が自分の日々の生活から積み上げられた個的な考え方や意見である、という風に誰も思わなくなっていった。
今回の「アンネの日記」破損事件について言えば知りたいのは政治的な背景があったかどうかということよりも、そもそも今、なぜ男がこのような行動に出たのか?ということだ。「アンネ自身が書いた日記でないのが許せなかった」と言ったとされるが、いったいなぜそのように考えるようになったのか。また、さらになぜ本を破損する行動にあえて出たのか?男の「思想」を理解したいと思うのである。記事によると、「意味不明な言動をしている」など、男の精神は乱れているようなのだが、だからと言って思想がないということにはならないのではなかろうか。精神の乱れ=無思想、ではない。政治団体と無縁=無思想、ではない。どんな人間でも思想を持って生きている。
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