2014年03月28日13時52分掲載
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文化
【核を詠う】(148) 福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(5) 「原発に真向ひ生き来し友なるを歌集一冊『青白き光』」 山崎芳彦
福島の歌人による同人歌誌『翔』(季刊)を読んできているが、今回は第42号(平成25年1月26日発行)、第43号(同4月27日発行)の作品から原子力詠を読ませていただく。同誌の作品はもとより原子力にかかわる短歌に限定して収録しているわけではなく、それぞれの歌人が個性のある多彩な作品を寄せている。しかし、この連載で詠み始めた第35号(平成23年4月発行)以後、東日本大震災・福島原発壊滅事故に関わっての作品が大きなウェイトを占めているのは、地震・津波の被災と、さらに深刻極まりない原発事故が解決、収束の見通しがなく続いているなかで、福島の地に生き、生活し、思い、日々を過ごしながら詠い続けているのだから、それぞれ置かれている立場や生活の場、家族や地域の現実が異なりはしても、当然であろう。
原発事故による被災の現実にまともに向かい合い、そこから歌を紡ごうとする意識的な歌人としての構えを強く持つ歌人にとって、同誌に寄せる作品として震災・原発詠が多くなるのであろう。毎号1人10首の出詠であるから、その背後にはかなりの数の作品が堆積しているに違いない。
第42号の巻頭言で編集発行人の波汐國芳さんは「3・11大震災二年目に思う」と題した新春提言を記している。その中で、「未だに放射能におののく毎日・・・放射能が福島県土を覆っているし、加えて沿岸部は津波の爪跡である瓦礫が累々と連なり、復興はその瓦礫の彼方に押し上げられたまま」と書いた。大地震・大津波、そして原発事故による被曝の大惨事に居合わせた不幸とも言い、しかし「その不幸を試練と考え、プラスに変換してゆくことが必要」として、歌人としての課題を提起する。
第一に、「被曝地における生の証を詠う」ことを挙げ、「われらは歌人であるから、その歌はこの土地・時代に居合わせたことの生の証としてとらえ、・・・如何に生きたか、積極的にその生の実存を掘り下げ、後世に残していくべきであろう。」と述べる。「とくに原発の問題は原子炉が廃炉になったとしても、完全に放射能が無くなるまでは七〇年以上もかかるといわれるし、完全収束は後世になるわけで、子孫の代まで原発石棺の中に居ることになる。」としつつ、「ともあれ、本誌『翔』は各人の個性を尊重しながら、悲運の時代・試練の時代に居合わせているという認識のもと、さらにダイナミックな行動で可能性の空を掴むべく、羽ばたかねばなるまい」と信念を吐露する。
また、波汐さんは、第二に「もっと怒りを詠う」ことを提言する。
「原発事故の被害についていえば『福島の人はおとなしいから、耐えているのかも知れないが、もっと怒るべきなのではないか』と他県の人の声も聴く。それにつけても、もっと怒ることによって何かを動かせるのではないか、怒りを歌に昇華させることによって大きな感動を生み、何かを動かす原動力にもなれると思う。・・・立つ心,起つ心を詠んで復興に参加することがわれらの使命ではあるまいか。」と、歌人として原発事故よってもたらされた苦難の現実に向かい合い、怒りを抑制するだけでなく、表出させることの大切さを言う。
事故以前から原発の危険性を警告する作品を詠い続けてきた波汐さんの提言だけに、福島のみならず全国の歌人がそれぞれの立場から、原子力問題に意識的に関心を寄せ、作品化することへの一石だといえると思う。
また第42号には、三瓶弘次さんの「ベラルーシの今」と題した一連の歌が掲載されていることに注目した。チェルノブイリの原発事故による深刻な被災を受けたベラルーシを、平成24年11月に福島市の市民視察団が訪問したとき、福島商工会館常務理事である三瓶さんも参加したのだが、その経験を踏まえた作品を出詠している。「福島市政だより」(25年5月号)で「ベラルーシ共和国復興の取り組みから学ぶ」(同年2月に開催した「市民フォーラム」での視察団報告会の内容)を特集し、三瓶さんの報告と手記も掲載されている。
三瓶さんのその手記「私が見たベラルーシ」では、「娘の初産は親元でという楽しみがおぞましい放射能汚染によってつぶされたかと思っていた矢先、娘が福島市で出産するといってきました。うれしいやら、不安やら気持ちが錯綜する中で無事男児が誕生しました。はたして、今後、この福島市に何のためらいもなく孫を呼び寄せ一緒に遊べるのだろうか。ベラルーシ視察団への参加はそんな懸念が動機となりました。」と述べるとともに、ベラルーシ視察の報告として、「ベラルーシの辛く、苦しい試行錯誤の四半世紀の取り組みは、福島市の放射能汚染対策に大いに役立つものでした」として
視察のテーマとした「システム・食」について、「一つ目は内部被曝の徹底回避。放射線の影響は大人より子供が、さらに子供が小さいほど受けやすいため、汚染の疑いのある食品は絶対に口に入れさせないこと」、「二つ目は放射能汚染の深刻さ、人知を超えた事態。除染は喫緊の課題であり、放射能汚染物の恒久的な搬入先を早急に決めるための特別立法も必要」、「三つ目は放射能についての正しい情報の発信と効果的伝達の徹底」を訴えている。三瓶さんは、このような体験や、考えも踏まえながら作歌している。
『翔』の原子力詠を読みながら、いま原発維持・再稼働をすすめる政府・電力企業をはじめとする勢力が,「放射能安全神話」の流布、浸透にさまざまな策を弄していることの犯罪性を考えている。医学的・科学的な装いで、報道、学校教育や、講演会、住民説明会、健康調査発表、政府刊行物(今年2月には復興庁などのホームページで『放射線リスクに関する基礎的情報』を公表)、その他さまざまな手段、方法で「原発安全神話」(世界一厳しいレベルの新規制基準などの宣伝)に加えて、「放射能安全神話」を創る「犯罪」は、福島はじめ放射能汚染によって大きな被害を受け続けている人々を、さらに深く傷つけ、新たな被害を作り出すことになる。怒りを持って、このような原子力依存を維持しようとする企みを打ち砕かなければならない。『翔』の作品を読もう。
◇『翔』第42号(平成平成25年1月26日発行)抄◇
▼三瓶弘次
チェルノブイリを歴史と語るベラルーシこころも肌も透きとほりゐむ
疾風に知る勁草ぞ眦を決するまでの四半世紀は
チェルノブイリの惨禍を受けしベラルーシ 今、原発を建つるか哀れ
セシウムを「生死有無」との変換にふと鳥肌の立ちしを覚ゆ
セシウムに立入禁止の森あまた嘗ての恵みを語る老婆は
ベラルーシの四半世紀を聞きながら丸ごと齧る素朴な林檎
▼波汐國芳
活断層の植えに置かるる原発ぞ揺さぶりかくるは「手力男」かも
震災に爆ぜし原発々噫恐竜の化石が起つや
核運ぶミサイルすでに成りしとふ国ぞ其をもて撃て己れこそ
アメリカの西海岸に届くといふミサイル飛ばせば迫る彼岸か
我が街にセシウム減らず戦きて手繰り手繰るを何処迄も闇
▼伊藤正幸
原発に追はるる人らの黙深し誘致せしこと咎のごとくに
メルトダウン原子炉建屋爆ぜたるに目を醒まししか盲の吾ら
放射能に汚染されにしこの土ぞ風葬のごと時をば待たむ
この世界に四百基余の原発ぞホモ・サピエンスの墓標とならむ
この星に核の発電とめどなしフクシマの事故なきがごとくに
夜半の雨聴きつつ思ふこの星のヒトの手による放射能汚染
原発の工事再開さるるとふ列島のうなじ下北の地に
原発の事故の記憶を掻き消すか大間崎の速き潮流
原発の差し止め訴訟に参加せし歌友は事故のその後を言はず
反原発の友より貰ひし夜顔の花に耳寄せ嘆きを聴かむ
▼橋本はつ代
丹精を込めし果樹なり除染ゆゑ木魂やどるを切らねばならず
放射能にさらされながら耐へてゐる吾らに今こそ生れよ風神
被曝地の吾の嘆きを知らぬ気に池の鯉らのゆつたり泳ぐ
除染とふ名のもとなべて剥がさるるこごみ・ぜんまい・しどきの株も
花芽もつ染井吉野の若木なり切らむと思ふを亡夫よ許せよ
除染とて切り捨てらるる果樹の木々吾の余生を支へ呉れしに
地を這ひて日溜りに咲く竜胆のふかき紫哀れ見納め
▼児玉正敏
この桃は樹齢盛りとなりたれど原発事故ゆゑ伐採と決む
先延ばし繰り返すたび福島は世界に晒すフクシマとなり
大仰に除染をすれど線量計嘲笑ふがに数値を示す
朝夕に会話聞きたる二歳児がゲンパチュウゲンパチュウ唱へてをりぬ
学校は除染に除染重ぬれど心の除染に届く手はなし
▼紺野 敬
団栗にセシウムありて盲ひ吾の触るるを喜び奪はれてゐる
▼古山信子
草取りの媼の言葉胸を刺す未だ地面にセシウム多しと
▼桑原三代松
全国の除染業者に晒されて福島の地は恥部をさらすか
孫請けの人等汗して働くを見かねて我れも草むらに入る
うぶすなの神よ怒れよ緑濃きこの福島にセシウムの降る
献上をせむとて育む桃の実にセシウム舞ふを危ぶみゐたり
行政も除染効果を告げざればいたたまれずに鍬打つ我れぞ
あかあかと雲の端にまで燃え移り未だくすぶる原発炉心
セシウムの潜みゐむとて庭隅に線量計もて探すもあはれ
故郷に帰れぬ人の幾万と仰ぎてゐむかこの茜空
▼上妻ヒデ
放射能悪魔と聞くが忍びきて花無花果にそと隠るるか
▼波汐朝子
丹精の夕顔咲けり数多なる花々被曝の闇に点るも
庭の辺の柿の実・柚子もセシウムに侵かされをりや鳥らも寄らず
この秋も福島りんご売れざると農らが嘆く風評嘆く
マッチ箱並べし如き「仮設」なれば頻き降る雪に耐え果せるや
離れ住む孫迄夫の歌集読み原発事故への怒りを云へり
◇『翔』第43号(平成25年4月27日発行)抄◇
▼中潟あや子
神ならず神の形に造られし人なり原発止められぬかな
▼薗部 晃
放射能汚染のために庭土を剥がせり水仙もみな剥がしたり
放射能の線量高き園庭に子ら見えず雀ら躍りゐるのみ
風評被害の桃なりと言ふ知事殿の添へ書きありて安心と言ふ
放射能値高しと思ふ桃なれば妻と吾とがつまみゐるのみ
セシウムの汚染田米は市民向け農らが食むは秋田米といふ
セシウム汚染に山と積みたる柿の実を示して補償を求むる農ら
原発事故に一時帰宅の老い人が止まりし時を呼ぶ新聞に
「まう住めないだらう」と線量計見ながら怒るふる里人ら
農われも除染シャベルを下げしまま御霊鎮めの黙祷捧ぐ
今にして思へばわれの避難地は線量マップのグレーゾーンなりき
▼波汐國芳
除染とや産土の土剥がれつつ風寒々とその土のいろ
鮫川とふ古里の川ゆ鮫出でてセシウム食めよ食み尽すまで
帰化人の裔もてみちのく討たせしを今セシウムもて討たむとや
鬼遣ひの鬼も戻れよ戻り来てセシウムを討つ我にくみせよ
ねずみ一つ原発操作さまたぐとふ笑つて済ます些事にはあらね
セシウムの半減期三十そは刑期 このまま死なば獄中死とや
罪無きも交りゐるとふ煉獄の奥処遠くに連なるわれら
アテルイは蝦夷の砦ぞ みちのくに今欲る心その反骨を
まうすぐに辛夷が咲くね除染終へほんとの笑みも戻って来ますか
▼伊藤正幸
庭先の落葉掻きをりかさこそと混じりをらむやセシウムの音
セシウムに汚染されたるわが町ぞ元日なれど日の丸はなし
低量の被曝のわが身と思へども微熱のあれば微熱に悩む
低量の被曝と言へど町なかの線量計を今朝も見にゆく
外つ国と領土問題抱へしを原発事故に失せゆく国土
廃炉まで四十年とや溶融の燠を傍へに棲むほかはなし
原発に間近き友ぞ原発ゆ逃れし果てを死の床にあり
原発に真向ひ生き来し友なるを歌集一冊『青白き光』
原発と米軍基地を鄙に住む人らに押しつけ来たるは誰ぞ
擦れ合ふプレート上の列島ぞ原発載せて今日も揺るるを
▼三瓶弘次
闇雲に原発の是非を問ふ勿れ隘路の先に『バカの壁』あり
ふるさとは帰還困難区域とふ衾を被き泣き濡るる民
▼橋本はつ代
逢ひたしとふ仮設住まひの友ありて電話の向ふの闇深からむ
まだ迷ふ食べる食べないいわき産・柚子の黄色を掌に包みつつ
放射能運びくる風吹く勿れ羽ばたかむとする海猫のため
▼児玉正敏
心まで汚染はせぬぞ福島は魂だけは真白きままに
今年こそ数多が食ぶる桃になれ祈りを込めて脚立に登る
チエンソーがうなりをあげて切り倒す柿の木どさりとセシウム重し
ぱちぱちと炎が爆ずるどんど焼き福島の地を隅まで祓へ
子供にも孫にも食まぬと言はるれば伐るほかになし咲き盛る桃
原発の事故後議論は百出し識者なる人千人を超す
原発の事故にブランド崩れ落ち他県の産に化くる米出づ
柿の葉の今年の色は赤が濃し放射能をば恨みしゆゑか
脳天を突き抜くるほどの怒りには冷却する水如何にも足らず
▼紺野 敬
避難地ゆ未だ戻らぬ子ら待つか小学校の桜匂ふを
久々に飯館村を過ぎゆけばあら草の匂ひ立ちてくるのみ
飯館の牧場の隅に新しき馬糞ありとて胸撫で下ろす
放射能ゆゑに訪はねば河原辺の遊歩道さへ雑草が占む
電飾に照らされながら眠れない眠れないと嘆く裸木
▼古山信子
師の歌集『姥外の歌』に吾も思ふ「原発の収束聴くは」いつの日
四季桜枝を落として丸坊主セシウム多しと切りて仕舞ひぬ
避難より戻りし初孫のため水 米 野菜の産地確む
避難より戻りし子等を迎へたる新年われには替ふるものなし
▼渡辺浩子
原発の現場に向かふ車かも今朝も車列を連ねてゆけり
放射能検査済みラベル貼られたるしひたけを買ひ孫にも食ます
▼岡田 稔
原発の事故に追はれし青年と肩を並べて柏手を打つ
▼桑原三代松
細胞にあまたの遺伝子刻みたる創造主を思ひてみたり
それぞれの過去は秘めおき無難なる話をしてゐる除染仲間か
▼三好幸治
総選挙結果の報道眺めつつ原発事故の風化を恐る
▼鈴木紀男
福島のうまきリンゴを齧るとき原発事故のなければと思ふ
銀嶺の輝く朝は放射線量忘れて大きく深呼吸する
▼上妻ヒデ
見張番置かねばならず原発は油断のならぬ奴にしあれば
本当に解決する気があるのかな 税金 原発反対 反対
▼波汐朝子
原発の事故より二年経ちたるも「仮設」の人ら未だ還れず
一向に除染進まぬこの町ぞ窓あけられず野菜も作れず
人住まぬ飯館村ぞ庭を覆ふ枯草揺れて物言ふ如し
セシウムをふくむ柚子の実採らざれば朝日を浴びて怪しく光る
風評に売れぬりんごを食べよとてどさりと配る農の友なり
スーパーに古里の魚あらざれば他県の魚を購ひ帰る
この庭にわが舌充たす干し柿の味覚を絶たすセシウムなりき
次回も『翔』の原子力詠を読み続ける。 (つづく)
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