2014年08月08日00時03分掲載
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反戦・平和
【編集長インタビュー 集団的自衛権を考える】 暴走する“時代錯誤”(1) 100年前に向け逆走する安倍安全保障政策 前田哲男
集団的自衛権行使容認の閣議決定は何を意味するのか。何人かの意見を聞いた。最初は軍事ジャーナリストの前田哲男さん。安倍安全保障観は100年前に第1次世界大戦時の概念に他ならないと指摘する。房総する時代錯誤の行き着く先はどこか。さまざまの側面から分析する。(聞き手・構成 大野和興)
◆一〇〇年前の安全保障観に逆戻り
ー7月1日の閣議で集団的自衛権行使容認が決定されました。メディアは日本の安全保障政策の大転換と伝えています。そうだとするならば、いかなる意味で大転換なのか、何がどう転換されたのか。
前田 あの閣議決定は戦後安保政策の大転換と新聞もテレビも伝えていました。それはまちがいない。その方向性と意味において二つの転換があります。一つは憲法の解釈を大転換したことです。政府はこれまで個別的自衛権の行使のみが憲法9条2項の枠内で認められるという解釈をとってきました。その解釈を転換させて、他国の戦争への関与を集団的自衛権の行使を含め合憲である、とした。憲法解釈並びに日本の防衛政策を一転させたわけです。
もう一つは、日本が軍事安全保障を主要な国策とするとした意味ないし効果における転換です。これはアジア諸国が今回の集団的自衛権行使容認をどう受け止めるかとも関連してきます。安全保障政策の根幹に軍事を据えるという発信を国際社会に行った。この二つにおいて、これまでになかった決定だったと思います。
―第一の点についてはメディアでも触れていますが、第二点の安全保障における転換についてはあまり触れられていないですね。
前田 安全保障をどう定義するかということにも関わってくるでしょうが、「安全保障とは国民生活をさまざまな脅威から守る手立てである」と簡略に定義してみましょう。「何から、なにを、どう守るか」、いまの国際社会の中ではいろんな要素が絡まり合って、複雑になっています。関係性が複雑になり、依存の関係が密になっています。一〇〇年前、第一次世界大戦が始まったころは、主権国家が世界で20とか30という時代でしたし、それらの国家が「勢力均衡」(バランス・オブ・パワー)という安全保障の考え方のもとで攻守同盟を結びます。いまの集団的自衛権ですね。第一次世界大戦は独墺、露仏、英仏、英米、日英といった攻守同盟が絡まり合い、連鎖しあいました。第一次大戦の発端は「サラエボ事件」というはいまでいうテロでした。オーストリアの皇太子が殺され、オーストリアはその背後にセルビアがいると断じます。そのオーストリアにドイツがつき、セルビアのは後にはロシアがいて、ロシアはフランスと同盟を結んでいた。また、フランスとイギリス、イギリスとアメリカはつながっていた。さらには日本も「日英同盟」という関係にあった。攻守同盟、いまふうに言えば「集団的自衛権」の玉突き状態が大戦に発展したわけです。テロが地域紛争になり、地域紛争が欧州大戦になり、欧州大戦が世界大戦になった。
この当時の安全保障観は勢力均衡、攻守同盟による平和だったのですね。それが第二次世界大戦まで続くのですが、第二次大戦以後、安全保障に対する考え方は徐々に変わっていきます。安全保障という言葉、用語それ自体にしても、例えば我々はいま「食糧安全保障」、「エネルギー安全保障」、さらには「環境安全保障」などというように多様に用います。安全保障という概念が戦争とか軍事だけでなく、もっと広い、大きな文脈の中でとらえられるようになったわけです。一〇〇年前、第一次大戦を引き起こした欧州大陸はいま二八カ国が参加する「ヨーロッパ連合=EU」を結成し、一種の不戦同盟ともいえる安全保障をつくりあげ、国家を超えた安全保障――「外交・共通の安全保障政策」を採用しています。一〇〇年前の教訓から学んで、勢力均衡とか軍事優先の安全保障は通用しないということを理解しているわけです。似たような例はASEAN(東南アジア諸国連合)です。加盟一〇カ国がウィンウィンの共通の安全保障を模索している。EUほど完成してはいませんが、同じような方向に向かています。
このように安全保障の潮流はEU型、ASEANN型という方向にあります。安全保障という考え方そのものが変わってきているのです。安倍政権はそこに全く目を向けず、一〇〇年前の勢力均衡・軍事優先型の安全保障観を選びとった。時代錯誤です。それは日本国民にとっての不幸であると同時に近隣諸国に対して威嚇と恫喝のメッセージを送ることになる。安倍さんは「中国が軍事力を強大化するからだ」「北朝鮮がミサイルや核を開発するからだ」という言い訳しましが、軍事優先型安全保障を選び取ることによってもたらされる近未来は、軍拡のシーソーゲームでしかありません 威嚇と恫喝は相手にとっては挑発ですから、相手も軍拡で対抗する。一触即発的状況が生まれることが予想されます。そのような危険な道筋を選び取ったという意味での安全保障政策の大転換なのです。
◆ヨーロッパ、アジアの近代史を否定
―オバマの安全保障政策は安倍と異なり、軍事一辺倒ではないという気がしますが。
前田 明らかにそうですね。しかし安倍さんは次の大統領、レーガン、ブッシュにつながる共和派の、タカ派的な政府がアメリカに戻ってくると半ば期待し、予測し手いるのではないでしょうか。オバマ戦略と今回の閣議決定は整合性がないですね。オバマの安全保障政策は、もちろん軍事を捨てたわけではありませんが、日本の掃海艇にペルシャ湾に来てほしいというような形の地域派兵はしない。それはイランやシリアとの緊張関係を代\解する過程で実証されました。今回のイラクの危機に際しても顧問団は派遣するが地上部隊は出さない。次の米政権にタカ派、ネオコン派が出てきたとしても、アメリカが再び湾岸戦争、アフガニスタン・イラクといった地域戦争に手を染めるかというと、その可能性は少ないでしょうね。議会も世論ももうこりごりだという思いでいます。そこでも安倍さんの今回の決定は空回りしているという印象を持ちます。
―アジアではどうでしょうか。
前田 先ほども言いましたようにASEANの安全保障はEUの流れと軌を一にしています。ギリシャ時代以来、ヨーロッパは“戦争のふるさと”といわれてきたのですが、それがEUという形で一種の不戦同盟を作った。その意義は画期的です。ASEANに目を転じますと、第二次大戦前、タイが名目上は独立国でしたが、すべて西欧列強の植民地でした。戦後、それぞれのやり方で独立を果たし、一時期はSEATO(東南アジア諸国連合)というアメリカのもとでの地域集団安全保障を作った。これはアメリカのもとでの集団的自衛権ですね。そのもとで各国はべトナム戦争に派兵した、タイには巨大な米軍基地がありました。フィリピンには海軍のシービック、空軍のクラークという極東最大の基地が置かれてた。ベトナム戦争が終わるころから、経済的自立を図るための動きとしてASEANが生まれ、除序に政治的共同体を含むものに発展し、いまではTAC(東南アジア友好条約)を2015年には視野に収めるまでになった。
日本が今回選び取った安全保障のあり方、安倍さんは何度も「抑止力を強める」といういい方をしていますが、それは軍事におる抑止力ですね。そういう抑止力とは異質の、かつて植民地だった小国が結束することによって安全保障の新しい形が模索され、積み上げれている。安倍型の、外国で戦争することも含めた力の安全保障をいま日本が宣言することは、長期的にみれば、否定的な答えしか返ってこないでしょうね。安倍安全保障に異質さは、ヨーロッパやアジアの近代史のみならず、日本の近代史に照らしても破産宣告が突き付けられた安全保障観なのです。
(季刊『変革のアソシエ』17号より転載)
まえだ・てつお 1938年生まれ。1938年福岡県生まれ。長崎放送記者だった1961〜71年に原子力潜水艦、原子力空母の佐世保寄港に立ち会う。退職後、フリージャーナリストとして在日米軍・自衛隊の現場を取材、「ビキニ核実験」による住民の低線量被害や日本軍の「重慶爆撃」の歴史的意義を発掘した。また、自衛隊改編をふくむ武力によらない安全保障構築について『日本防衛新論』(現代の理論社1982年)から『自衛隊のジレンマ』(現代書館2011年)まで追求してきた。95〜2005年、東京国際大学国際関係学部教授、2011年まで沖縄大学客員教授。著書に『戦略爆撃の思想』(凱風社)、『検証 PKOと自衛隊』『自衛隊 変容のゆくえ』『ハンドブック 集団的自衛権』『ブックレット 何のための秘密保全法か』(以上岩波書店)、『9条で政治を変える 平和基本法』『「従属」から「自立」へ 日米安保を変える』(以上高文研)、『〈沖縄〉基地問題を知る事典』、『Q&Aで読む日本軍事入門』(以上吉川弘文館)など。
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