2014年08月10日14時47分掲載
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文化
【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(2) 「一瞬の放射能深くをさなごの五臓おかせしを八年後に知る」 山崎芳彦
日本軍国主義の侵略戦争とアメリカ政府の許されない戦争犯罪が惹き起こした広島、長崎への原爆投下によって未曽有の惨禍がもたらされた日から69年、6日には広島で平和祈念式典が,9日には長崎で平和祈念式典が開催された。筆者はテレビで両式典を視聴したのだが、この二つの式典の来賓席に座り、また挨拶を述べた安倍晋三首相の存在に深い違和感を覚え、また安倍首相自身がその席に身を置くことへの不快感に苛立っている心情を感じた。特に、長崎の式典で田上長崎市長が平和宣言で集団的自衛権の行使容認閣議決定に言及し「平和の原点が揺らいでいるのではないかという不安と懸念が、急ぐ議論の中で生まれている。」と述べた時の眼の動き。
さらに被爆者代表(城臺美彌子さん)が「平和への誓い」の中で核兵器禁止条約の早期実現に向けて日本政府は世界のリーダーになって先頭に立つ義務があることを述べたうえで、「しかし現在の日本政府はその役割を果たしているでしょうか。今進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です。」と断じ、「日本が戦争ができる国になり、日本の平和を武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。」と強調し、さらに福島原発事故について被災者の苦しみについても触れ、「原発再稼働、原発輸出、行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未解決です。早急に廃炉を検討してください。」と述べるころには、その表情と仕草にはいらだちと憤懣が露骨に表れていた。
彼は、この二つの式典に来賓として、国の代表として出席すべき「資格」も、また自覚的見識も、そして何より自ら進んで身を置く意思も持たないのであったろう。両式典における首相あいさつが昨年のものとほぼ同じで「コペピ」であったのは、そのような人物をこの国の首相にさせて、あたかも「全権者」の如くふるまうことを許してしまった、恐らく遠くない将来に人々にとって深い痛恨事として想起するであろう「悪夢の時代」であると思えば、決して許しうることではないが「さもありなん」と思ってしまう。
今回から、歌集『廣島』の作品を、かなりのボリュームになるが読み続けていきたい。作品に対しての解釈や私評をさしはさむつもりはないし、そもそも、筆者には不可能だ。ただ、一首一首を、自身の持っている、限りある想像力、理解力、そして必要なことは教えられる力、調べる意欲をもって読もうと思う。必要なら歴史を学ぼう、さまざまな資料も見よう、これから読む作品には、単なる短歌的な向かいあいでは受け止めきれない、しかし決して何かをつかむことは困難ではない短歌表現があると思う。
すでに述べたように、1753首が収録されている。(その背後には掲載されなかった約5000首がある。) そのために、いささか読みにくいことになることを容赦いただいて、行間が詰まった構成にさせていただいたことをお断りする。また、時に旧字の一部を現代表記にせざるを得ない場合があることもお許しいただきたい。
◇安達艶子 無職◇
原爆の記念館は工事半ばにて幾年か雨に曝らされてゐる
縮景園の池にめだかをすくひ居る吾子は原爆の怒を知らず
イサム-ノグチの設計にかかる平和大橋を陸続と保安隊のトラック過ぎゆく
原子砂漠を抜けて宇品に電車入れば立ち続く街路樹の緑眼にしむ
魂眠る墓地掘り起し比治山に原爆研究所鮮やかに立つ
◇秋山節子 主婦◇
名勝とかはりて来たり原爆中心部ヘリコプターも碑の空翔ける
◇鮎川美代子 無職◇
外人の観光客がカメラ持ち原爆ドームを今日も見て居ぬ
原爆の廃墟の様を話しつつ湧く寂しさを支へ居るかも
◇荒森琢三 指圧治療師◇
異様なる閃光突如眼(まなこ)射ぬ怪しみ深く声とならざり
広島の火薬庫爆発とさかしらの言さへ半ば吾が信じゐし
救護隊救援車相次ぎ広島へ柩車の如くひそとして発つ
救援に行きたる人等幾人かたほれしときく五日経し今日
火葬場の如き臭ひすると友の言ふを肯ひつつ踏む広島の土を
若き娘の厚化粧の下に見ゆるものケロイドと言ふか憚り見過ぐ
人類の名もて許されざる兵器用ひし彼は勝者なり神の道説く
平和を早く招来するため止むなかりしと原爆投下の弁明か苦苦し
◇伊藤春江 旅館業◇
姉といふ顔はやたらに焼けただれ声でこそ知れ面影もなし
傷つきし母を背にしてのがれ出し橋の向ひに我が家は燃ゆ
何一つ持ちいださずに身一つをのがれのがれて混む人の群
生きてゐし其の喜びに抱き合ひて泣く友があり原爆の午後
人伝に探しもとめて逢へし子は火傷にゆがむ顔のまま逝きぬ
親を呼び子を呼ぶ群の行きもどりあてどもなくてさまよひてをり
原爆に逢へる顔とはしりつつも振り返る程こはく変りて
松蔭に担架の儘が置き去られころしてくれと叫ぶ声きく
我が里に今日も七体焼くといふ原爆を逃れ帰りし身はむなしくも
みどりこき夏草しげく生ひ立ちて原子河原にめぐる一年
◇伊原 明 料理業◇
焼け跡の炊事場のあたり探し居りあきらめきれぬ姉と妹
トタン屋根風洩る土間に火を作り野菜交じりの朝粥すする
◇石井貞子 無職◇
踏み入るる足場もなくて教室の其の内外に屍ならぶ
まろべるは屍ならず呼吸(いき)ありてかそかにうごめく命ころがる
むらさきの煙たなびき畑隅に夜も日もすがら屍燃えつぐ
焼けただれ赤ヨウチンの効もなく恨み狂ひつつ呼吸を断ちたり
たむろする浮浪児に寄りて今宵寝むねぐらを聞かばニヤリと笑ふ
まがふなきこの石踏みて思ひ泣く軍病酒保のありし跡なり
ながらへて吾がしみじみと生きて踏むこの石のみが運命(さだめ)知るのみ
灰燼に生きつらぬきし孤児達も学び舎巣立つ記事に明らむ
◇石井千津子 幼稚園教諭◇
壕の中たふれし少年名をきけど答へず悲しげに頭振るなり
今日もまた夫(つま)を求めて歩みゆく無名の死顔に祈りこめつつ
焼跡のいらかの下に半焼けの手ののぞき居り何をか求めし
夫(つま)の居し兵舎の跡に来て見れば誰が軍刀か赤く焼けゐる
焼跡に立札立てし移転先はなればなれの家族を憶ふ
日日に禿げゆく頭をさすりつつかがみをとりて夫は歎きぬ
原爆症軍医の説におどろきぬ癒ゆる日日のなき夫をかへりみる
眼がうるみ語らひたげな黒枠の遺影の前で越す日続けり
秋立ちて主なき家の広広と遺影の前に端座す我は
◇石井政男 広島県技師◇
どうなるか判らぬ原子の手当にも薬はあらじ心あせるも
ケロイドを残して姉も今日よりは炊事や掃除に立ち働ける
◇泉 朝雄 謄写印刷業◇
投下されしは新型爆弾被害不明とのみ声なくひしめく中に聞きゐる
伝へ伝へて広島全滅の様知りぬ遮蔽して貨車報告書きゐし
担架かつぐ者も顔より皮膚が垂れ灼けただれし兵らが貨車に乗りゆく
新聞紙の束ひろげてホームに眠る中すでに屍となりしも交る
息あるは皆表情なく横たはり幾日か経てなほ煤降るホーム
「無料施療受けてゐては家族が飢ゑます」ああ原爆病患者の小さき記事
六千の障害者に触れず復興を讃へて彼等が海越え帰りき
放射能に灼けしは彼の日のままにして影長く立つ原爆ドーム
階なして灯せる中に灯さざるドームを感傷として忘れ得べしや
国際平和都市唱へしことばも空疎にてすでに傍観者となりし彼らよ
日本の科学及ばず次次と死にゆくに原子炉建設急ぐのは何故
ビキニ環礁に再び実験せしと伝ふ恫愒外交はやめて下さい
病状は急性放射能症と伝へられ今にして思ふ碑文めぐりし論争
ジュネーブ会議に吾等は平和の希みかくひろしまの悲しみを悲しみとして
◇板舛雪江 無職◇
○隊○○班の○○と素裸の人水槽の中から狂気の如く叫びてゐたり
黒煙の中に這ひうごめく負傷者等声をかぎりに飛行機をおとせと叫ぶ
幾刻をへたるか大方は焼けおちて黒煙おほふ空に赤く太き陽傾き見ゆる
夜に入りて警報出でぬ口口に看護婦のもてる灯を消せと負傷者はなじる
焼跡の夜のくらがりに死体やく火あかあかと音たてもゆる
水求むる女学生の声やみて見返れば眼を開きたるままかすかに痙攣しをり
杖に頼りてわが家跡に来れば隣人らしき黒こげの死体瓦れきの下に転がる
広島は焦土となりぬ八月の陽ざしをさける一本だになく
義勇隊にゆきて帰らぬ姉の顔今も若くしてわが瞳にあり
蕭条(せうでう)と夜の雨降れば焼跡のそこかしこ憎しみの眼の色の如く燐もゆる
罹災者を物乞ひの如く凝視する村人に心は抗ひつつも大根を購ふ
職場に復員者続けば原爆で足傷つきし父は解雇せられぬ
映画ひろしまは悲惨と云ふ人あり現実はその幾倍なるか知れぬに
◇稲田元治 農業◇
ピカドンに焼けただれたる広島のうめきのいたく細りゆく見ゆ
◇井上清幹 無職◇
窓べりに八月六日の陽を浴びて子をあやしゐし休日なりしに
爆風の一瞬この世に陽の消えてするめの如く背のちぢまる
総なめになめくる焔くづれたる我が家に猛けりうつりはじめぬ
都心より顔やけ腫らせぞろぞろと逃げくる叫び全滅の声
夕ぐらき畑中に家族おちのびてみな傷つくに飯炊く我は
つぶれたる広島の夜の更けくるにあかるむ余燼と灰土の臭と
焼あとの仮救護所に蒸れてゐる臭ひはげしき火傷膿汁
姉の骨拾ひにくれば夜の雨に仮やき穴は濁水たまれる
焼き穴のびちやつく底にころげゐる生やけのままの脳髄とのど
看護するあなたの髪もぬけくれば迫りくる死に思ひまみれむ
のたうちて死にたる人ら焼灰の下より叫ぶ幻覚わきくる
次回も引き続いて、歌集『廣島』を読み続ける。 (つづく)
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