2014年08月26日21時13分掲載  無料記事
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アリストパネス作 「女の平和」

  今年の1月ころ、日本で女性の集団が都知事選に立候補したある候補者に投票した男とはセックスをしない、という運動を繰り広げていた。結果として、その候補者が圧勝となってしまったのだが、いったい女性たちによるセックスストライキは効果があったのだろうか。 
 
  そのグループについて詳しいことはわからないが、恐らく手本とされたであろう古代ギリシアの喜劇「女の平和」を再読してみようと思ったのもそれがきっかけだった。セックスストライキでどうやって劇を展開していたのだろう・・・最初にこの戯曲を読んだのは高校一年の春だったから、35年も昔の話で、筋書きもさっぱり覚えていない。今回、手にしたのは高津春繁訳、筑摩世界文学大系の4巻である。 
 
  「女の平和」が書かれたのは丁度、アテネがスパルタとぺロポンネソス戦争を長年続けていた時代である。紀元前431年から紀元前404年まで27年も戦争を断続的に続けていたことになる。スパルタでは女性も筋肉隆々、子どもの頃から男子と同様に厳しい軍事訓練を受けてきたとされる。しかし、それでも戦争を起こすのはもっぱら男とされ、またこの劇もアテネ側の目線で書かれている。アテネの女性たちは戦争にうんざりしていた。そりゃそうだろう。先の太平洋戦争でもたかだか4年。しかし、ぺロポンネソス戦争は27年間続いたのだ。そこで武器はないが、女性がセックスのパワーを持っていることから、セックスストライキによって、戦争を止めようとするのである。主人公はリュシストラテという才気煥発の女性である。 
 
  女性たちは戦争にうんざりしていると言っても、リュシストラテがセックスストライキを提案すると、最初はみな尻込みする。そもそも本当にセックスストライキなどで戦争がストップできるのか、という疑問もあったのだ。しかし、リュシストラテは単にセックスを止めるだけではなかった。その他にも、彼女は二重三重に戦争を終わらせるための戦略を立てていたのである。その1つが、敵方のスパルタの女性のリーダーと秘密裏に交渉して、スパルタ側でもセックスストライキを同時に行う約束を取り付けたのだ。しかも、言質をとるために人質まで取ると言う用意周到さである。 
 
  リュシストラテの策はもう1つあった。それはアテネの軍資金が保管されている城山を女性たちが占領し立て籠もったことである。戦争を実現させるものは資金である。だから、その資金源を実力で止めたわけだ。城山の占拠を終わらせるべく、やってきた官僚と警察も、女性たちの実力によって追い返されてしまう。単に一国内でセックスを止めるというだけでは戦争を止めることはできないことをリュシストラテは冷徹に理解していたのである。 
 
  その間、女性たちもまたセックスを我慢するわけだから、ストライキ中にスト破りを行おうと企てる女性も出てくる。喜劇作家アリストパネスはそのあたりがうまい。冒頭からはちきれんばかりの肉体美を観客の前に披露し、禁欲との対比を演出しているのである。(演出によってはかなりエロだっただろう。)そうしたセックスストライキ闘争の中の葛藤にきちんと触れているのである。セックス願望は男だけにあるわけではない。 
 
  興味深かったのはアリストパネスが、あるいは劇の登場人物たちが誰一人精神主義とか克己主義で闘争に勝利できると考えていないところだ。人間に欲望があることを否定していない。だからこそセックスストライキというテーマも生きるのである。アリストパネスの劇の面白さは女性も含めた意味での、人間の性とか欲望を否定していないことである。先述の通り、「女の平和」では冒頭にまずストライキを行う女性たちの色気と魅力をふんだんに見せているのだ。戦争をやめてセックスをとる、というのはそういうことだ。 
 
  それにしても、高津氏の訳が今もまったく古びていないことに驚き、敬服した。2千数百年前に書かれたこの喜劇が現代性を持っているというだけでなく、冷戦終結後の現在、過去のいかなる時代よりもより大きなテーマとして浮上してきたことを示すものである。 
 
 
■アレッサンドロ・バリッコ著「イリアス〜トロイで戦った英雄たちの物語〜」 
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