2014年10月13日04時58分掲載
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コラム
「一度人を殺してみたかった」
先日、シリアに入って銃を手に反政府軍で戦ったという日本人の若者がテレビのインタビューで話していた。イスラム教とか、反政府側の政治要求自体には興味がないのだという。ただ、戦ってみたかったそうだ。
番組ではそれ以上の探求がなかったからそれ以上のことは不明だった。だから、視聴者には「一度人を殺してみたかった」という風に彼の言葉が受け取られたのではないだろうか。そのように日本語⇒日本語で翻訳されてしまう。反政府側の目的などは関係なかった、と告白しているのだから。
そんな中、日本では憲法9条が、というより憲法9条を保持した日本人がノーベル平和賞にノミネートされていたのは皮肉である。日本の若者の中には平和に飽き飽きしている人もいるのだ。
しかしながら、他国の戦地に出かけるのと、自分の家族も友人も暮らす場所が戦地になるのとではまったく違う。戦争とは敵が大切にしているものを殲滅する営みである。僕はテレビ取材者にできればその先に彼が何を見つけることができたのか。満足できたのか。なぜ帰国したのか。そこを追求して欲しいと思った。
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